第7章 邂逅 19

 
 カッポカッポと、ゆっくりとした足取りでお馬さんが前へと進む。


 貴族街の大きな道を、5頭の馬が歩いていた。
 馬は大型の軍馬で、誰が見てもそれらが一級品であると分かる。
 しかし、戦闘時に見せる脚の速さは鳴りを潜め、ブルルルッと時々鼻を鳴らしている。
 そんな5頭の馬達は今、前に3頭、後ろに2頭といった感じに並んで歩いていた。
 後ろはロズウェルドとシェイルが並んで馬に乗っている。
 そして、前の3頭の内、右の馬に跨るのはレインで左がジーク。
 真ん中の――5頭の馬達の中で1番大きく、立派な馬体の上に跨るのは、緊張した面持ちで手綱を持つリュシーであった。
 私は、そんなリュシーの前に座って、ボーッと外の景色を眺めている。


 私達は今、ロズウェルドとシェイルを連れて、レキとちび達が待つ『白い家』へと向かっている最中である。


 仮の誓約印を刻んでから、とっても体調がいいらしいロズウェルドにお願いされ、渋るナイスミドル(執事)や彼の母親達をなんとか説き伏せたはいいが。
「リュシー、トオルを落とすなよ」
「大丈夫」
「変わろうか?」
「必要ない」
 カポカポと、ゆっくりと馬を走らせるリュシーは、乗馬があまり得意ではないらしい。
 進む速度がちょートロイ。


 未来では、余裕綽々な表情で馬を操っていたのに。


『白い家』に着くのはいつになることやら。
 私はリュシーの胸に凭れるように背中を預けながら、くわっと欠伸をした。
 暇だ。
 何もする事もなく、見慣れつつある風景をまったりと眺め、目に溜まった涙を拭く。
 それから、何の気無しにチラリと後ろを見たら――ロズウェルドと目が合った。
 目が合った瞬間、ほにゃんと顔の表情が緩んだ彼が手を振って来たので、にへらっと笑いながら私も手を振った。


 ベッド生活が大半であったロズウェルドの方が、リュシーより何故か乗馬が上手い。


 不思議だと思いながら、顔を正面に戻す。
「リュシー、そろそろ疲れてきたんじゃない?」
「別に? 大丈夫よ」
「……そうですか」
 どうやら、私を離す気は無いようだ。
「はぁ〜。いい天気だねぇ」
 人の足で歩くよりは断然早い馬の歩行。
 まったりと進みながら、町並みも、貴族街を抜けて庶民街に差し掛かろうとしていた。
 そんな時――。

「ん?」

 ふと、誰かに呼ばれた様な気がした。
 キョロキョロしながら辺りを見渡せば、そんな私に気付いたジークが「どうしたんだ?」と聞いてくる。
「いや、何か……今誰かに呼ばれた様な?」
「聞き間違いじゃないの?」
「ん〜。でも、切羽詰まった様な声が聞こえたんだけどな……」
 首を傾げるも、回りの皆は聞こえなかったと首を振る。
 聞き間違いか――と思った時。


「いやぁっ、助けてトール!」


 確かに聞こえた叫び声。
 それは、尋常ではない――切迫した声であった。
 私はリュシーの腕を自分の体から離すと、走り続ける馬の上から飛び降りた。
「なっ、トオル!」
 伸びて来る手を体を捻ってかわし、地面に転がる事なく無事着地した。
 シュタッと着地をした瞬間、心の中で『10点満点!』と叫びながら両手を上げそうになったのだが、後続の馬達に踏まれそうになって焦った。
 そんな私の暴挙に、後ろを走っていたロズウェルドとシェイルが、馬を急いで止めた。
 急に手綱を引かれ、驚いて前脚を上げる馬達の足元を器用に避けながら、私は叫び声が聞こえた路地裏を目指して走りだした。


 ――その声は、以前に1度だけ会った事がある人の声で。


 レインとリュシーとジークが直ぐ様馬から降りて、私を捕まえる為に駆け寄って来る。
 止まれと言われたが、素直に止まる私ではない。


 ――平凡な顔なんだけど、笑うととっても可愛くて。


 声をした方へと我武者羅に走り続ける私であるが、コンパスが短くなった私の足では、直ぐに3人に追い付かれる。
 腕を掴まれ、ガクンと体が前に傾いだ。
「お遊びにしては……質(たち)が悪いよ?」
 レインの、不機嫌な声が頭上から聞こえる。
 私は舌打ちを1回してから、頭上の男――人の腕を掴み、進行妨害するレインを睨み付ける。
「邪魔しないで」
 レインに腕を掴まれた私は、縮んだ体を魔法で元のサイズに一瞬にして戻した。
 驚いて緩んだ隙を見逃さず、レインの手を捻りながら腕から離すと、そのまま片腕でレインの体を自分の方へと引き寄せ、もう片方の手で胸倉を掴んで足払いを掛ける。

