第7章 邂逅 26

 
 黒く変わってしまったリュシーの髪の毛は、元の色に戻せると言うリュシーの言葉通りに、元の青銀色の髪へと戻った。
 右目に黒の眼帯を付け直したリュシーは、着ていた寝間着を脱いでクローゼットの中に仕舞われていた動きやすい服に着替えていた。
 レインに魔力を補って貰っていたとは言え、先程まで寝込むまで魔力が枯渇していたのにも関わらず、その足取りは堂々としたものである。
 どうやら、私と『対の者』となった事により、私の中にある膨大な魔力の恩恵を受けているとの事。
 リュシーは着替え終えると、ベッドの上にちょこんと座っていた私を抱き上げた。
「さてと……お父様とお母様にはもう会った事だし、帰ろうか」
 そう言うと、リュシーは私を抱き上げたままスタスタと歩き出し、屋敷の中を歩いてジーク達1人1人見付けると「帰るわよ」と言って屋敷の外に連れ出した。
「え? ちょっ、リュシー? お父さんとお母さんに何も言わずに行っちゃっていいの!?」
「別に構わないでしょ。今までの誤解が解けたことだし、今頃2人で仲良くやってるんじゃない?」
 リュシーの言葉に、そんなもんなのか? と思っていると、
「……じゃあ、蝶を飛ばして帰る事を伝えておく」
 と言って、指先に連絡蝶を出現させるとそれを屋敷の方へ飛ばしたのであった。
 面倒臭そうに蝶を飛ばすリュシーを見ていた私に、ジークが「今までの事があるから、リュシーとしても内心複雑なんだよ」と言って私の頭を撫でた。
 頭を撫でられながら、急に親子の関係が良くなる訳ではないのだという事を言われ、私は分かったと頷いた。
「それじゃあ帰りますか。おぉーい、レキ───ぃい?」
 迎えに来てもらうためにレキの名を呼んだ瞬間。
 不穏な視線を、後頭部にビシバシと突き刺さる感じがした。
 何だ? と思いながらきょろきょろと辺りを見渡し……。


「……レイン君、何故そんな目で私を見てるのかな?」


 無表情なのに、それはそれは見も毛もよだつほどの絶対零度の視線を向けるレインに、引き攣る。
 若干ビビりながら、抱かれるリュシーの服をぎゅっと掴んでしまったら、それを見たレインが更に目を細めた。

 こっえぇぇーっ!?

 何でそんなに怒ってんのか分からないが、未だかつて無い程、レインの機嫌が悪いことだけは分かる。
 スッと私に向かって伸ばして来たレインの手を、リュシーは電光石火の速さでペシッと払った。
「………………」
「………………」
 手を払う形で動きを止めるリュシーと、払われた形で動きを止めるレインの間に怖いくらいの沈黙が落ちる。
 シーンと辺り一面に静か過ぎる程の沈黙が流れるが、私もジークもロズウェルドも言葉を発することは出来無かった。
 私の頭上でバチバチッと火花が飛んでいるのは気のせいじゃないはずだ。
 この一触即発状態な場面をどうしようか悩んでいると、私達が立っている目前に“黒い風”が巻き起こる。


 そして、そこから金色の瞳を持った少年───レキが現れた。


 レキは「もう宜しいんですか? ご主人様」と言いながら、リュシーに抱かれていた私を奪い取った。
 リュシーとレインが発している不穏な空気を分からないはず無いのに、全く気にしないレキ。
 大物である。
「───ん?」
 そんなレキが、私を見て動きを止めた。
「どうかした?」
「……いぇ」
 レキはジーッと私を見てからチラリとリュシーを見るも、「何でもありません」と言って首を降り、「おい、お前ら。帰るぞ」と尊大に言う。
 その頃にはリュシーとレインも少し落ち着いていて、帰還の魔法を展開しようとしていたレキの近くに近寄って来た。
「それじゃあ、行くぞ」
 こうして、リュシーのご両親との対面を済ませた私達は、レキの掛け声と共にリュシーの実家から離れたのであった。




「おかえりぃー!」
「お帰り、トール!」
 白い家にレキの魔法で帰ってきた私達を出迎えてくれたのは、巨大ハリセンを持ったカーリィーとエドであった。

 まだ持っていたのか……。

 どうやらこの巨大ハリセンをとても気に入った模様。
 レキの腕から下ろしてもらい、「いい子にして待っていれた?」と聞けば、ちび共は「うん!」と元気よく返事した。
 そうかそうかと言いながらちび共の頭を撫でたかったのだが、ちびになった私はちび共よりも小さい為、腕をぽんぽん叩くに留まったのだが、ふと、とある人物の姿が見当たらないことに気が付いた。
「あれ? ハーシェルは?」
 きょろきょろと辺りを見回していたら、床に何かキンキラと光るモノが目に付いた。
 もしや、と思いながら近付いて行くと……。


