第7章 邂逅 16

 
「んぐぇっ!?」


 目の前にある麗しい顔にポーッと見惚れていたら、後ろから伸びてきた手に襟首を掴まれた。
 ん? と後ろを振り向くより早く、襟首を掴んだ人物は、無理やり私とハーシェルを引き離す。
 その際、ベリッというような音が聞こえた気がする。
 って、それより……。

 首が締まって苦しいんですけどっ!?

 バタバタと手足を動かせば、直ぐに胴と尻に腕が回る。
 何すんだよ! と相手を睨み付けようとしたら――頭上から絶対零度の声が聞こえてきた。


「どんな原因で縮んだのかは分からないけど……そのお陰で魔法が解けたようだな」


 声の主は言うまでもなく、レインである。
 レインの胸に凭れる様にして抱かれる私は、その低過ぎる声音に固まるしか無く……。
 そんな私を少しの間見下ろしていたレインは、その冴え冴えとした瞳をハーシェルへと向ける。
「“コレ”は、封環師としての俺が契約を結んだ主だ。気安く触らないで頂きたい」
「封環師? ……あぁ、君はオルクード家の者か」
「そうだ。『影』だったあんたなら、俺が言っている意味、分かるな?」
「……はぁ〜っ。嫌というほど分かっているよ」
 ハーシェルはげんなりとした顔で頷いた。
「でも、手を繋いだりするぐらいだったらいいだろ? まさか、それさえもダメとか言わないよな?」
「……それぐらいだったら別に構わない」
「それは良かった」
 人の頭上で交わされる話の内容に、私は、はて? と首を傾げる。
 何の話をしてんだコイツらは、と思いながら2人を見詰めれば、何でもないと首を振られた。
 そんな時――。


「お前もご主人様に気安く触るなっ!!」


 レキがレインに向かって鋭く叫んだと思ったら――私の視界が一瞬ブレ、気付いた時にはレキの腕の中に包まれていた。
「――防御」
 レキは私を転移魔法で自分の腕に喚び出すと、そのまま自分の周りにシールドの様なものを展開する。
 ふわりと何かに包まれるような感覚がした。
「レキ?」
「何ですか? ご主人様」
「何したの?」
「これ以上、此奴等がご主人様に対して不埒な行いをしないよう、防御魔法を使いました」
「不埒って……うおっ!?」
 難しい言葉を知ってんな〜と思いながら顔を上げれば、


 レインとハーシェルの2人が、雪女も裸足で逃げてしまう程の冷徹な瞳でこちらを見ていた。


 怖ッ!?
 あまりの恐ろしさにレキの服をギューッと握れば、それを見たレインが更に目を細める。
 あぅあぅあぅ……私が一体何をしたって言うのさ。
「さ、ご主人様。こんな低俗な人間達なんぞ放っておいて、あちらでお茶でも飲んで休みましょう」
 レキはビクつく私の背中をポンポンと撫でると、小さくなった私を見ながら「僕も抱っこしたい!」「私も!」と騒ぐちび共を引き連れ、その場からさっさと立ち去って行った。
 ――そして、その場に残された2人は、

「あのクソ犬……これからどうしてくれようか」
「次に犬の姿に戻った時、人型に変化出来ない様、魔法を掛けてやろうか」
「あぁ、それはいいね」
「でしょ?」

 フフフと黒い笑みを零し、そのまま並んで部屋を出たのであった。



 それから少し時が経ち――。

「は゛ぁー……疲れた」
「お疲れ様です、ご主人様」
 先程まで、レインとハーシェルとレキの4人で話し合っていた。
 何故私がちびになったのか。どうやってあんな魔法薬を手に入れたのか。転移魔法を無詠唱で何故出来るのか。一体お前は何なんだ……等々、マシンガンのように聞いてくる彼らに懇切丁寧に説明していた。
 ――んが、だんだん疲れて来た私は、それも含めてこれからの事はリュシー達が帰って来てからにしようと提案し、その場から逃れて来たのだ。
 先に寝かせていたちび共がいる部屋に戻って来ると、私はベッドにボフッと倒れ込んで溜息をついた。
 溜息をつけば、まるで小さな子供を労るように、私の頭を撫でるレキ。
「もう、お休みになられますか?」
「ん〜……寝るにはまだ早いんだよね」
「では、少し外に出て気分転換でも致しますか?」
「いいの?」
 顔だけ少し上げてレキを見上げれば、自分も付いて行くならいいと言われた。
「それじゃあ、気分転換にでも行こうかな」
 体を起こし、顔を横に向ければ――隣のベッドでスヤスヤと眠るちび共の可愛い寝顔が目に入る。

 カワエエなぁ〜。

 一時(いっとき)彼らの可愛さに癒される。
 それから、ちび共を起こさないよう、そぉっとベッドから降りて窓辺へと移動する。
 玄関から出れば、煩い小姑(レイン)に見つかる危険性があるからね。
 だから、今回は転移魔法で移動しますよ。
「行きたい場所は決まったんですか?」
「うん」

 窓から見える綺麗な星空。

「深遠の森に行こうと思ってた」
「深遠の森……ですか?」
 以前、お月見をしようとして、無謀な転移魔法をした時の事を思い出す。
 今あの場所に行って、彼らに会えるとは思えないが……それでも、こんな綺麗な夜空を見てしまったら、無性にあの場所に行きたくなったのだ。
 目を閉じ、意識を集中する。
 彼らは今、どこにいるんだろうか。何をしているのかな。
 そんな事を思いながら、転移魔法を発動させる。
 淡い光に包まれながら、フワリ、と体が浮かんだ瞬間――。


 ドッポーンッ!!


 またしても、水の中に落ちていた。
 

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