第7章 邂逅 27

 
 2度あることは3度ある。


 ブクブクと湖の中に沈みながら、そんな事を考えていた。
 3度目となる今、私は焦ることが無かった。
 慣れって怖いね。
 そんな事を思っていたら、右手をグイッと掴まれて上へと引っ張り上げられる。
 多分、そんなに深く沈んではいなかったからなのか、私は直ぐに水面へと顔を出すことが出来た。
「ぷはぁっ!」
 ザバッと音をさせながら水から顔を出すと、直ぐ側から心配そうな声が聞こえて来た。
「大丈夫ですか? トオルさん」
「う、うん。何とかね」
 プルプルと顔を振って水気を取っていたら、頭上から呆れた声が聞こえて来た。
「トオル、一体何をやってるの?」


 顔を上げれば、岸の上から手を差し伸べてくれるシェイルがいた。


「あ、シェイル」
「あ、シェイル。じゃないでしょ。何でこうも湖の中に落ちるのかな」
 全くもぅ、と呟きながら、シェイルが湖の中に浮かぶ私を引き上げてくれた。
 そして私を左腕で抱き、右手でハーシェルの手を掴んで引っ張り上げてる。
「すまない」
「いや、気にしないでくれ」
 シェイルはそう言いながら右手を一振りし、魔法で濡れた私達を乾かしてくれた。



 シェイルに連れられ、私とハーシェルは、シェイルと一緒に来ていたヴィンスとディオの元にお邪魔していた。
 どこから用意したのか分からないホットミルクが入ったマグカップを渡され、両手に持って、ふーふーとふきかけながらコクリと飲む。
 ちょっと砂糖が入っているのか、口の中に甘い味が広がる。
 ホッと息を吐くと、隣に座っていたハーシェルが「トオルさん、口元にミルクがついてますよ」と言って口の脇を親指で拭いてくれた。
 顔を上げれば、にっこり笑うハーシェルと目が合う。
 ありがとーと言いながら一緒に笑い合っていると、周りから変な視線が向けられているのに気付いた。
 ん? と思いながら、顔をその視線の方へと向けると、シェイルだけでなく、ヴィンスやディオまでもが私達───と言うよりも、ハーシェルを変なモノでも見るかのような目で見ていた。
「……皆、どしたの?」
「いや……なんでここにエルディオールがいるんだと思って」
「それに、王子の髪の色が違うし……魔力も今までのモノとも違って……る?」
「しかも、なに? そのトオルが愛おしくてたまりません、みたいな視線は」
「へ?」
 目をぱちくりさせながら3人を見る。
 それから、漸く皆が何を言いたいのか分かった。
「あぁ、そう言えば、皆に言ってなかったね」
 私はそう言いながら、コホンっと1つ咳払いをしてからハーシェルの紹介をした。
 面倒くさいからと簡潔に今までの事を説明したら、なぜかディオが顔をヒクつかせていた。


「お前だったのか、アルギディアナと『影』との誓約を無理やり引き裂き、ぶんどった人間はっ!!」


 額に青筋を立て引き攣るディオに、首を傾げる。
「え、私、ぶんどってなんかいないよ?」
「そうですよ、トオルさんは私をアルギディアナ様の呪縛から解き放ってくれたんです。そして、もうそんな事にならなくてもいいように、私をトオルさんのモノにして頂いただけですから」
 違う違うと手と首を降り、ハーシェルと一緒に顔を見合わせながら「ねー?」と言い合っていると、向かい側に座る3人が頭を抱えた。
 え、なんで?



