「トオル、私と一緒に……来てくれる?」
連絡蝶が消えた後、リュシーは暫く何かを考えている様子だったのだが、私と目が合うとそう言ってきた。
無表情だけど、子供で可愛いリュシーにお願いなんかされちゃったら、んもぅ、お姉さん(体はちびだけど)速攻で頷いちゃうよ!
何も考えずに頭を縦に振れば、それを見たリュシーの顔が和らいだ。
「……ありがとう」
「えへへ、感謝される事でもないよぉ〜」
ウフフアハハと笑い合い、私達の回りにだけホンワカとした空気が流れるも……。
「軽く行くって言ってるけど、俺は反対だよ」
近くにいるおじゃま虫に邪魔された。
私達の友情場面に水を差すおじゃま虫――レイン――に、私はムッとした表情を向ける。
しかし、睨み付けたレインはリュシーを見ていた。
「自分の親に会うんだから、トオルを連れずに1人で行け」
「ちょ〜っと! そんな言い方ヒドイでしょ!?」
「別に? 酷いとは思えないけどね」
レインは肩をヒョイと上げると、あんな親がいる所にトオルを連れて行く方がどうかと思うけど? と言った。
私はその言葉に、そういえばリュシーの親御さんってどんな人なんだろう? と首を傾げる。
疑問に思ったことを、私はリュシーにそのまま聞いてみた。
「ねね、リュシーのご両親って、どんな人達なの?」
「父とは、20年以上会ってないから記憶が定かではないけど、母は感情的な人で……私の顔を見ると物を投げつけてきたり、斬りかかって来る人かしら」
「………………」
右目に黒い眼帯を付けているリュシーを、顔を引き攣らせながら私は見詰めた。
なんと言いますか……リュシーって、とってもヘビーなご家庭で育ったのね。
ポリポリと頭を掻いていると、ほら、言った通りだろ? とレインは言った。
「だから、オルグレン家には行かない方がい――」
「うん。やっぱり行くよ」
「……トオル、人の話をちゃんと聞いてた?」
「聞いてたよ。でも、そんな事、私にはどうでもいいんだ」
ねぇ、リュシー。と私は声を掛ける。
元の表情に戻ってしまったリュシーに笑いかけながら、私はもう一度「一緒に行くよ」と言った。
だって、そんな所にリュシー1人で行かせる方が心配だもん。
それに……。
「今度は、私がリュシーを守ってあげる」
目の前にある、固く握り締められた手を取り、両手で包み込む。
「……トオル?」
「私、未来の……大人になったリュシーに、いっぱい助けて貰ったの」
「え?」
「痛くて、苦しくて……泣きそうなるぐらい心細い時に、大人になった貴女は私を助けてくれたの」
『もう大丈夫ですよ』
『どんな事が起ころうと私が絶対守ってみせますから』
崩れ落ちそうになっていた私の心は、確かに、あの時に救われた。
だから……『今』、私を必要としてくれているリュシーの為に行動する時なのだ。
そう! デンジャラスな親がいようとも、一緒にお屋敷に行こうと決めた。
だから絶対に私は行く! とレインと睨み合うこと数十秒――先に折れたのはレインであった。
睨み合に勝利した私は、晴れてリュシー邸へとお宅訪問する事が許されたのであった。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
転移魔法でお屋敷の前に現れた私達を出迎えたのは、数人のメイドさん達と執事長のセバノスティーさんであった。
セバノスティーさんは、この時代から執事長を務めているらしい。
執事長と言えば、私の中で白髪を後ろに撫で付けたロマンスグレーをイメージしていたのだが……予想を反して、外見は20代後半の精悍な顔をした青年だったのには驚いた記憶がある。
そんなセバノスティーさんはリュシーとジークに挨拶してから、私と、私と一緒に付いて来たレインとロズウェルドに視線を走らせた。
「お嬢様、そのお子さんと後ろにいる方々は……」
「トオルは私の大事なお友達よ。後ろにいるのは、唯の付き添い。それよりも、お父様とお母様は?」
「御当主様は書斎にいらっしゃいます。奥様はご気分が優れないと、自室で休んでおられます」
「……そう」
それから、前を歩くセバノスティーさんの後ろを歩きながら屋敷の中に入った私達は、中でも一番豪華な客間に案内されていた。
未来でもあまり入ったことがない部屋に、私がキョロキョロと眺めていると、私達を案内してくれたセバノスティーさんが、これからリュシーのお父さんを連れて来るから、此処で待っているようにと言って客間から出て行った。
私達5人はやることも無かったので、その間大人しく待っていた。
んが!
