肩と後ろから発せられる不穏な空気をビシバシと肌で感じながら、私はチラリと視線を下に落とす。
白い肌が一層青白くなり、唇も紫色になっていて、本当に死人の様になっていた。
仕方なかったとは言え、ハーシェルをこの様な状態にしたのは――私。
そんな私が、無言の圧力(主にレイン)に屈していいのか?
いいや、いい筈がない!
私はソっと息を吐き出すと、肩に乗っているレキを一度肩から下ろす。
そして、後ろを振り向き、レインの隣に置いた。
「ご主人様?」
私の行動を不思議に思ったレキが、首を傾げながら私を見上げる。
レインはレインで、腕を組みながら、不審そうな顔をして私の事を見下ろしていた。
そんな2人に私はニッコリ笑い、一言――。
「動くな」
と、言葉に魔力を込めて命じる。
「なっ!?」
「ご主人様っ!?」
私がそんな行動を取るとは全く思ってもいなかった2人は、驚愕の瞳で私を見詰める。
「くっ……我は紡ぐ――」
「黙れ」
レインが何かを唱えようとしたので、私は『声』も封じた。
「レイン、レキ。これだけは邪魔させないよ」
私は2人の目を交互に見詰めてそう言ってから、ルルに向き直る。
「トールがやるの?」
「うん。こうなったのも、私が原因だしね」
ハーシェルの顔に掛かっている前髪を、指でちょちょいとよけて上げながら、それに――と呟く。
「あんな顔をするハーシェルを、私が絶対助けるって……あの時誓ったんだもん」
私は、力が入っていないハーシェルの上半身を起こすと、後ろに仰け反りそうになった頭を左手で支えた。
そして、少しだけ口を開かせる。
自分では喉も動かす事も出来無いハーシェルの為に、喉元に手を当て――口に魔法薬を流し込んだ時、肺に液が流れて行かない様に魔法を施す。
そして、私はルルから魔法薬が入った小瓶を受け取る。
「一滴もこぼしちゃ駄目だからね?」
「分かった」
ルルの言葉に頷き、両隣で興味津々な顔で見上げているちび共に見守られながら、私は魔法薬をグイッと口に入れたのだが……。
「グフッ!?」
あまりの苦さに、吹き出しそうになった。
見た目がピンク色で、仄かにフルーツ系の匂いがしていて――嗅覚と視覚で勝手に決めていた味と、口の中に入れたときの味があまりにも違い過ぎる。
咄嗟に唇に力を入れて、吹き出さない様に我慢する。
うぅぅ……。鼻の奥がツーンと痛い。
「どしたの?」
「トール、大丈夫か?」
口を押さえる私に、ちび共が心配そうな表情で見上げて来るので、私は何とか笑いながら、大丈夫だよと首を縦に振る。
気を取り直し、ハーシェルに向き直る。
これは人工呼吸と一緒。
そう頭の中で言いながら、私は顔を下げる。
冷たい唇と私の唇が重なった。
そして――。
薄らと開かれた唇の間に、口の中に含んでいた魔法薬を流しこむ。
零さないように慎重に流し終えると、私はゆっくりと唇を離した。
見守るようにして、ハーシェルの顔を見詰める。
「――あ」
程無くして、ハーシェルの瞼がフルッと震えた。
そして、髪と同じく、白く変化していた睫毛が徐々に上がり――。
綺麗な碧の瞳が私を見詰める。
「よかったぁ……」
目覚めた事にホッとする。
自然と顔が緩み、へへへっと笑いながらハーシェルに「もう大丈夫。心配ないよ」と言えば、何故か彼は驚いた表情で私を見た。
それから、泣きそうな表情になる。
その反応に、ぎょっと上半身を仰け反らせて口元を引き攣らせていると――。
何故か急に視界が変わった。
あれ?
パチクリと瞬きを数回してから、ふと、目の前にハーシェルの綺麗なご尊顔があって驚く。
うわぁっ!? と数歩後退ろうとしたら、離れようとしていた相手に手首を掴まれて更に驚く。
ハーシェルは、急に支えが無くなって倒れそうになった体を、後ろに付いた片腕で体勢を持ち直したようだ。
そして、自分が『ちび』になってしまったんだと自覚した瞬間に、グイッと――今まで死んでいたように眠っていた人間とは思えない程の力で、ハーシェルの胸元へと私は引っ張られた。
それから、ムギューっと抱き締められる。
え? へ? は?? と頭に疑問符が飛びかう中、肩口に顔を埋めたハーシェルが、少し震える声で「ありがとう」と言った。
さらさらな前髪が、私の頬と首筋を擽(くすぐ)る。
皆が固唾を飲んで見守る中、私は少し背伸びをして、ハーシェルの首に抱き着いた。
それから、頭をヨシヨシと撫でてあげる。
「……どうして」
「ん?」
「どうして、王妃のただの『人形』でしかない俺に、ここまでしてくれる?」
「それはね? ハーシェルが私にとって大切な人の……1人だからだよ」
「……君と俺は、今日初めて会ったはずだけど?」
私の言葉に、訳がわからないと言うハーシェルに、話せば長くなるのだと私は説明する。
頭と首から手を離せば、ハーシェルも私の体から腕を離した。
事情を話すと長くなるので、場所を変えて話そうと言えば、分かったと頷いて立ち上がる。
「大丈夫?」
「あぁ、問題ない」
「そう? じゃあ、あっちのソファーに座りながら――うわぁっ!?」
皆がゆっくりと座って話せる所に移動しようとしたら、ハーシェルに抱き上げられた。
驚いて顔を上げれば、頬にフワリと口付けが落とされる。
次に、コツン、とおでこが合わさった。
あまりの顔の近さにギュっと目を閉じれば、瞼にキスされる。
「……君の魔力は気持いいね」
目を開ければ――。
少し顔を離したハーシェルが、あの、何の感情も込められていないモノではなく、私の知る笑顔で微笑んでいた。