「襲われたのか!?」
顔を青くして、慌てた様に駆け寄ってくるジークに、私は焦った。
「ち、違うの! これは、私が元の姿に戻っちゃって……!」
あわあわと慌てながら説明していると、
「はぁ!? 元に戻ったってなんでまた……って、誰、こいつ?」
ジークは不審そうな顔をしながら、レインを見てそう言った。
私は良くぞ聞いてくれました! と言う感じで隣にいるレインを指差して、ジークに文句を聞いて貰おうと口を開こうとしたのだが、レインがそれを遮った。
「初めまして、ジークウェル・オルデス殿。――俺はトオルの『専属封環師』になった、レインだ」
無表情で淡々と自己紹介をするレインに、私は首を傾げる。
専属封環師?
何それ? 私は君を『黒騎士』という僕にはしたけど、『専属封環師』というものにした覚えは無いけど?
なに言ってんのコイツ……という目でレインを見上げると、『話を合わせろ』と小さな声で言われた。
『何で?』
『はぁ〜っ。トオル、君の首の上にある頭は飾りなの?』
心底馬鹿にしてます、と言う風に溜息をつかれた。
失敬な!
『オルデス家のお坊ちゃんは、トオルの事を“紋様を持つ者”だと知らないんだろ? だったら、俺がトオルと契約を交わしたなんて、今は知らない方がいいに決まっているだろ』
『……むぅ』
『だけど、そうしたら、俺とトオルの関係は何なのか――という問題が出て来る』
『うん』
『そこでだ。俺は、他人の魔力を封じる事が出来る『封環師』でもあるから、トオルとの関係は“紋様を持つ者”と契約を交わした『黒騎士』ではなく、『魔力が多い人間』と契約を交わした『封環師』の方が、都合がいいんだよ』
私がレインの説明になるほどーと頷いていたら、怪訝そうな顔をしながら私達を見ていたジークに、レインが私と契約するまでの経緯を説明しだした。
説明内容は――。
つまらないパーティーが行われている広間から抜け出し、ぶらぶら廊下を歩いていたら、今まで感じた事のない程の強力な魔力が、庭園から溢れているのに気付く。
驚いて庭園に駆けつけると、そこには、あられもない姿の女性(私)が1人、蹲っているのが見えた。
よくみると、強力な魔力はその女性から発せられているのに気付く。
これ以上魔力の暴走をそのままにしていたら、周りに甚大な被害が出る事が予想出来たので、封環師でもある自分がその魔力を抑える為に女性に近付いた。
そして、魔力の暴走で元の姿に戻り、その暴走した魔力をどう鎮めたらいいのか分からずに涙する女性(私)に、まだ誰とも封環師として契約を交わしていなかった自分が契約を結び、女性の暴走した魔力を抑え、自分は女性の『専属の封環師』になった。
そして、契約を結んだ際に、契約者――トオルからいろいろと事情を聞いている。
と、いろいろ突っ込み所満載な話を、ジークにスラスラと語っていた。
おいっ! と声を上げようとしたのだが、
「なんだ、てっきり襲われたのかと思ったよ」
あー良かった。と胸に手を当てるジーク。そして、
「でも、襲った人間と仲良く歩いている訳が無いし、そんな人間の上着を着るはずが無いよな」
と言われ、「いいえ、本当に襲われていたんです!」とは言えなくなってしまった私。
こうして、レインはジークに仲間として認識されたのであった。
「これじゃあ、広間には戻れないな」
「うぅぅ……ごめんなさい」
私の姿を暫し眺めながら、ジークはうぅーんと唸る。
元の姿に戻ってしまい、折角アップして飾り付けた髪も元に戻ってしまった。
「……あの、ジークは裁縫って出来ないの?」
「は? 裁縫?」
未来ではデュレインさんでも作れない魔法服を作っていたので、そう聞いたのだが、
