「でか……」
右手はリュシーと、左手はレインと手を繋ぎ、私は目の前にそびえ立つ立派な屋敷を、ポカーンと大口を開けながら見上げていた。
開いた口が塞がらない。
「アホ面になってるけど?」
「……っ」
常と変わらぬ無表情を顔に貼りつけたレインに指摘され、はむっと口を閉じる。
私達は今、ロズウェルドの家の前にいた。
昨日、王城の医療室でロズウェルドに仮の誓約印を施した後、「明日絶対遊びに行く」と言ったので、その約束を守るべく、私達はこうして来ていたのだが……。
ロズウェルド……あんた、どんだけ金持ちなんだよ!?
最早「城」と言った方がいいような感じの屋敷の門前で、リュシーとレイン、それにジークと共に佇んでいたら、
「いらっしゃいませ、ようこそおいでくださいました」
黒の燕尾服をそつなく着こなし、短い銀髪を後ろに撫で付けたナイスミドルが、玄関から出て来て出迎えてくれた。
生で見る本物の執事に、年甲斐もなく興奮しそうになるも……レインと繋いでいた手にグググと力が込められ、異常に上がりそうになった興奮も敢え無く沈下した。
慇懃(いんぎん)な態度で頭を下げたナイスミドルは、恭しく挨拶をしてから私達をロズウェルドがいる所へと案内してくれた。
中に入り、高級家具やら調度品等が置かれているのを沢山目にして、私はブルリと身震いした。
一緒に行きたいと愚図るちび共を連れて来なくて、本当に良かった。
価値がどれほど高いのかは分からないけど、こんなに沢山の高級品が置かれている所でちび共に暴れられたら――と思うとゾッとする。
ちなみに、レキとハーシェルはちび共のお守りとして『白い家』に置いてきた。
「ロズウェルド様、お客様方がいらっしゃいました」
2人に両手を引かれ、ナイスミドルの後を暫く歩いていると、漸く目的の部屋の前に着いた。
彼は木目調の扉の前に立つと、部屋の主に声を掛けてから扉をゆっくりと開いた。
中に入るように促され、2人から手を離してもらった私が一歩足を室内に踏み入れると。
「お待ちしてました!」
椅子に腰掛けていたロズウェルドが立ち上がり、華が咲いた様な満面の笑みを湛えながら私達の方へと駆け付けてきた。
昨日はあんなに調子が悪そうだったのに、駆け付けて来るロズウェルドを見れば、顔色も良く、今日はとても気分が良さそうに見えた。
私はニコっと笑いながら、ロズウェルドに話し掛けようとしたのだが……。
「昨日は、本当に有難う御座いました!」
ロズウェルドは私の横を通り過ぎると、リュシーの手を取って感謝の言葉を述べていた。
忘れてた……昨日、ロズウェルドに会った時の姿がリュシーであった事に。
「………………」
「あー……ドンマイ」
笑顔のまま固まる私に、ジークが慰めるようにポンポンと頭を撫でてくれた。
項垂れたまま、ジークに頭を撫でられていれば――頭上で「あれ?」という声が聞こえた。
怪訝に思って顔を上げれば、リュシーの手を取っていたロズウェルドが、首を傾げながらリュシーを見詰めている。
「……君、トオルじゃないね」
リュシーの手をゆっくりと離すと、ロズウェルドはふと、視線を落として私を見詰めた。
暫し見詰め合っていると、ロズウェルドは身体の向きを変えて、私と視線を合わせるようにしてしゃがんだ。
私が何か言おうと口を開こうとしたら、握り締めたら折れてしまうのでは? と思うような細い長い手を伸ばしてきた。
反射的に目を瞑ると、ひんやりとした指先が私の頬を撫でる。
そろりと目を開ければ、そこには――先ほど見た時と同じ様な笑顔がそこにあった。
「やっぱり、君がトオルだね」
「え? 何で……分かったの?」
不思議に思って問いかければ、ふふっと笑う。
「それはね? 仮とはいえ、僕の腕に刻まれた誓約印のお陰で、トオルと繋がりが出来たからだよ」
にこにこにこにこ。ロズウェルドは笑顔全開である。
話を聞けば、誓約印を体に刻まれた人間は、主となる人間の魔力を感知出来るんだとか。
「トオル……僕は――痛いっ!?」
リュシーにしたように私の手を握り、何か言おうとしたロズウェルドは、リュシーに頭を叩かれていた。
「何をするんですか!?」
「私のトオルに触らないで」
リュシーはそう言うと、私の両脇に手を挿し込み抱き上げた。
余程強い力で叩かれたのか、涙目になっているロズウェルド。
そんな彼を無視して、リュシーは勝手知ったる他人の家と言う感じでスタスタと部屋の中を歩いて行く。
部屋の中心に置かれているフカフカのクッションの上に私を座らせると、その隣にリュシーも座る。