 そこには、ボロ雑巾の様に床に打ち捨てられたハーシェルが倒れていた。


「一体、何があったの!?」
 驚きながら駆け寄ると。
「……そこにいるクソガキ共が持っている変なモノに殴られ続けていたんだ。逃げようと思ったり防御魔法を使おうとしても、その『犬』が防御魔法を尽く消し去り、身体の動きを止める魔法を仕掛けてくるし───しかも、ガキ共が持ってるモノに強度増強魔法を掛けるわで、本当にこの数時間は地獄のようだったんだ」
 ハーシェルは床で倒れ伏しながら、変身して私の肩に乗っている小狼のレキをギッと睨みつける。
「あはは! こいつ、ちょーよぇーんだよ」
 そんなハーシェルの頭を、エドとカーリィーは巨大ハリセンで笑いながらポクポクと叩いていた。
「おーい、その辺で止めとけ」
 何となくだけど、未来でのハーシェルがエドとカーリィーに手厳しい理由を垣間見た気がした。




 その後、レキにハーシェルに掛けた魔法を解除させたり、皆で夕食の準備をしたり食べたりして、楽しく過ごしていた。
「もう遅いし、そろそろ寝ようか」
 それぞれが好きな事をしながら寛いでいると、本を読んでいたジークが顔を上げて、トランプゲームに似た遊びをしている私達に声を掛けてきた。
 私達は「は〜い」と言いながら後片付けをして、寝る準備をした。
 順番で歯を磨き、それぞれの部屋に戻って夜着に着替えてベッドに入る。
 私の部屋では、レキが一緒に寝ていた。
 うーん、いつ見ても凄い体制で寝ているな。
 レキは枕の直ぐ側で仰向けになっており、半開きになった口からはだらりと垂れた舌が見えていた。
 伸びた脚がぴくんぴくんと動いているし、瞬時に寝てしまえる特技を持っているレキを見て笑いつつ、寝なきゃと思って目を瞑るも……。


「…………寝れん」


 耳元でぴぷぅ〜ぴぷぅ〜という鼻音が耳について寝られない。
 ムクリと起き上がり、レキの鼻の穴を両手の人差し指でピトッと塞ぐ。
「……………………っかは! ひゅ〜、ひゅ〜、ぷひゅ〜」
 暫く息が止まっていたのだが、口を大きく開けたと思ったら、鼻から口呼吸へと変わっただけであった。
 気持よく寝ているのを起こすのも忍びない……と言う訳でもないのだが、私はレキを起こさないようにそっとベッドを抜けだした。
 ベッドの下に置いていたスリッパに足を入れ、脱げないように足指に力を入れながらソロリソロリと足音を立てずに下の居間へと歩いていった。
 しんっと静まり返る部屋の中に入り、何か飲もうかなぁ〜と思っていたら、ふと、窓の外で何かが光るのが視界に入って来た。
「なんだぁ?」
 気になって、トコトコと歩きながら窓辺に寄って背伸びする。
「んー……っしょっと。───あれ? あそこにいるのって……ハーシェル?」
 窓枠によじ登って外を覗くと、花畑の中央でハーシェルが1人ぽつんと佇みながら、頭上に浮かぶ月を眺めている姿が目に入って来た。
 私は腕を伸ばして窓の鍵を外すと、腕の力で体を持ち上げて窓枠に足を掛け、そのまま外へと飛び出した。




「ハーシェル、こんな夜中に1人で何やってんの?」
 スリッパの音を響かせながら近付いた為か、後ろから声を掛けても、ハーシェルはチラリと私を横目で見て直ぐに月へと視線を戻した。
 別に何か言ってもらうことに期待をしていた訳ではなかった私は、そのまま歩いてハーシェルの隣に立った。
 今の身長だと、見上げるほど大きな体をしているハーシェルだけれども、その見た目はまだまだ幼く、月を見上げるその表情はとても儚げに見えた。


「…………夢を、見ていたんだ」


 2人静かに月を眺めていると、ハーシェルがポツリと呟いた。
 顔を斜め横に向けると───月を見ていたハーシェルが、まるで森の中で迷子になってしまったような子供の様な顔をして立っていた。
「アルギディアナ様に忠誠を誓う事に、何の疑問も持たなかった」
「………………」
「だって、そうだろ? 下級貴族であった父親が汚職で捕まり、母も共謀していたと言うことで捕まり、まだ幼かった私は両親に代わって家を取り仕切る事も出来ず……今まで使えていた使用人達に裏切られ、家の中にあるものの目ぼしい物は全て盗まれ、途方に暮れている私の所にアルギディアナ様が直々にやって来て「親の罪はお前の罪ではない。しかし、この世の中は世知辛いもので、罪人の子は罪人扱いだ。───しかし、私の『モノ』となり、絶対の忠誠を誓うなら、お前を『罪人』などとは呼ばせない」と言われたんだ。何も出来ない子供だった私は、その言葉に嬉しくて一も二もなくアルギディアナ様の言葉に従った。だけど……」
 ハーシェルは一旦言葉を区切ると、月から目を離し、私を見下ろした。
 その瞳は悲しみに染まっている。
「だけど……忠誠を誓った後の私の扱いは、『罪人』以下のものだった」
「そんな……何で……」
「胸に誓約印を刻まれた後直ぐに、自分の名前を消され、意思は半強制的に魔法によって抑えられたり、時には『色』を変える薬を強制的に飲ませられ……『私』と言う存在を消されたこの数十年、アルギディアナ様の『影』───いつでも使い捨て出来る駒として生きて来たんだ」
 ハーシェルは自分の胸元をぎゅっと握りながら、震えるように吐息を零した。
「自分の感情がたまに戻った時、刻まれた時は嬉しくて自分の誇りの様に思えた誓約印が……呪いの印に見えるようになったよ」
「……ハーシェル」
「君がアルギディアナ様に刻まれた誓約印を消してくれた時、これで自由になれたと思って歓喜したした」