「服を縫うなんて……お針子の仕事だろ? 俺が出来るはず無いよ」
無理無理、と言われてしまった。
ガックリと肩を落としながら、知らない内に溜息が出た。
「はぁーっ。こんな時こそ、デュレインさんがいてくれたらなぁ〜」
その言葉に、ジークが「誰それ?」と聞いてきた。
「んん〜っとねぇ、未来にデュレインさんって言うメイドさんがいるんだけど、その人ってビックリするぐらい何でも出来ちゃう人なの。料理なんか目茶苦茶美味しいし、裁縫や編み物なんかもプロ級だし、家の中の掃除も埃1つ残さず綺麗に掃除する、スーパーメイドさんなの」
まぁ、愛想が悪いのと毒舌なのは言わなくてもいいだろう。
「へぇー。そんなに凄いんだ、そのデュレインってメイドは」
面白そうな顔をして私を見詰めて来るレインに、私は深く頷く。
「そうだよ。私が男だったら、デュレインさんみたいな人と結婚したいと思うもん」
「…………ほぅ」
目を細め、腕を組んで「へぇー。そうなんだ」と呟くレインの声は、私には聞こえなかった。
「しょうがない、帰ろうか」
「え? こんなに早く帰っても大丈夫なの?」
「いや、本当は、ダンスが終わるまではいなきゃならないんだけど……これじゃあ、どうし様もないだろ?」
「う゛っ……ごめんなさい」
「しょうがないさ。今からパッと帰って戻って来るなんていう芸当なんて、出来るはずも無いんだから」
ははは、と力なく笑うジークに、「それだ!」と私は声を上げた。
急にデカい声を出した私に、ジークは「うお!?」と驚き、レインには半眼になって耳に手を当てながら、「近くで叫ばないでくれない?」とブツクサ文句を言われてしまった。
そんな2人を無視しながら、私はペシッと額を叩いた。
「あ゛ー……何で今まで気付かなかったんだ、私!」
ペシペシ額を叩きながら、頭の中で「ご主人様ぁ〜♪」と尻尾を振りながら駆け寄って来る下僕くんを思い浮かべる。
そうだそうだ、そうだった。
不審な視線を向けられるも、それをスルーしながら、私はスゥッと息を吸い込み――。
「レキーっ! 助けてぇ〜!!」
空に向かって大声で叫ぶ私を見たレインとジークが、ぎょっとしたのが分かった。
しかし、彼らが何かを言う前に、私達の近くで“黒い風”が巻き起こる。
突然出現した“黒い風”に、2人はサッと身構えた。
ジークは腰に佩いていた剣を鞘から抜き取って私の前に立ち塞がり、風圧で飛ばされそうになった私を、横にいたレインが肩を抱いて支えてくれた。
ピリピリとした空気を発する2人であったが、“黒い風”が収まり、そこから出てきた人物を見ると警戒を解いた。
「どうしたんですかっ、ご主人様!! って……ひょほおぉぉぁぁぁぁ!?」
血相を変えた表情で私の前にまで駆け寄ってきたレキは、私の姿を見ると――ムンクと化した。
頬に手を当て、口を大きく開けながら変な叫び声を上げるその表情は、折角の美少年顔が台無しである。
私はレインに手を離してもらい、固まるレキの肩を掴み、「レキにお願いしたい事があるの!」と叫んだ。
途端に、正気に戻るレキ。
「ご主人様が……オレに、お願い?」
「そう、そうだよ! これはレキにしか出来ないの。……お願い、聞いてくれる?」
「勿論です!」
何なりと仰って下さい! と胸を張るレキに、私は新しいドレスを持って来て欲しいとお願いした。
レキは「ただ今お持ちいたします!」と言うと、転移を使ってリュシーさんがいる白い家に戻り、5分もしない内に戻って来た。
「ご主人様、リュシーがこれを着て下さいとの事です」
レキが手渡してくれたドレスは、私が破いてしまったドレスと同じ様な形のドレスであった。
