第7章 邂逅 28

 
 暖かな光が窓から差し込む室内で、私はテーブルの上に四角い箱を置いた。
 ポケットに入れていた鍵を鍵穴に差し込み、鍵を開ける。
 キィっと音をさせながら蓋が開くと、二層式になった箱の中身がキラキラと太陽の光に反射して綺麗だった。
 私は箱の中に入っているモノの数を確認した後、そっと蓋を閉じて鍵を閉めた。




 その日、『白い家』はかつて無い程賑やかであった。
 楽しげな笑い声が溢れる『白い家』の庭には、10人以上の人間や獣人が楽しいひと時を過ごしていた。
 綺麗な花畑が眺められる庭にテーブルと椅子が出されていて、テーブルの上には私が腕によりをかけて作った焼き菓子が数種類並べられている。
 リュシー、レイン、ロズウェルド、ジーク、ハーシェルといった私が誓約を交わした人達や、ヴィンスやディオ、それにシェイルなどが、椅子に座りながら私が作った物を談笑しながら食べたり飲んだりしていた。
 ちび共───ルルとカーリィーとエドは、狼姿になったレキとじゃれ合いながら花畑で遊んでいた。
 そんな皆を眺めながら、上座に座っていた私は自分が作った作品をモリモリ食べつつ、ディオが持って来てくれた超絶にウマイ酒を飲んで(元の姿に戻してもらいました)上機嫌であった。
 本当は、今日はハーシェルの今後の事や、王妃様達の事について話し合うために集まってもらっていたのだが、私はここにいる全員が一緒に集まる時なんて今後そうそう無いだろうからと、「未来では大変お世話になりますので、よろしくね」的な気持ちを込めて、ちょっとしたパーティーを開かせてもらっていたのだった。


「あのね、ちょっと皆に渡したいものがあるんだ」


 端正込めて作ったお菓子達があらかた片付けられたのを見てから、私は皆にそう言って声を掛けた。
 レキと遊んでいたエド達は、キャッキャと笑いながら「なになにぃ〜?」と戻って来る。
 皆が揃った所で、私は足元に隠していた四角い箱をテーブルの上に置いた。
「トール、それなに?」
 カーリィーが私の側に寄って来て、目を輝かせながらテーブルの上に置かれた箱を見詰める。
 そんなカーリィーの頭を撫でながら、「皆に、感謝の気持ちを込めたプレゼントがあるんだ」と言って、ポケットの中に入れていた鍵を取り出し鍵を開けた。
 中から1つずつ取り出してから、ちょっと緊張しながら皆に渡していく。


 リュシーには、普段は藍色だが、月の光を浴びると水色に変化する石が付いた腕輪を渡すと、本当に嬉しそうな顔をしてほにゃりと笑い、「ありがとう。一生大事にする」と言ってくれた。
 その顔に「萌えー!」と言う言葉が頭の中に浮かんだ。
 うん、クールビューティのほにゃり顔は萌えます。

 次に、レインには光の屈折で色が変わる銀色の石が付いた指輪を渡した。
 ありがとうと言いながら、右手の親指に嵌めていた。
 しかし……レイン用に作った訳じゃなかったんだけど、ちょうどいいものがあってホッとしたのは内緒である。

 ジークにはツァボライトと言う澄んだ濃いグリーン色の石が付いた裁縫用の指貫を渡した。
「……ねぇ、何でそんな物を男の俺にくれるわけ?」と言われたが、結局は何だかんだ言いながら受け取ってくれた。

 ロズウェルドには、ラピスラズリに似た石が付いたソード型ネックレスを渡す。
 女性的な外見をしていても中身が意外と漢基質なロズウェルドには、ちょっとカッコイイ系のデザインが似合っていると思って作ったのだが……うん、その顔を見ると、とってもお気に召して頂けたようで良かったであります。

 ルルには、金色とエメラルド色の小さな小石が散りばめられた髪飾りを髪の毛に付けてあげた。
 ふわふわの髪に、花をモチーフにした髪飾りはとっても似合っていた。
 ほっぺを真っ赤にさせ、「ありがとぉ」ともじもじするルルに心臓がズキュンっと撃ちぬかれる。
 うん、可愛いは正義だっ!

