第7章 邂逅 24

 
 少し遠い所から、声が聞こえて来る。


 何を喋っているのか分からないけど、その声を聞くと、自然と安心出来るのが不思議だ。
 熱さで疲弊した精神と体力で体に力が入らず、真正面に凭れているモノに顔を擦り付ける。


 トクントクンと、規則正しい心臓の音が聞こえて来た。


 この音も、私を安心させるものだった。
 背中に回された暖かな腕が、労るように背中を撫でてくれた。
 フッと体から力を抜くと───額に、冷たい何かが置かれた。
 ぼんやりとする意識でソレは何だろうと思っていたら、直ぐにソレは誰かの手だと気付いた。
 細いけど、ちょっとゴツゴツしてて───だけど、その冷たくて気持ちのいい手に、火照る頬も冷まして貰おうとスリスリと擦り寄った。
 途端に、背中を撫でていた人がムッとした様に撫でていた手を止め、額から頬に手を移動した人が、嬉しそうに笑っている気配がする。
「…………んぅぅ?」
 頬を撫でていた人の手が離れて行くのと同時に、私の意識も浮上した。




 目を開けると、イイ笑顔をしたジークの顔が一番に飛び込んできた。
 ぱちぱちと瞬きをする。
 それから、ぐるりと首を動かして頭を上に上げると。


 美少女と見紛う少年、ロズウェルドが、何故か可愛らしく(ココ強調)頬を膨らませながら唇を尖らせていた。


 私がそんな事をしたらキモイと言われるだろうが、男であるロズウェルドがやると、何故こうも様になるのだろうか……と、どうでもいいことを考え、ハタと気付く。
「……あれ? 私、何でこんな所に…………って! リュシーは!? 炎は!? 18き───じゃなくて、ナディアさんはっ!?」
「落ち着いて、トオル」
 椅子に腰掛けていたロズウェルドに凭れていた体を、背筋をグッと使って一気に上体を起こしたのだが、ロズウェルドが背中を緩やかに撫でて、また私を自分の胸の上へと戻した。
「あの炎はオルガーさん……あ、リュシーナのお父さんなんだけど、そのオルガーさんが炎を消してくれたんだよ。ナディアさんは軽い脱水症状だったんだけど、意識も回復して、今はご自分の部屋で休まれてる。リュシーナは、魔力の枯渇が原因で今は少し動けない状態だから、レインに少し魔力を分けて貰っているところなんだ。それが終わったら直ぐに会えるから、心配しなくても大丈夫」
「そうだよ、今は人の事より自分の事だよ?」
 ジークに頭を撫でられ、「どうして、こう無茶な行動ばかりとるかな」と溜息をつかれた。
「無鉄砲って……私が? え、どこが?」
「今日だけでも一杯あるでしょ」
「そうそう、 走っている馬の上から飛び降りただろ?」
「あの時なんか、急に飛び降りたトオルを馬で踏んづける所で心臓が止まる思いをしたよ」
「それから、あのレインを投げ飛ばしての賊退治」
「あはは、投げられた後のアイツの顔は見物だった」
「確かに、アレは人生の中で上位に入る程の面白い場面だったね。───それと、先程のリュシーナの事も入れたら、トオルが無茶な行動を起こす人間だって言うことがよく分かる」
「………………」


 自分の行動をよくよく振り返ってみると、2人の言葉に言い返せないのが悲しい。


「……や、確かに、走っている馬から降りた事や、1人でエメリナさんを助けた事は、無茶をしたなって思うけど、さっきのリュシーの件は………そんな事無いよ?」
 最後の言葉を自信なさ気にぼそぼそと言ったら、ジークとロズウェルドにヤレヤレといった感じに首を振られた。
「あー……トオル、もしかして無自覚でやってたのか?」
「だと思うよ」
「あのね、トオル。俺達も、リュシーナが魔力の暴走を起こした後にあの場所に駆け付けたんだけど、普通魔力の暴走を起こしたら───特に、リュシーナが持っている魔力量を考えても、あんな範囲で留まっているはずがないんだ」
「良くて屋敷全焼。最悪、近隣の家々も巻き添えにして、辺り一帯が火の海になっていただろうね」
「……え、でも……」
「うん、そんな事にはならなかったよ」
「トオルがリュシーナの力を抑えててくれたお陰でね」
 ジークはそう言うと、私の頭を「えらいえらい」と言いながら撫でてくれた。
 意味が分からず、きょとんとした顔で頭を撫でられていた私を見たロズウェルドが、苦笑しながら「本当に無意識に魔法を使っていたんだね」と言った。
「トオルが意識を失った原因は、極度の緊張状態による精神的疲労と、熱さによる肉体的な疲労もあるんだけど……一番の原因は、魔力の消費が原因だと思う」
「唯でさえ少なくなっていた魔力を、あの炎を抑えるのに使っていたんだから当然だね」
 ロズウェルドは私の体を抱き直すと、苦しくない程度の強さで私の背中に回していた腕に力を込めた。