「ありがとう、レキ。助かったよ」
「いえ、お礼を言われるほどの事でもありません。それじゃあ、オレはリュシー達の元に戻りますね」
「うん。……そうだ、レキ。リュシーさんにも、お礼を言っておいてね」
「はい、分かりました。――あ、ご主人様」
「ん? 何?」
レキは自分の周りに転移魔法を展開しながら、私の顔をみてこう言った。
「後で、何故その様な姿になったのか……きちんと説明して下さいね?」
ね? という言葉と共に首を傾げるレキに、私は「はいっ」と殊勝に頭を下げていた。
にこにことしている顔であるが、目が笑っていないのである。
本当に、美人さんは怒ると怖いであります。
レキが戻ってから、私は空いている部屋を借りて新しいドレスに着替えた。
途中、背中のリボンが結べなくてレインに手伝ってもらうという、恥ずかしい思いをしつつも、漸く人様の前に出られる格好になった。
レインに借りていた上着を返してから部屋を出て、廊下で待っていたジークに「お待たせ」と声を掛けた。
ジークは私の姿を見て「そのドレスも、とてもよく似合っているよ。皆、トオルから視線を離せなくなるね」と、サラリと言ってくれた。
「なんかアレだよね。言い慣れてるって感じがするよね」
「うん」
初めてレインと意見が一致しました。
3人で他愛も無い話をしながら歩いていると、漸く広間へと続く大きな扉の前に辿り着いた。
白い騎士服を着た騎士が2人並ぶ扉を眺めながら、ゴクリッと喉が鳴った。
あの『嫌な感じがする目』にまた晒されるのかと思うと、流石に鬱々としてくる。
回れ右して帰りたい。
う゛ぅあ゛ーっと唸っていると、レインに小さな子供みたいに頭を撫でられた。
「大丈夫。オレとジークが側にいる」
初めて、まともな事を言われた。驚きである。
でも……。
「うん、ありがとう」
嬉しい、と思えた。
俯く私に、レインはそのまま頭を撫で続け、ジークはポンポンと私の肩を叩いて励ましてくれた。
「それじゃあ、行くよ?」
「うん」
「ホントに大丈夫?」
「もち、OK!」
グッと親指を立てて2人にそう言うと、ジークが扉の前に立つ騎士に頷き――広間へと続く扉が開く。
中へ1歩入ると、弦楽器の音が私達を迎え入れる。
ジークのエスコートで中を進んで行くと、私達が立っている床より数段上の壇上にいる人物に目が留まる。
そこには、宝石が散りばめられた豪華な椅子に座った女性と、その直ぐ横に立っている1人の少年が見えた。
「……トオル?」
急に足を止めた私に、ジークが怪訝そうに声を掛けて来た。レインもどうしたのかと私を見詰めるも、私は壇上の上にいる1人の人物から目が放せなかった。
『トオルさん』
と、私を見れば柔らかく微笑む人であった。
あんな、何の感情も浮かばない、人形の様な顔をする人ではない。
私が少年を見続けていると、その視線に気付いたのか――少年の、碧い瞳が私を捉えた。
綺麗な海を想わせる碧い瞳は何の感情も移さずに、ただ私を見ているだけであった。
――どうして。
私が知る『彼』は、明るい金色の髪をゆるく結んで右肩にたらしていて……あんな真っ白な髪ではない。
それに、“見た目”が完璧に『王子様』なのであって、“本物の王子様”でもない。
なのに。
「……エルディオール王子とも、知り合いなのか?」
レインの言葉に、ジークが「まさか!?」と驚く。
私は首を振りながら、「知ってるけど……違う」と呟いた。
そう、私は彼を知っているけれど、“今の”彼は知らない。
もう1度、私は『エルディオール』という人物を見詰めた。
――ねぇ、どうして貴方はそこにいるの?
「…………ハーシェル」