「うあっ!?」

 ちょっと無理な体勢からだったけど、レインを一本背負いで地面に沈める事に成功する。
 長い銀髪が地面に広がった。
「トオル!」
「おい、レイン大丈夫か!?」
 初めて見るレインの驚いた表情(ちょっとスカッとした)を見下ろしながら、私は「ごめん」と呟き駆け出す。
 この後、レインに何をされるかと内心ビクビクしておりますが……今は無視よ、無視!


 待っててね、エメリナさん!!


 向かう先は、たんぽぽの様に笑う、可愛らしいあの人の元――。
 私は地面を蹴り上げ、細くて薄暗い路地裏を駆け抜けた。




「ひっ、やあぁっ! 触らないで!!」
 駆け付けた先に見えたものに、ビキっと額に青筋が浮かぶ。
「ふぇぇ……トール、助けて……ひっく、トール……」
 彼女が呼ぶのはディオの事で、私ではないと分かっているが……まるで私に必死に助けを呼び求めているように感じられ、自然と足は早くなる。
 しかし、私から彼女までの距離はかなり離れていて、助け出すにはまだ時間がかかる。
 それならば――と、まだ女性と言うには幼いエメリナさんを、地面に押し倒す2人の男達に私は右手を翳した。
「動くな」
 魔法で男達を動けなくすると、私はそのまま奴らの元に全力で走り寄り――まず、エメリナさんに馬乗りになっている手前の男の腹を蹴りつけた。
 強姦魔その1は、馬乗りになった体勢のまま横へ吹っ飛んでいった。
 そして、蹴り上げた足をそのまま振り下ろし、強姦魔その2の顔に靴底をめり込ませる。
 蹴りつけられて吹っ飛んだ男達が地面へとドサドサっと沈むが、魔法で動きを止められていた為に呻き声も発することは無かった。
 フゥっと息を吐き出し、上げた足を地面へ下ろす。

「ぐへぇー。疲れたぁ〜」

 私は痛む脇腹を、体を捻りながら押さえた。
 颯爽と助け出したまでは良かったが……最後が決まらなかった。
 私は脇腹の痛みが収まるのを少し待ってから――目に涙をいっぱいに溜めたエメリナさんの側に片膝を付き、大丈夫? と声を掛けた。
「どこか、痛いところはない?」
「……え? あの、え?」
 瞬きをしながら、驚いた顔で私の顔を見詰めるエメリナさん。
 何が起きたのか、分かっていないみたいだった。
 未だに地面に寝っ転がっているエメリナさんに手を貸して、起き上がらせた。
「もう、大丈夫ですよ」
「ふぇ……っ」
 背中に付いた土を払いながら、優しく声を掛ければ、声を震わせながらエメリナさんが更に涙を流す。
 私は「怖かったね、頑張ったね」と声を掛けながらポンポンと頭を撫でて、彼女の気持ちが落ち着くのを待とうとした。
 その時――。


「私のエメリナから離れやがれ、変態がぁー!」


 背後から聞こえた声にビクリと肩が震えた。
 え? 変態って……私のコト??
 そろぉ〜っと後ろを振り向けば。
 先の尖った靴先が。
「うおっ!?」
 咄嗟に顔を横にずらし、顔面蹴りをギリ回避。
 あっぶねぇー!?
 頬に靴が少し掠った……が、あれをモロくらっていたら、大変なことになっていたぞ。
 ナイス私の反射神経! と心の中で自画自賛しながら、次に仕掛けられる攻撃を防ぐ為、魔法を使おうとした――のだが。