 途端に、私の体の中に暖かい『何かが』流れ込んで来る。


 頭の先から足の先にまでソレが巡って行く感覚に、ほぅっと息を吐いて目を閉じる。
 この感覚には覚えがあった。
 綺麗な月を見たいと、無謀な転移をして魔力を消費した私に、ヴィンスさんが魔力を分けてくれた時に似ていた。
 あの時よりも魔力が枯渇していたのか、流れ込んで来るロズウェルドの魔力があまりにも気持ち良くて、手足をきゅーっと丸めて、目の前にある薄い胸板に顔を擦り付けていた。
 うっとりとした表情で目を閉じる私の頭に、ロズウェルドは笑いながら顔をくっ付けて頬擦りをした。
「あーもぅ! 何だろう、この可愛い生き物は!!」
 グリグリと頬擦りされ、前髪がぐしゃぐしゃになってしまった。
 そんな私とロズウェルドを見ていたジークが、ボソリと呟く声がした。


「…………ずるい」


 ぽわぽわとしていた思考に、暗く、恨みがましい声が聞こえて来た。
 何だ? と思って目を開けたら───。


 半眼になって、不機嫌さMAXな表情をしたジークの顔がそこにあった。


 何故、その様なお顔をなさっておいでなのでしょう。
「………………」
「………………」
 暫し、見つめ合う。
 私、何か怒らせるような事しちゃったかな?
 何か喋らなきゃ、と思って口を開こうと思ったら、先にジークが行動を起こした。


 眼の前に、腕捲くりをした右腕を差し出された。


 瞬きを一つして、何ですかこの腕は? と目の前にある腕から視線を上げたら……ジークがにーっこりと笑った。
 その顔を見た私は、全身の毛がぞわわわわ〜っと総毛立った。


 顔は笑ってるんだけど目が完璧に据わってるぅ!


 ひぅっ、と声にならない悲鳴が喉の奥で鳴った。
 そんな私を見て、ジークの笑顔がますます深くなる。


「リュシーナにするのは分かるけど、その日出会っただけのレインやロズウェルドに誓約印を施しておいて……俺には出来無い───って、言わないよな?」


 えぇ、言いませんとも!
 余りの恐ろしさに、私は首振り人形の如くカクカクと縦に振って、ジークの腕を取った。
「汝を、トオル・ミズキの名によって、守護者である仮の黒騎士に叙する」
 途端に、口付けた部分に紋様が浮かんで来た。
 ジークは自分の手首に浮かんだ誓約印を反対の指先でなぞると、ふっと笑った。
 そして───両手を私の頬に添えてから、私の額に自分の額をコツンと当てた。
 驚いて目を閉じた瞬間、ロズウェルドとは違う魔力が大量に流れ込んで来る。
「……っぁ」
 急激に入って来た魔力にブルリと体を震わせると、「何をやってるの」と呆れた声を出したロズウェルドが、ジークから私を離してくれた。
「こんなに体が小さいのに、そんな大量の魔力を急激に流したら、体がビックリしちゃうだろ」
「……あ、悪い」
 ジークはバツの悪い顔で謝ると、ロズウェルドの腕の中にいる私をそっと抱き上げた。
 小さな私を、ジークは自分の左腕にお尻を乗せる様にして抱くと、先程とは違い、緩やかに魔力を私の中へと流した。
 穏やかで温かく、私を包み込むようにして流れてくる魔力。


 目を閉じて、コテン、と頭をジークの肩口にくっ付ける。


 落とされないとは分かっていたが、安全の為にジークの胸元の服をギュッと握り締めた。
 流れ込んで来る魔力が気持ち良く、ほにゃんとした表情で目を閉じている私を見たジークが「……うん、確かに可愛いな」と呟き、ロズウェルドが「でしょ」と同意していた事に、私は全然気付くことが無かった。




 それから程なくして、部屋にセバノスティーさんがやって来た。
「旦那様が、お嬢様とのご面会を望まれておいでです」
 と、枯渇していた魔力がそこそこ溜った事によって、ジークとロズウェルドの抱擁からやっと開放された私に言って来た。
 大人の───リュシーさんにとても見た目が似ていたが、リュシーさんの様に笑いもしないその表情は、まるで氷の様に冷たい感じがした。
 そんな人の所に、私1人で行かなきゃならないのかと思っていたら───。


 ギュッと、私よりも少し大きな手が、私の両手を包み込む様にして握って来た。


 顔を上げると、ロズウェルドとジークが優しい顔で私を見下ろしていた。
「俺達は、トオルの騎士だ」
「そんな、心細そうな顔をしないで?」
 2人は私の手を握りながら、自分達も一緒に行くとセバノスティーさんに言った。
 セバノスティーさんはそんな2人を見てから頭を下げると、「分かりました。では、こちらへどうぞ」と言って、私達を連れて歩き出した。


 さぁ、これからリュシーパパとのご対面です。
 

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