そして、何も言わずに隣に座ったレインが「喉が乾いた」とお茶を要求した。
部屋の主を無視した彼らの行動に、ロズウェルドは微妙な顔をしたが、何も言わずに外に控えているメイドさんにお茶を持って来るように頼んでいた。
「ロズウェルド、体調良さそうだね」
向かい側に腰を降ろしたロズウェルドに私がそう言うと、はい、と元気よく頷く。
「あれから熱も下がり、体調もとっても良いです。魔力も桁違いに上がり、親に気付かれない様、制御するのが大変でした」
「ん? 封環をしなくても、魔力制御って出来るの?」
「それは、人にもよるんだけど……僕は、魔力制御が得意だから出来るのであって、得意じゃない人は、封環を使わないといけないんだ」
「へぇ〜」
そうなんだ、と頷いていると、お菓子とお茶をワゴンに乗せたメイドさんが入って来て、私達の前にセットしていった。
目の前に置かれる数種類の焼き菓子達を見ながら、私はジュルリと涎を飲み込む。
昨日、王城でデザートを食べ尽くそうと計画を立てていたのだが、不慮の事故により断念せざるをえなかった。
甘いモノが目の前にあると、自然と口の中に涎が溢れてくるのだ。
「トオル」
「ん? ――むぐっ」
リュシーに呼ばれ振り向けば、口の中に何かを入れられた。
はわぁ〜ん。
口の中に広がる甘い味に、うっとり。
「…………美味しい?」
「んっ!」
もぐもぐと口を動かし、ティラミス味のケーキをくれたリュシーに美味いっす! と頷く。
「それは良かった」
口元を緩め、暖かい眼差しで私を見詰めながら、リュシーは私の頭をなでなでと撫でた。
その顔を見て、私の顔もふにゃりと緩む。
「あの〜……」
「ふむ?」
リュシーにもう一口ティラミス風のケーキを口に入れてもらった時――ロズウェルドがおずおずと声を掛けてきた。
口をもぐもぐと動かしながら、なに? と聞けば、私の歳を聞かれた。
だから私は答えましたとも、24歳だと。
そしたら、年齢を聞いてきたロズウェルドだけでなく、リュシーやジーク、そしてレインまでもが驚いた顔をしていた。
何で?
「本当に24歳なのか!? 240歳の間違いじゃなくて!?」
「にひゃ……」
「24と言ったら、今のトオルの姿――子供の姿が本当の姿じゃないか!」
「トオル、嘘だよね?」
「本当の事を言いなよ」
「………………」
「いや……嘘でも何でもないし。年はホントに24歳で、もう少ししたら25歳だけど」
「し、信じられない! それじゃあ、こんな小さな子供が、変化魔法やら転移魔法やらをバンバン使っちゃってたって言うの!?」
「だから、これがホントの姿じゃないし」
ってか、240歳まで生きてたら、私、昭和生まれじゃなくて江戸時代生まれになっちゃうんですが!
驚く皆の顔を見ながら、私はハタと気付く。
そう言えば私、未来から来たとは言ったけど……異世界から来ましたとは言ってないような?
「あー……あのさ? 皆に、まだ話して無い事があったんだけど」
ポリポリと頭を掻きつつ、事の説明をしようと異世界バナシをしようとしたら――珍客が現れた。
「ロズウェルド、邪魔するよ」
バターン! と勢い良く扉が開け放たれる音に、ビックリして振り向けば。
「シェイル・オルストレイニー? 君が何故ここに……」
目を瞬かせたロズウェルドが、何でコイツここに来たんだ? と首を傾げていた。
そんなロズウェルドを無視して、シェイルは部屋の中へとズカズカと入って来た。
そして、何故か私に向かって一直線に向かって来る。
シェイルの鬼気迫る表情を見た私が微妙に体を引くと、ロズウェルドとジークが立ち上がってシェイルの進行を塞ごうとする。
しかし、
「退け」
何をしたのかは分からないが、シェイルが一言呟いただけで、2人はその場に崩れ落ちた。
それを見たレインとリュシーの気が殺気立つ。
「シェイル――君、俺達に喧嘩を売ろうって言うわけ?」
「………………」
ざわり、と鳥肌が立った。
レインの絶対零度の声も怖いけど、リュシーの無言もちょー怖い。
そんな2人を見たシェイルは「別に、そんな事をしに来た訳じゃない」と言って、私の前に立つと膝を着いた。
「ごめんね、恐がらせるつもりは無かったんだ」
「……いぇ、大丈夫です」
先程とは違う優しい瞳で見詰められ、私は首を振る。
まただ――と思った。
この緑の瞳を見ると、どうしても『安心』してしまうのだ。
フッと私の肩から力が抜けたのが分かったのであろう、リュシーとレインの殺気が霧散した。
「昨日、最後に聞きそびれた事を聞きに来たんだ」
「聞きそびれた事?」
それは一体何でしょう?
