第7章 邂逅 07

 
「ねぇ、何で何も喋らないの? もしかして……体の隅々まで、俺に直接調べて欲しいの?」



 危ない、危なすぎるよこの子っ!?
 身の危険を感じ取った私は、身体の上に跨る美少年に金的攻撃(美少年でも私はやるよ!)を仕掛けようとしたのだが、それを察した少年は素早い身のこなしで私の上から離れて行った。
 私は急いで起き上がると、直ぐ側に立っている少年を警戒しながら、ジリジリと後退する。
 出来れば、魔法を使って騒ぎを大きくするのは避けたい。
 でなければ、この少年以外にも私がリュシーさんじゃないとバレてしまう。


 てか、何でバレたんだ?


 困惑している私を見ながら、少年は首を少し傾げているだけだったが、その視線は私の左手に注がれていた。
 視線の先を辿ると――それは、紋様を隠す為にデュレインさんが嵌めてくれた指輪だった。
 これがどうしたんだ?
 不思議に思っていると、少年も不思議そうな声で、「その指輪を何処で手に入れた?」と聞いてきた。
「いや、手に入れたって言うか……デュレインさんから貰ったんですけど」
「……は? デュレインから貰った?」
 今までほとんど無表情だった少年の顔が、なぜかポカンとした顔になった。


 何故そんなに驚くのだ?


 はて? と考えながら、「もしかして、デュレインさんの知り合い?」と聞くと、まるで、胡乱なものを見る様な目で見詰められながら、「あんた、一体何者?」と聞かれた。
 何者って……だから、リュシーナですけど。
 そう言ったら、少年は鼻でフンッと笑いながら「今、オルグレン家で魔力を抑える封還をしている者はいない」と言われ、それから「オルクード家が持つ魔力の質と、あんたの魔力の質は全く似ていない」とも言われた。


「もう1度だけ聞く。――あんたは一体、何者なんだ?」


 一瞬、此処で馬鹿正直に答えてもいいのだろうか、とも考えたが、もうリュシーさんでは無いとバレてるんだから、「まぁ、いっか」と少年に私の事を話す。
 話の内容は、私が“紋様を持つ者”であるという部分を抜かして(これは、リュシーさん達にも言ってない)、この時代のリュシーさん達に説明した内容と同じ事を話した。
 後は、此処に来るまでの経緯をちょこっと説明した。
 少年は私の話に黙って耳を傾けていたが、説明し終わると、「リュシーナ・オルグレンと、ジークウェル・オルデスが『黒騎士』か……」と呟いていた。
 暫く何かを考えるようにしていた少年は、ふむ、と1度頷くと、なぜか突然――。

「じゃあ、あんたの本当の姿を見せてよ」

 と言った。
 当然、私は「嫌だ」と答えた。
「何で?」
「だって、魔法服じゃなくて本物のドレスを着させて貰ったから。私が元に戻ったら、破けちゃうじゃない」


 此処に来る前――。

 リュシーさんに変身した私は、レースがふんだんに使われた、可愛らしさ全開のドレスを着させてもらった。
 肩紐のないビスチェタイプで、ウエストからふんわり広がるボリュームたっぷりのドレスであった。
 鏡の前で、(顔は私ではないが)念願のドレスを着れてウットリしていると、リュシーさんがそのまま着て行けばいいと言ってくれたので、自分が着ている魔法服ではない、本物のドレスを着て、ルンルン気分でこの場に来たのだった。

 今、本当の姿に戻るとドレスが破れてしまう危険がある。

 少年にそう言うと、少年はドレスを指差しながら、「そのドレスも魔法服だよ」と言った。
「え? 本当?」
「オルグレン家と言えば、十貴族の中でも上位の家柄だからね」
 彼らは、普段から魔法服を着ている――と言う少年の言葉に、私が「え、そうなの?」と聞くと、そうだと肯定された。
 そうだったのか、このドレスも魔法服なのか……。
 したらば、本当の姿を見せてしんぜよう! と、変身を解いたのが悪かった。


 ビリッ、ビリビリビリビリ〜〜〜〜ブッツン!