 どうやら、王城でアルギディアナ王妃とその『影』の契約関係が何者かに強制的に切られ、その『影』自体も連れ去られた───と、一部の人間の中で騒ぎになっているらしい。
 全然知らんかった。
「だから、髪や魔力やその他諸々なモノが変わった“その”『影』が目の前にいて、僕達は驚いているんだよ」
 シェイルにそう言われるも、……はぁ、と間の抜けた声しか出なかった。
「一体、何をした訳?」
「何をしたといいますか……えーとですね? とある人から頂いた魔法薬でハーシェルの心臓を止めて……まぁ、体が『自分が死んだ』と思わせるようにするわけですよ。そうするとアラ不思議。心臓に刻まれた誓約印が消えていったのであります」
「ほぉ……」
「………………」
「……それから?」
「それからはですね、王城で捕まりそうになったので、その場にいた皆やハーシェルを転移魔法でリュシーの『白い家』にまでパパっと移動して、それからまた色々あって……王妃様の『影』にもう戻りたくないって言うハーシェルの気持ちを聞き入れた私が、先程ハーシェルと仮の誓約して、私の下僕になった───ってところかな?」
「………………」
「………………」
「………………」
「あれ? どうしたの、皆黙っちゃってさ」
 こてんと首を傾げると、ヴィンスがハハハと乾いた笑いを漏らしていた。
「永久的に続く誓約を、アッサリと無効にしたのが凄い事なのか」
「それとも、“あの”一曲も二癖も三癖もある王妃の『影』を手懐けたのが凄いのか」
「どれも凄いが、トオルはこれからどうするんだ?」
「どうするとは?」
「まさか、アルギディアナから『影』を奪っておいて、このまま何も無く終わりだとは思ってないだろ?」
「………………」
「……思ってたんだな」
 私が視線を泳がせて無言になると、ディオが又しても頭を抱えてしまった。
「アルギディアナは自分のモノを奪われて、唯指を咥えて黙っているような人間じゃないよ。必ず自分のモノを奪った人間を探し出し、報復するはず」
「下手すりゃ、トオルやそこの『影』───ハーシェルだったか? と、それ以外にも、トオルと一緒にいるリュシーナ達も巻き込まれる可能性はあるんだからな」
 そんな事が起きたら、お前はどうするんだ───と聞かれ、私は持っていたカップを横に置くと、向かいにいる3人に視線を合わせた。


「そんな事、絶対にさせないよ」


 そう、そんな事は絶対にさせない。
 もしも、そんな事をしようとするのなら……自分が持つ魔力の全力でもって、対抗させてもらおうじゃないか。
 胸を張り、鼻息荒くそう宣言すると、目の前に座っているシェイルが立ち上がってパンパンと手を叩いた。
「トオル、よくぞそこまで言った!」
 シェイルはそう言うと、ハーシェルの方を向いて手を差し伸べた。
「エルディオール……じゃなくて、ハーシェル君、で良かったかな」
「はい。ハーシェルで構いません」
 シェイルはそうかと頷く。
「僕はトオルの後見人をしているシェイル・オルストレイニーだ」
「何度か王城でお会いしたことがあります」
「そうか、なら話は早いな」
 私とハーシェルを交互に見てニッと笑った。
「僕はトオルの後見人だからね。トオルが必死に守ろうとしているものは、僕も全力で守らせて頂くよ」
「おい、シェイル。お前何をしようとしているんだよ」
 怪訝そうな顔をしたディオとヴィンスに、シェイルは不敵に笑いながらこう言い出した。
「僕の祖母はオルギディス家から嫁いできた人間でね。たまに実家に遊びに行く祖母に連れられて、幼い頃は僕もよくオルギディス家に遊びに行かせて頂いていて、そのお陰か、そこの当主夫妻とは今でも懇意にしていているんだ。だが、その夫妻は残念な事に子供に恵まれなくてね……養子を迎えようにも、十貴族に相応しい魔力にオルギディス家の象徴とも言われる金髪碧眼を兼ね備えて生まれてくる子供が中々いないそうでね」
 そこまで言うと、ハーシェルに視線を合わせ、「君、オルギディス家の養子にならないか?」と爆弾発言をする。