 カーリィーには、スピネルに似た赤い石を、刀剣用の鞘に付けれる飾り房に縫い合わせた物を渡す。
「かっけぇー!」と言いながら、周りの人達に自分が貰ったものを自慢して回っていたけど……元気だねぇ。

 エドには、オレンジサファイアの石が付いたピアス(片耳用)を渡した。
 もう少し大きくなってから付けたらいいよと言う前に、その場でブスリッと耳に刺したエドにはマジでビビりましたよ。
 若干涙目になりながらも、「大事にするから」と言ったエドにジーンとした。
 ついでに魔法で傷口も直しておきました。

 ハーシェルには、ハーシェルの持つ髪の色と同じ色合いのゴールデンベリルと言う石が付いた腕輪を渡した。
 リュシーとは違い、ちょっと豪華な見た目の腕輪であるが、見た目が王子っぽいのでとっても似合っている。

 シェイルには小ぶりの翡翠が付いたクラウン型ネックレスを渡した。
 シェイルもレインと同様、本人用にと用意していなかった為、シェイルの瞳に似たものがあってホッとしたのであった。

 ヴィンスには、小さなダイヤが無数に散りばめられた、お洒落なダブルピンバックルが付いたベルトを渡した。
 流石にその場で付けていたベルトを外す事はしなかったが、「この意匠もとっても格好良いね」と言ってくれた時は嬉しかったです。
 なにせデザインは私がしたんでね。

 ディオにはホワイトオパールに似た石が付いた小さな指輪と、コンクパールに似た石が付いた小さな指輪が2つ付いたネックレスを、それぞれディオ用とエメリナさん用にと渡す。
 今日ここに来れなかったエメリナさんに会ったらそれを渡してね、と言ったら「何で?」と首を傾げるので、将来夫婦になるからだよと教えたら面白いぐらい顔を真っ赤にしていた。
 うん、いいものが見れましたよ。


 全員にジュエリーを渡し終えた私は、私の黒騎士となってくれた6人にもう1つ───黒い宝石が付いた指輪を渡した。
 本当は、この異世界に来てからお世話になったお礼をする為に、黒騎士の皆に作ったものである。
 黒騎士だとは知らなかったレインとヴィンスの分は、余っていた黒い石があったので、余分に作っていた物を渡した。
 ふぅ。余分に作ってて良かった……。
 心の中で冷や汗を拭いていると、黒い石を渡しているのを見ていたルルとエドとカーリィーが「ずるいっ!」と騒ぎ出したので、未来で黒騎士であった彼らの分も作っていた私は、「はいはい、ちょっと待ってねー」と言いながら、それぞれの小さな手に黒い石が付いた指輪を乗せた。
 きゃっきゃと喜ぶちび共を見ていた私は知らなかったのだが、“紋様を持つ者”でもある『私』が、仮の誓約もしてもいなかったちび達に“紋様を持つ者”の守護者の色でもある『黒』を『私』本人から直接与えられていた事によって、仮の誓約をしていなくても、未来でリュシー達に黒騎士団に入る事を許してもらえたらしい。
 それから、仮の誓約だけしていたロズウェルド達が心臓の位置に誓約印を刻んでも良いと言ってくれていたのだが、私は頑として縦に首を振らなかった。
 まだ12、3歳の子供(年齢はもっと行っているけど、中身はそんくらい)なんだから、そんな場所にする事は無いと思うし。
 もし、大人になってまた私と会った時に、まだ私に仕えようと思っていてくれたなら……その時は、その場所に誓約印を刻んでもいいと思う。
 私がそう言えば、彼らは分かったと頷いてくれた。

 そんな時、私の足元でキュウ〜ンと言う悲しい鳴き声が聞こえて来た。

 ふと、足元に視線を足元に落とせば───うるうると目を潤ませたレキが、私を見上げていた。
「ご主人様ぁ……」
「ぷぷ。そんな顔しないでよ」
 私はレキを抱き上げて膝の上に乗せると、箱の中から特殊な魔法が掛けられた腕輪を取り出した。
「はい、レキにはこれね」
 膝に乗せたレキの腕に、少し太めの腕輪を嵌める。
 腕輪の中心には、水晶みたいな透き通った石の中に金色の針状の結晶が入っている小石(そう言えば、ばあちゃんが持ってたネックレスのタイチンルチルに似てるかも)が埋め込まれており、中に入っている金色の結晶はとてもレキの瞳の色に似ていたので使ったのである。
 因みに、これは零と一緒にデザインしたもので、レキとルヴィーお揃いである。
 その事をレキに伝えれば、感無量! ってな感じで腕輪を眺めていた。
 ピーンっと立てられている三角の耳と、くりくりお目々がちょー可愛い!
 私は「愛い奴め〜」と何処かの悪徳お代官みたいなセリフをはきながら、レキの頭を自分の頬でグリグリした。
 しかし、レキと戯れている最中に、