 変身を解いた瞬間、布が引き裂かれる音と共に、不穏な音がした。
「え? ちょっ、何で……うわぁっ?」
 ぎょっとしながら自分の身体を見回していると、足元がグラついて尻餅を付く様にして転んでしまった。
 大きくなった足が、靴からはみ出したのが原因だ。
「いったぁ〜……っ」
「へぇー……黒髪に黒目の――短髪の女か」
 お尻を擦っていると、頭上から少年の声がした。
 私は自分の状況も忘れて、今少年が言った言葉に驚く。
「私が女だって……よく分かったね?」
 今まで散々男に間違われた私は、少し感動さえしていた。
 しかし、少年はフッと笑うと、私の身体を見ながらこう言った。


「そんな扇情的な姿を見せられたら、男だとは、思えないでしょう?」


 は? 扇情的? と思いながら、ゆっくりと視線を下に下ろしていくと……。
 胸の中心部分がパックリ割れて、胸の谷間が覗いていた。
「胸のある男なんていないし、そんな丸みのある尻を持っている男がいたら、気持ち悪いだけだよ」
 その言葉にピクリと肩が動けば、ギリギリ胸に掛かっていた生地がスルリと落ちそうになり、

「うぎゃぁぁぁぁっ!?」

 慌てて両腕を胸に回して隠す。
 真っ赤になって俯いていると、
「うぅーわっ。 女なんだから、もう少し可愛く叫べば?」
 百年の恋も冷めるよ? と言われた私は、胸元を両手で隠しながら、ギッと少年を睨む。
「うっさい! それよりも、あんた……騙したわね!?」
「騙すも何も、あんな言葉を信じるあんたが悪い」
「んなっ!?」
「本当の事だろ?」
 しれっとした顔でそんな事を言われ、頭に血が上りそうになった。
 しかし、今自分が置かれている状況を考え――目の前の少年を殴るのを諦める。

 それは後からでも出来る事だ。

 ふぅーっと息を1つ吐き出すと、もう1度リュシーさんの姿に変身する。
 どっこらしょと言いながら立ち上がり、右手で胸元を押さえながら左手でお尻に付いた草を取り払う。そして、脱げてしまった靴を履き直す。
「……蝶よ」
 こんな格好で広間に戻ると凄い騒ぎになるだろうと思い、ジークさんに助けを求めるべく、連絡蝶で呼ぼうとしたのだが――手首を掴まれて阻止された。
「何すんのよ!?」
「連絡蝶で誰を呼ぶつもり?」
「ジーク。ってか、君には関係ないでしょう?」
 手を離せと振りほどこうとするも、がっちり掴まれているため外れない。

 くそぅっ。なんなんだ、こいつは!?

 離れない〜! と、必死になって腕を振っていると、そんな私を見ていた少年が「君じゃない」と言った。
 ん? と思って、視線を掴まれている手首から少年の顔に向ける。
「俺の名前は『君』じゃない」
「……だから?」
「名前で呼んでよ。俺の事は、そうだな……レイン、って呼んで?」
「いや、もう会う事もないだろうから、別にいいです」
 心の中で――もぅ、あんたなんかと会いたくもないわよっ! と叫びながら身体を引くと、「ふぅ〜ん」と言った少年が、


 デュレインさんから貰った指輪を、全て指から外してしまった。


「……えっ!?」
 デュレインさん以外は外す事が出来ない筈の指輪が、少年の手によってスルリと外れた。
 自分の指と、少年の手の中にある3つの指輪を見詰める。
 何で? 何で外れたの!? と呆然としていると、


「へぇ〜、あんた……“紋様を持つ者”なのか」


 ハッとして左腕を隠すも、時既に遅し。
 左腕にある紋様をバッチリ見られたらしい。
 少年は掌の上で3つの指輪を転がしながら、私をジーッと見詰めていた。そして、クッと口の端を上げながら近付いて来る。
「ねぇ」
「……何よ、ってか、近付いて来ないでよ」
 ゆっくりと近寄ってくる少年から、距離を取る様にジリジリと後退するも――。

「何で逃げんの?」

 紋様が浮かぶ左腕を取られると、グイッと引き寄せられた。
 そして、指輪をチラつかせながら、「これ、返して欲しい?」と言われた。
 返して欲しい? じゃなくて、返せ! と言おうとしたら、奴はこう言った。