「それはそれは……よろしくお願い致します」


 と、ハーシェルも軽〜く言って言葉を交わし、ガッシリと2人で手を掴み合う。
 交渉成立、とばかりに話しを勧めていく2人にヴィンスとディオが慌てる。
「おぃおぃ、ちょっと待てっ!」
「シェイル、君は何勝手に物事を決めちゃってるんですか!?」
「勝手ではない。僕はオルギディス叔父上達に、オルギディス家に相応しい人間を見つけたら連れて来て欲しいと言われていたんだ」
「それって社交辞令なんじゃ……」
「断じて違う。それに、ハーシェルをオルギディス家に養子に迎える事は、オルギディス叔父上達だけではなく、トオルやリュシーナ達にとっても益があるんだ」
 私? と自分の顔に指を差すと、そうだよと言われる。
「ハーシェルがオルギディス家に入れば、王妃がオルギディス家にちょっかいをかかけようとも、オルギディス家と懇意にいている我がオルストレイニー家が黙っていない。それに、どうやらトオルは十貴族でも上位の家の子息達と仮とはいえ、誓約を交わしているのだろう?」
「うん。リュシーとレインとジーク……それに、ロズウェルドともしてるよ」
 私の言葉に、ヴィンスが成程と呟いた。
「兄さんがいるのなら、簡単には手を出してはこないね」
「何で?」
「兄さんはオルクード家の現当主だよ? 王家の守護家でもあり、全ての王族の魔力制御を施している我が一族に、たかだか『影』の1人如きに王妃が手を出すことなんて出来はしないだろうからね」
 私はレインが意外と凄い人物なんだと思いながらも、「でも、そんな事気にしなくても大丈夫だよ」と笑った。
「皆にはまだ話してなかったんだけど、実は私、“紋様を持つ者”なんだよね〜。だから、王妃様がなんと言ってこようが、私の方が偉いんだから、ハーシェルを渡すつもりもないし。それに、リュシー達を危険な目に遭わせるなら、私が持ってる魔力の全力で止めるから」
 拳を握り締め、フンッと右腕を持ち上げならが宣言すると、そんな私を見ながらハーシェルも笑いながらこう言った。
「私も、長くアルギディアナ様の元で働いていたので、“色々”な情報を持っていますし、脅す材料なら豊富にありますよ。それから、アルギディアナ様の呪縛から解かれた今……トオルさんに牙を向けるモノは、何者であっても、全身全霊の力で持って排除するまでです」
 これから王妃と王子をどうやってその地位から落としてやろうかと考えると、楽しくて仕方が無いです。と、にっこりと笑いながら言うハーシェルに、こいつも腹黒人種だったのかー!? と驚愕した。
 驚く私を他所に、4人はガッシリと手を掴んで『ハーシェル、オルギディス家の養子にしちゃうぞ! 計画』と『目指せ! 王妃と王子を城から追放計画』の2つの計画を企み、明日から実行に移すことにしたらしい。
 まだ幼い顔をしている4人であるが、色々と話し合っている皆の顔は……キラキラとした顔で、大人顔負けのあくどい話し合いをされてました。
 なんかよく分からなかったけど、私の出番は無さそうである。



