第7章 邂逅 15

 
 肩と後ろから発せられる不穏な空気をビシバシと肌で感じながら、私はチラリと視線を下に落とす。
 白い肌が一層青白くなり、唇も紫色になっていて、本当に死人の様になっていた。
 仕方なかったとは言え、ハーシェルをこの様な状態にしたのは――私。
 そんな私が、無言の圧力(主にレイン)に屈していいのか?

 いいや、いい筈がない!

 私はソっと息を吐き出すと、肩に乗っているレキを一度肩から下ろす。
 そして、後ろを振り向き、レインの隣に置いた。
「ご主人様?」
 私の行動を不思議に思ったレキが、首を傾げながら私を見上げる。
 レインはレインで、腕を組みながら、不審そうな顔をして私の事を見下ろしていた。
 そんな2人に私はニッコリ笑い、一言――。


「動くな」


 と、言葉に魔力を込めて命じる。
「なっ!?」
「ご主人様っ!?」
 私がそんな行動を取るとは全く思ってもいなかった2人は、驚愕の瞳で私を見詰める。
「くっ……我は紡ぐ――」
「黙れ」
 レインが何かを唱えようとしたので、私は『声』も封じた。


「レイン、レキ。これだけは邪魔させないよ」


 私は2人の目を交互に見詰めてそう言ってから、ルルに向き直る。
「トールがやるの?」
「うん。こうなったのも、私が原因だしね」
 ハーシェルの顔に掛かっている前髪を、指でちょちょいとよけて上げながら、それに――と呟く。


「あんな顔をするハーシェルを、私が絶対助けるって……あの時誓ったんだもん」


 私は、力が入っていないハーシェルの上半身を起こすと、後ろに仰け反りそうになった頭を左手で支えた。
 そして、少しだけ口を開かせる。
 自分では喉も動かす事も出来無いハーシェルの為に、喉元に手を当て――口に魔法薬を流し込んだ時、肺に液が流れて行かない様に魔法を施す。
 そして、私はルルから魔法薬が入った小瓶を受け取る。
「一滴もこぼしちゃ駄目だからね?」
「分かった」
 ルルの言葉に頷き、両隣で興味津々な顔で見上げているちび共に見守られながら、私は魔法薬をグイッと口に入れたのだが……。

「グフッ!?」

 あまりの苦さに、吹き出しそうになった。
 見た目がピンク色で、仄かにフルーツ系の匂いがしていて――嗅覚と視覚で勝手に決めていた味と、口の中に入れたときの味があまりにも違い過ぎる。
 咄嗟に唇に力を入れて、吹き出さない様に我慢する。
 うぅぅ……。鼻の奥がツーンと痛い。
「どしたの?」
「トール、大丈夫か?」
 口を押さえる私に、ちび共が心配そうな表情で見上げて来るので、私は何とか笑いながら、大丈夫だよと首を縦に振る。
 気を取り直し、ハーシェルに向き直る。

 これは人工呼吸と一緒。

 そう頭の中で言いながら、私は顔を下げる。
 冷たい唇と私の唇が重なった。
 そして――。


 薄らと開かれた唇の間に、口の中に含んでいた魔法薬を流しこむ。


 零さないように慎重に流し終えると、私はゆっくりと唇を離した。
 見守るようにして、ハーシェルの顔を見詰める。
「――あ」
 程無くして、ハーシェルの瞼がフルッと震えた。
 そして、髪と同じく、白く変化していた睫毛が徐々に上がり――。


 綺麗な碧の瞳が私を見詰める。


「よかったぁ……」
 目覚めた事にホッとする。
 自然と顔が緩み、へへへっと笑いながらハーシェルに「もう大丈夫。心配ないよ」と言えば、何故か彼は驚いた表情で私を見た。
 それから、泣きそうな表情になる。
 その反応に、ぎょっと上半身を仰け反らせて口元を引き攣らせていると――。


 何故か急に視界が変わった。


 あれ?
 パチクリと瞬きを数回してから、ふと、目の前にハーシェルの綺麗なご尊顔があって驚く。
 うわぁっ!? と数歩後退ろうとしたら、離れようとしていた相手に手首を掴まれて更に驚く。
 ハーシェルは、急に支えが無くなって倒れそうになった体を、後ろに付いた片腕で体勢を持ち直したようだ。
 そして、自分が『ちび』になってしまったんだと自覚した瞬間に、グイッと――今まで死んでいたように眠っていた人間とは思えない程の力で、ハーシェルの胸元へと私は引っ張られた。
 それから、ムギューっと抱き締められる。
 え? へ? は?? と頭に疑問符が飛びかう中、肩口に顔を埋めたハーシェルが、少し震える声で「ありがとう」と言った。
 さらさらな前髪が、私の頬と首筋を擽(くすぐ)る。
 皆が固唾を飲んで見守る中、私は少し背伸びをして、ハーシェルの首に抱き着いた。
 それから、頭をヨシヨシと撫でてあげる。
「……どうして」
「ん?」
「どうして、王妃のただの『人形』でしかない俺に、ここまでしてくれる?」
「それはね? ハーシェルが私にとって大切な人の……1人だからだよ」
「……君と俺は、今日初めて会ったはずだけど?」
 私の言葉に、訳がわからないと言うハーシェルに、話せば長くなるのだと私は説明する。
 頭と首から手を離せば、ハーシェルも私の体から腕を離した。
 事情を話すと長くなるので、場所を変えて話そうと言えば、分かったと頷いて立ち上がる。
「大丈夫?」
「あぁ、問題ない」
「そう? じゃあ、あっちのソファーに座りながら――うわぁっ!?」
 皆がゆっくりと座って話せる所に移動しようとしたら、ハーシェルに抱き上げられた。
 驚いて顔を上げれば、頬にフワリと口付けが落とされる。
 次に、コツン、とおでこが合わさった。
 あまりの顔の近さにギュっと目を閉じれば、瞼にキスされる。
「……君の魔力は気持いいね」
 目を開ければ――。


 少し顔を離したハーシェルが、あの、何の感情も込められていないモノではなく、私の知る笑顔で微笑んでいた。
 

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