緊急事態が発生した。
子供の体に縮んでいるからなのか……ちょっとした緊張感で尿意が催して来るのが玉にキズである。
最初はそれ程でも無かったんだけど、我慢すればするほど尿意というものは強くなる一方で……。
「どうしたの? トオル」
隣に座っていたロズウェルドが、もじもじしていた私に気付いて声を掛けてきた。
その言葉に、皆の視線も私へと集まる。
これ幸いと、私は「トイレに行きたい」と行った。
そんな私に、リュシーがメイドさんにトイレの場所まで案内させると言ってくれたのだが、私は「あ、場所は分かるから大丈夫」と言って、1人でトイレへと向かった。
「………………っ」
客間の扉を締めた瞬間、私はダッシュでトイレへと駆け込んだ。
しかし、リュシーのお父さんとお母さんに会うのに、普段着じゃダメだと言われ、これからピアノの発表会ですか? と言いたいぐらいのフリルとリボンがふんだんに使われたドレスの様なワンピースを着せられていた為に、走るのに一苦労だった。
しかも、走るたびに頭に付いている小ぶりのリボンがピョコピョコと揺れていた。
普段より長く感じられる廊下をダダダダダ〜! と走る私であるが、そんな私を見て驚くメイドさん達の足元を走り抜けた私は、漸く目的地へと到着する事が出来た。
ホントに長い道のりでした。
「ふいぃ〜っ」
洗った手をハンカチで拭きながら、廊下に出てきた私はホッと一息を付く。
はーっ、サッパリした。
ポケットにハンカチを仕舞い、元きた道を戻る。
足取りも幾分ゆったりとしている。
鼻歌を歌いながら、目が眩みそうなほど煌やかで豪華な客間へと歩いていた時――ふと、何気なく外を眺めた。
「お? アレって……」
私の身長より少し高い位置にある窓に近寄り、背伸びをして窓の外を覗く。
窓の外には――実家の庭に咲いていた、桔梗の花に似た花が咲いているのが見えた。
「わぁ〜。こんな所に桔梗の花がある」
桔梗の花は私のばあちゃんが好きな花の一つで、6月以降に花咲く綺麗な花であった。
懐かしいなぁ〜と思いながら、桔梗の花に似た花が咲く庭を見ていた私であったが、そろそろ戻ろうと頑張って背伸びしていた体勢を元に戻そうとした時。
「――大変!」
今まで眺めていた庭の中央に、女性が倒れているのに気付いた。
私は慌てて回りを見渡した。
しかし、こんな時に限って回りには人っ子一人もいない。
私は舌打ちすると、窓枠に手を掛けてよじ登り、窓の鍵を開けて外へと飛び出した。
「おわっととと!」
バランスを崩して少し転びそうになったが、何とか体勢を立て直し、そのままの勢いで走りだす。
本日二度目のダッシュ。意外と疲れます。
「大丈夫ですか!?」
倒れている女性の側に膝を付き、とんとんとん、と肩を軽く叩きながら意識があるかどうか確認。
「誰か呼んで来た方が……あ、リュシーに知らせてこよう」
どうしたらいいのか分からず、リュシーを呼んで来ようと立ち上がりかけた時――ピクリ、と女性の肩が震えた。
「あ、お姉さん大丈夫で――うっ」
ゆっくりと上体を起き上がらせた女性を助けるように肩を支えた私は、その人の顔を見て固まった。
透き通るような白い肌に、ふっくらとしたピンク色の唇。マッチ5本以上は乗るんじゃない? と言いたくなるような長い睫毛はフルフルと震えており、少し泣いていたのか、潤んだ藍色の瞳に庇護欲がめちゃくちゃ掻き立てられる。
女の私でさえも、胸がドキドキするのだ。男だったら、イチコロだと思う。
起き上がった女性は、頬にかかった長い髪を細い指で耳に掛けながら、私と視線を合わせる様にその場にちょこんと座った。
その際、ズレた胸元から覗く大きなお胸にクラリとくる。
濡れた瞳+赤い舌がちらりと覗く瑞々しい唇+肌蹴た格好=目のやり場に困るほど、非常に婀娜っぽい。
なんだこの18禁な生き物は。
無言で女性の胸元を直してあげると、「あら? 気付かなかったわぁ。ありがとう、可愛らしいお嬢さん。うふふふふ」と言って頭を撫でられた。
……どうやら、この人は天然らしい。
中身と外見のギャップが激しい人みたいだ。
頭を撫でられながら、どうしてこんな所で倒れていたのかと話しを聞けば――旦那さんと顔を合わせれば娘さんの事で喧嘩をするらしく、それで、先程も滅多に屋敷に寄り付かない旦那さんと長時間口論していたとの事。だが、何を言っても自分の話しを信じてもらえず、旦那さんの素っ気無い態度にたまらなくなって、部屋から飛び出して此処でふて寝していたらしい。
なんてはた迷惑な……。
そう思ってしまった私は悪く無いと思う。うん。
「ねぇ、それよりも……」
「ん?」
うんうんと頷きながら女性の話しを聞いていたら、いきなり真剣な表情をした女性に両腕を掴まれた。
グググッと力が加わる。
細い指のわりには、意外と力がありますね?
きょとんとした瞳で同じ高さにある女性の瞳を見詰める。
数秒、見詰め合う私達。
沈黙を破ったのは、目の前にいる18禁な人であった。
「あなた……私の娘――リュシーナと知り合いなの?」
その言葉に息を呑んだ。
「……あ、貴女が、リュシーの?」
「そう……母よ。――ねぇ、リュシーナは今、この屋敷に帰って来ているの?」
私の顔を覗き込み、リュシーの事を色々と聞いてくる女性に、私の瞳は釘付けになった。
どうやら、この天然18禁の女性が――。
リュシーの右目を傷付けた、ぶっ飛んだ母親らしい。