 ハーシェルとシェイル、それにディオの3人で色々な計画の案を練っている時、私はヴィンスに魔力の補充をして貰っていた。
 胡座をかいたヴィンスの足の間にお尻を入れて、胸に凭れ掛かる。
 お腹に回った両腕に手を置き、コテンと頭をヴィンスの胸に付けて目を瞑りながら、体の中に流れてきている魔力っぽい(今だに魔力と言うものがよく分からない)ものにうっとりする。
 何度か魔力を補充してもらった事はあるけど、私はこの魔力補充が結構好きだった。
「きもちぃ……」
 体の芯からポカポカと温かくなって来るし、体の中に『何か』が流れて来て、その『何か』が私の中に溜まって、そこから力が湧き出てくるように感じられた。
 はふぅ、と溜息をつくと、頭上からクスクスと笑い声が聞こえて来た。
「ヴィンスの魔力補充って、前にしてもらった時……あ、未来でして貰った時なんだけどね? その時は色々とあって気付かなかったんだけど、今日は、とっても気持ちいいんだぁ」
「ふふふ、そうですか。もしかすると、私と相性がいいのかもしれませんね」
「相性?」
「えぇ、たかが魔力補充と思われるかもしれませんが、相性が悪いと、魔力補充をしている最中に嘔吐や意識の混濁などよく見られるんですよ」
「こわっ!」
「ですね。でも、私とトオルとの相性はとても良いみたいです」
 確かに、と思いながら私は体から力を抜いた。
 そのまま暫くヴィンスに凭れながら魔力補充をさせて貰っていたのだが、突然ヴィンスが私の左の手首を掴んで持ち上げた。
 何をするんだろうと思っていたら───右手が腕捲くりをされた腕の上を滑ったとおもったら、デュレインさんに隠してもらっていた紋様が浮かび上がる。
 ぎょっとして腕を引っ込めようとしても、ヴィンスに掴まれててビクともしない。
「本当に……“紋様を持つ者”なんですね」
 しみじみと呟くヴィンスに、顔を上に上げる。
 そんな私の視線に気付いたヴィンスは、すみませんと謝ると、直ぐに紋様を隠してくれた。
 それから、何かを考えるようにジーッと遠くを眺めていたと思ったら、自分に凭れていた私の両脇に手を差し込むと体を持ち上げ、クルリと回す。
 グルンっと視界が流れて変わったと思ったら、ヴィンスの顔を真正面から覗く体制に座らせられていた。
 しかも、今までお腹に回っていた腕が、私が逃げないように背中にガッチリと回っている。
 この体制、結構恥ずかしいな……と思いながらモジモジしていると、「ねぇ、トオル」と声を掛けられ顔を上げる。


「私とも、誓約しませんか?」


 にこにこと笑うその顔に、へ? と変な声しか出て来なかった。
「損はさせませんよ?」
「いや……でも、誓約ってその人を縛っちゃうし……」
「うん、そうだね。でも、私が下僕になった暁には、兄さんに封印される魔力もこそっと解除してあげます」
「……うっ」
「兄さんとリュシーナが対立した時には、私がその場を纏め上げて見せますし」
「むぅ……」
 魅力的な話にグラグラしている私の心は、次のヴィンスの言葉でガクーンっと天秤が傾いた。

「私の手に掛かれば、ここウェーゼン国だけでなく、他国の美味しいお菓子を兄さん見つからないように食べさせて上げますしね」


 その言葉に、よろしくお願い致します! と私は固くヴィンスの手を取り握り合っていた。
 あ、因みに美味しいお酒も手に入れてくれればなお嬉しいです。
「お安い御用です」
「では、一応仮の誓約というものからスタートさせて下さい」
 魅力的な内容が満載なヴィンスの腕を掴み、手首にキスをして主従関係を結んでいると。


「トオル、こんな所にいたの」


 不意に、そんな声が掛けられた。
 ヴィンスの手首から唇を離して振り向けば───。
 青銀色の髪の毛を靡かせたリュシーが、手で髪を抑えながら此方に近付いて来ていた。
「あ、リュシー」
「迎えに来たよ」
 リュシーはそう言うと、ヴィンスの腕の中にいる私を抱き上げた。
 そして、私を見てからヴィンスを見下ろし、「ヴィンス・オルクードと誓約を?」と、確信に近い確認をしてきた。
 私がそうだと頷き、美味しい酒も貰えるみたいだから、大きくなったら一緒に飲もうねと言えば、優しく微笑んでくれた。
 うん、未来での楽しみが増えましたよ。
 それからリュシーは私を抱きながらヴィンスを連れて、ディオ達3人がいる場所に歩いて行き、今日はもう遅いから、明日『白い家』に皆で集まってこれからの事を話し合おうと言うと、皆もそれに頷き、では明日『白い家』に伺うと言ってそれぞれの帰る場所へと帰って行った。
 リュシーの転移魔法で『白い家』に戻った私達は、明日の集まりの備えて直ぐに寝るようにと(主に私に向かって)言われ、家に入ってハーシェルとわかれた後、リュシー直々に部屋にまで戻された私は、大人しくベッドに入って目を瞑り、レキの寝息を聞きながら眠りについたのであった。
 

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