「うみゅ〜」

 急に体中の力が抜けて、バタリとその場に倒れてしまった。
 どうも、ちびになると魔力の制御が難しく、普段使う魔力量よりも半端ない量を使ってしまうらしい。
 そんなちびになった私が、先程からバカスカと魔法を使った為に、少なくなっていた魔力が更に無くなって……ぶっ倒れたのだ。
「……なんなの? コレ」
「ぐえっ」
 魔法が切れてちびに戻り、地面に顔から倒れた私の襟首を、奇襲してきた人物が掴んで持ち上げた。
 首が締まって苦しい。
 ジタバタと手足を動かしたいのだが、怠くて体が動かない。
 襟首を掴まれ、まるで子猫の首を持つようにして人の顔を眺める人物に、エメリナさんが声を上げた。
「待って、フィオナちゃん! その人……えっとぉ、その子は、私をあの人達から助けてくれたの!」
「はん? このヘンテコ人間が?」
「そうだよ! だから乱暴しないで」
 エメリナさんの言葉に、フィオナと呼ばれた人物が、ふぅ〜んと頷く。
 おい! ヘンテコ人間って私か!? ってかエメリナさん、そこは否定しないんですね。
 目も開けれないほど怠かったが、根性で目を開けて、人を「ヘンテコ人間」呼ばわりした奴を睨み付けようとした。


「……………………」


 目を開けた先に映る人物の顔に、私は固まった。
 透き通るような真っ白な肌に、それよりももっと白い髪。
 意思が強そうな瞳は紫で――。

「え? フィー……ド?」

 目の前に、フィードがいた。
「あん? フィードって誰さ」
 ポカンとした顔でそう呟けば、目の前の人は眉間に皺を寄せ、襟首を掴んだ手を軽く振って、私をプランプランと揺らした。
「むぎゅぅ」
「フィオナちゃん! 苦しがってるから放してあげて!」
「ダメだよ。コイツがどんな理由でエメリナに近付いたのか……まだ聞き出していない」
 グッと、私の襟首を掴む手に力が篭る。
「……うぅぅ」
 更に首が絞まり、鼻の奥がツーンとしてきた。
 ヤバイ。これ以上このままの状態が続けば……落ちる。
 耳鳴りがし出したと思ったら、ジワジワと視界が黒く染まっていく。
 スゥーッと意識を失いそうになった時。

「う゛あぁっ!?」

 フィオナと呼ばれていた人が急に悲鳴を上げた。
 そして、フッと、締まっていた首元が緩み――体が重力に従って落ちる。
 何がどうなったのかは分からないが、顔面から地面に激突することだけは分かった。
 ヤベッ、受身も取れないし。
 ダラリと垂れた腕を上げることも出来ず、私は衝撃に備えてギュッと目を瞑った。

 ぽふん。

 思っていた衝撃とは違う――柔らかなものに包まれる。
「ふぇ?」
 驚いて目を開ければ。


「トオル、大丈夫?」


 心配そうな表情をした、リュシーが私を抱き締めていた。
 フィオナの手から離れた私を空中キャッチしたリュシーは、私を優しく包み込む様に抱き締め直すと、目の前に立つフィオナを見詰める。
 感情が一切抜け落ちたような表情に、私は無意識にリュシーの胸元の服を握る。
「ぐぁぅ……っ」
「フィオナちゃん!」
 呻き声とエメリナさんの悲鳴で、視線を彼女達に移した私は目を見張った。
 何故なら、フィオナと言う人の右腕――手首から二の腕までが氷に覆われていたからだ。
 しかも、その氷は二の腕から肩へと、上へ上へと侵食していた。
 ハッとして後ろを振り向けば――リュシーと同じく、表情を消したロズウェルドが右手を翳して、フィオナに向かって魔法を放っていた。
 そう、フィオナの腕の氷は、ロズウェルドが放った魔法によるものだったのだ。
「……だ、めだ……よ……」
 声が掠れて、上手く喋れない。
 ロズウェルドが放つ魔法は、フィオナの右腕だけではなく、肩や首、それに胸まで氷に覆われようとしていた。

 駄目だ。これ以上やったら、その人が死んじゃう!

 止めようと声を上げたくても、静かに怒り狂っているロズウェルドには聞こえていないようだった。
 それならばと、リュシーの服を掴んでロズウェルドを止めてと揺さぶってみても、嫌だと言われた。
「トオルを意味もなく苦しめたんだよ。同じ苦しみを味わえばいい」
「………………」

 いやいや、氷漬けは同じ苦しみではないと思うんですが!

 怖いことをサラリと言うリュシーに、顔が引き攣りそうになる。
 誰かこの2人をとめてぇー! と心の中で叫んだ時。



 救世主は現れた。
 

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