「うん。だけど、それよりも……ある事を確認させて」
「む?」
シェイルはそう言うと――私の額に手を当た。
「何を……」
「何もしないよ。ただ、魔力の質を調べているだけ」
ほんの少しの間だけ、私の額に手を当てていたが――。
額から手を離したシェイルは、嬉しそうな……でも、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「シェイル、どう」
「トオル……君は……もしかしなくても、異世界から来たんでしょ?」
「…………っ!?」
突然の言葉に驚く。
つぅーか、なぜに分かった!?
目を白黒させていれば、やっぱり、と言われた。
「異世界って……シェイル、どういう事?」
「異世界は異世界だよ、レイン。この子は、僕達が住んでいるこの世界とは全く違う世界の住人だって言う事」
「まさか! 時空や異界渡りなどの魔法は、相当な魔力が必要で……それに、異界渡りは誰も成し得たことが無いと言われているんだよ!?」
漸く復活したロズウェルドが、有り得ないと首を振る。
「僕だって、さっきまではそう思っていたさ……」
だけど、とシェイルは言いながら私を見詰める。
「僕は……昔、異世界から渡って来た『ちきゅう人』と会った事がある」
なぬ!? と目を見開く私に、シェイルは笑った。
「本当だよ。実際に会った事があるんだから。まぁ、異世界から来たと言う人達の言葉を、その時の僕は全く信じていなかったけど。……だけど、トオルの“中”に流れる魔力で、異世界が本当にあるんだって分ったよ。――それに、僕が欲しかった情報も手に入れる事が出来た」
シェイルの最後の言葉は、囁くようにして言われたので聞こえなかったが、私は「異世界から来たと言う人達」と言う言葉を聞いて、私と同じくこの世界に来た人達が1人だけじゃ無い事を知った。
「あの、あの!」
「ん? どうしたの?」
「その、異世界から……地球から来た人達は、今どこに?」
「ちきゅうに帰ったよ」
「む?」
「だから、元の世界に帰ったよ」
「………………」
あまりにもサラリと言われ、時間が止まる。
間を溜めに溜めてから、私は「えーっ!?」と叫んだ。
元の世界に帰ったぁ!?
私はソファーから飛び降りると、シェイルに詰め寄った。
「うううう、嘘じゃないよね!?」
「うん。嘘じゃないよ」
「じゃ、じゃあ、異世界に帰る方法――知ってる?」
ドキドキと、心臓が高鳴る。
ついに元の世界に帰ることが出来るかも!
期待を膨らませてシェイルを見詰めれば、申し訳なさそうに瞳を伏せられた。
「ごめん。僕は……彼らが元の世界に帰る時、側にいなかったから分からないんだ」
「…………そっか」
そう簡単に帰れるはず無いよね、と肩を落とせば、何故かシェイルが慌てる。
「だけど、トオルが元の世界に帰れるように、僕の力を貸せるだけ貸すつもりだよ!」
「え? それは有り難いけど」
どうして、昨日初めて会った私に……そんなに親切にしてくれるの?
そう問いかければ、シェイルはその緑の瞳を柔らかく細めながら笑う。
「どうしてかな? ……君が……トオルが、僕の知っている人と……似ているからかな?」
髪の毛を梳くように撫でられ、そのまま頬を一撫でされた。
シェイルは立ち上がると、部屋の中にいる人全てを見渡し、
「これから後、この僕――オルストレイニー家当主、シェイル・オルストレイニーが、トオルの後見人として立つ」
威風堂々とした佇まいでそう宣言する。
唖然とする周りを無視したシェイルは、私と視線が合うと――見るもの全ての心を惹き付けるかの様な、極上の笑顔を浮かべた。
なんか、また変な面倒事が増えそうな予感がする。