「返して欲しかったら――俺と契約してよ」


 速攻で「お断りよ!」と叫ぶと、「へぇ? じゃあ、コレいらないんだ?」と指輪をチラつかされる。
「……意味が分からないわ。私と契約して、君に何か益があるとは思えないけど?」
「益ならあるさ。国中の騎士達が憧れる、あの『黒騎士』になれるんだからね。――それに、あんたと契約したら、今までの退屈だった生活が変わりそうだし」
 それだけでも価値はある、と言う少年に、微妙な気持ちになる。
「それに、あんたが頼りにしている2人も、今はあんたが“紋様を持つ者”だとは知らないんだろう?」
「……うん」
「だったら、事情を知っている俺と契約したした方がいいって……分かるよね?」

 まるで、小さな子供に話すように聞いてくる。

「それに、契約をしても、あんたが不利になる事はないんだ。契約を交わして誓約印を身体に刻めば、『僕』は『主』に逆らう事が出来ないんだからね」
 うん、確かにそう言われればそうなんだけどさ? でも、あんたみたいな危険な奴が自分の僕っていうのも、ちょっとねぇー。
 私は今後の事もある程度考えた結果、リュシーさんたちがしているような、『仮の契約』をしようと提案した。
 しかし、「駄目に決まってんでしょ?」と一蹴される。
 少年は「諦めが悪いね」と呟やいてから溜息をつくと、顔を近づけこう言った。


「これが最後だよ。――俺と契約するの? それともしないの? どっち?」


 少年は、拒否する事は許さない――と、いう様な目で私を見詰める。
 息苦しいこの状況と、上に上げた状態で掴まれている腕が痺れて来たのとで、全てが面倒臭くなってきた私は――折れた。

「……はい、契約します」

 私が項垂れながらそう言うと、少年はフッと笑い、自分が着ていた裾の長い上着を私の肩に掛けてくれた。
「ありがと――って、何やってんの!?」
 お礼を言おうと顔を上げたら、少年が詰襟のボタンを外し、首から臍の部分が見えるほど、前を広げていた。
「何って……契約する準備だけど?」
「契約するのに、何で前を全開にするのよ!?」
「まぁ、やれば分かるよ」
 そう言うと、少年は私の前に片膝を付いて跪き――左手を取ると、ブツブツ手の甲にむけて何か呟きながら、紋様に恭しく口付けた。
 そして、私の手を持ったまま立ち上がると、「そう言えば、あんた名前は何て言うの?」と聞かれた。
「瑞輝透。トオルが名前ね」
「分かった」
 そう言うと、次に「俺が言う事を復唱して」と言った。
 何がなんだか分からないが、頷いて彼が言う事を復唱する。


「汝を」
「……汝を」
「トオル・ミズキの名によって」
「トオル・ミズキの名によって」
「守護者である黒騎士に叙する」
「守護者である黒騎士に叙する」


 言い終わり、次は何をするのかと待ち構えていると、少年――レインは、自分の心臓の部分をトントンと叩いて、

「トオルがここにキスすれば、契約完了」

 はいぃ〜? あんたの胸に、私がキスする!?
「い、嫌よ! 何で私がそんな所にキスしなくちゃならないのさっ!?」
「どうしてって、それが主従の契約をする時の決まりだから」
「えぇ!? そんな決まりがあるの? ……やだなぁ〜」
「ほら、早くしてよ」
「うぅっ、分かったよ」
 はぁっ、と溜息をついてから、私は少し屈み、鳩尾から少し上にある――心臓がある位置に、目を閉じて口付けた。
 ちゅっと音を立て、暖かい肌から唇を離す。
 見ると、口付けた部分に私の左手の甲にある、スペードの様な形の下に2本の細長い剣がクロスしてある紋章みたいなものと、同じ形の紋様が浮かび上がっていた。
「これが……誓約印?」
「そうだよ。……これで、俺はトオルのモノになったと言うわけ」


 ――これから一生、俺は君の隣にいるよ。


 普通なら心躍る言葉である筈なのに……。
 レインが言うと、薄ら寒く感じるのは何故なのでしょう?
 

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