 でも、今になって怖くなってきたとハーシェルは言う。


「あの方は、自分のモノを奪われるのを何よりも嫌う。今も、自分との繋がりを強制的に断ち切られた私の事を、血眼になって探しているに違いないんだ」
 王妃に見つかり、また誓約印を刻まされてあんな生活に戻るのが怖いんだと、震えながら話すハーシェルが可哀想になった。
「そんな事、絶対に私がさせないよ」
「どうしてそんな事が言えるんだよ!」
「だって、ハーシェルを私のモノにしちゃえばいいんだもん」
 王妃の呪縛から逃れることが出来たのに、小さい頃から叩きこまれたその絶対的な支配力に怯えるハーシェルに、私はニッと笑う。
 スゥっと息を吸い込み、元の体に戻れ〜、と何度も心の中で思っていると───グンッと体が伸びた感覚がした。
 目を開ければ、驚いた表情のハーシェルが目の前にいた。
 大人の姿に戻った私は、先程とは逆に、ハーシェルを見下ろしていた。
「ねぇ、ハーシェル」
 私は、胸元を握り締めている手をそっと掴んで握り締めた。


「私の黒騎士に……なる気はないかなぁ?」


 軽く言う私の言葉に、ハーシェルは目を見開く。
「黒騎士……?」
「そっ! 別に、私はハーシェルの自由を奪う気も何も無いよ? それに、誓約をするって言っても仮であって、後からハーシェルが本当に誓を立てたいという人が現れたら、仮の誓約印は直ぐに消すしね」
「………………」
「そうそう、言い忘れてたんだけど、私って“紋様を持つ者”らしいから、私の誓約印を刻むことによってハーシェルを王妃の手から守ることが出来ると思うんだ」
 聞いた話では、王様よりも偉いって言うしね。
「まっ、ちょー毒舌でネチネチと嫌味を言い続けるレインと、美人でかっこ良くて頼りになるリュシーと、お嬢様の様に見えて実は男である病弱ロズウェルドと、爽やか系で兄貴的存在だけど腹黒なジークと言う、とっても個性溢れる人達も黒騎士なんだけどね」
 そう言った瞬間、ハーシェルの口元が引き攣っていたのは見間違いじゃないはずだ。
 そんな歳相応の反応を見せるハーシェルに安堵しつつ、答えを待った。
 俯きながらモゴモゴと口篭っていたが、意を決した様に顔を上げると───。
「よろしくお願いします」
 その言葉を聞いた私はハーシェルの手を取って「こちらこそよろしくね!」と言った。
 そして、誓約の言葉と手首の裏側に口付けると、そこに誓約印が刻まれた。
 手首に刻まれた誓約印を見詰めるハーシェルを見ながら、私はある提案をした。
「ねね、ハーシェル」
「……何ですか?」
「夜も遅い時間だけど、もぅ寝ちゃう?」
「いぇ、もう暫くここにいようかと」
「あ、そうなの? ならさ、一緒に月見でもしない?」
「月見……ですか」
「私も何だか寝れなくてさぁー。時間も余ってるし、せっかく綺麗な月が出てるんだから、一緒に見ようよ」
 うんそうしよう。と、ハーシェルの是非を聞かずに半ば強引に決定すると、ハーシェルの腕を掴んで「私さ、いい穴場知ってんだよねー」と言いながら、『あの場所』へ意識を向ける。
「……あの、トオルさん? 穴場って……ここで月を眺めるんじゃないんですか?」
「ここから離れた場所にいい所があるから、そこに連れていってあげる」
「連れていってあげる……って、どうやって? ここからどの位離れているんですか?」
「距離は結構離れてるから、移動は、もち、魔法でだよ」
「は……はあぁぁ!?」
 転移魔法で移動なんてあり得ない! と、ハーシェルの叫び声を聞きながら、私は魔法を使って『あの場所』へと転移する為に力を使う。

 しかし、この時の私は忘れていたのだった。

 レインによって強制的にちびにされ、更に魔力も抑えられていた事を。
 ハーシェルとの誓約をするのに魔法で元の姿に戻った事によって、魔力が一定以下の量になってしまい、転移する瞬間私の体は又しても縮み……。
「…………あ、やべ」
 お互いに驚いた顔で見つめ合いながら、その場から一瞬にして転移し。



 ドッポーンッ!! という盛大な水飛沫を立てながら、出来立てホヤホヤの主従2人で湖の中に沈んでいった。
 

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