 そう言えば、デュレインさんとまだ会ってないよね。


 と、ハタと気付いた。
 あんな強烈キャラ、見過ごすはずないんだけどな……。
「トオル、どうしたの?」
 レキの頭に顎を乗せながら、うーんと唸っていると、私から受け取った腕輪と指輪を身に付けたリュシーが不思議そうな顔をして顔を覗き込んできた。
「あ、いやね? 未来でお世話になったメイドさんがいるんだけど……」
「まだ『こちら』で会っていないと?」
「うん、そうなんだよねー」
 リュシーの屋敷で働いてたよと言えば、リュシーは首を傾げながらその人物の名前を聞いてきたから、素直に答えましたよ? 「デュレインさんです」とね。
 そうしたら、何故がこの場にいる人達(ちび共以外)の動きがピタリと止まった。
 しかも、なんか空気が凍ったように感じるのは……なぜ?
 レキの頭に顎を乗せながら、レキと共に首を傾げていると───隣に座っていたレインがククッと笑った。
「ん? どしたのみんな……ってか、何、その感じの悪い笑い方は」
「いや……トオルって、絶対に騙されやすい人間だと再認識してただけ」
「はぁ……?」
 眉間に皺を寄せ、なんのことだと思っていたら……立ち上がったレインが私の背後に回って来て、椅子の背に両手を置いて上から私を見下ろす。
 レキの頭から顎を離してなんと無く上を見上げると、フッとレインが笑った。


「ねぇ、トオルに教えてない事があるんだけど……知りたい?」


 見下ろしていたレインが上体を倒し、私の耳元で囁く。
 サラサラと流れる銀髪が、私の頬を擽った。
「……な、にを?」
 こきゅっ、と喉が鳴る。
「俺の、本当の名前」
「本当の……って、レインが本当の名前じゃないって事?」
「そっ」
 簡単にそうだと言うレインに「じゃあ、本当の名前はなんて言うのさ」と聞けば、少しだけ体を起こしたレインは今まで見たこともないくらいに鮮やかに笑うと───。

「デュレイン・オルクード」


「……は?」
 ポッカーンと口を開いてだらしがない顔をした私に、それが俺の本当の名前と言うレイン。
「ん? や、えぇっと……へ?」
 言われた意味が分からず意味不明な事を呟く私に、周りから同情の眼差しを向けられていたことなど全く気付く事も無かった。
「でゅ、デュレインさんが……え? えぇっ!? レインがデュレインさん?? ───うっそだぁ!」
 まったまたぁ〜! 私を騙そうとしても、そう簡単には騙されませんよ! と言いながら周りを見れば……皆、私を憐れむ様な目で見ていた。
 真向かいに座っていたシェイルに目を向けると、デュレインで間違いなし、と頷かれてしまった。
「………………」
 シェイルが嘘を言う必要などないので、「デュレインさん=レイン」と言う事はどうやらホントの事みたいであるが……。
 ギギギギッと古ぼけた機械の様に顔を上に向けると、にっこりと笑うレイン───改め、デュレインの顔が。
 そう言われると……よくよく見れば、目元の下にある泣き黒子とか、不敵に笑う時の口角の上がり具合とか……デュレインさんの面影が結構あるような……?


 今まで、デュレインさんが女だと思っていたからこそ話せた女子トークやら何やらが、一気に頭の中で再生される。


 ぎゃーっ!? もしかしなくても、恥ずかしい乙女のアレコレを、コイツ(男)にペラペラ喋ってたってことかー!
 24年生きてきた中で、恥で死ねる! とこの時初めて思った。
 しかも、よくよく考えてみれば、レインなんて『デュレイン』の『デュ』を抜かしただけの名前じゃんっ!
 魂が半分以上口の中から抜け出ている私に、椅子の背から手を離したデュレイン(さん付けではもう呼ばんっ!)が、私の頬をそっと両手で包み込む。
 飛び出していた魂が、何やら不穏な空気を察してサッと口の中に戻るも───それよりも早く、デュレインが動いていた。


 唇に、デュレインの柔らかな唇が重なった。


 あ、と誰かの声が聴こえるも、誰もその場を動くことが出来無かった。
 静まり返るその場所に、ちゅっと言う音がやけに大きく響いた。
 下唇を甘く噛まれ、音を立てながら離れていく唇を眺めながら、慌てて立ち上がる。
 そんな私を見上げたデュレインは、赤くなった私の頬を一撫でして「これからも色々とよろしく、ご主人様」と囁いてから自分の席に座った。
 それを私の腕の中から固まって見ていたレキがキレた。
「貴様っ! よくもご主人様を穢したなっ!!」
 何か言ってやろうと口を開きかけるも、レキによって出鼻をくじかれる。
 レキはひと通りきゃんきゃんと吠えると、私の腕の中でくるりと方向転換し、そのぷにぷにとした肉球で私の唇を拭った。
「ご主人様っ、ちゃんと拭かないと汚れが取れませんよ!」
 と言っているが……レキさんや、君、その足で先程まで地面を自由に駆けずり回っていましたよね? その肉球の方が汚いような……とは流石に言えませんでしたがね。
 ぐにぐにと唇を拭われながら、立った時に倒した椅子を起こそうと後ろに下がったら───。


 突然、私の足元に金色に光り輝く魔方陣が出現した。


「うわぁっ!?」
「トオル!」
「なっ!? トオル!」
 あまりの眩しさに片手で顔を塞いでいる私の元に、リュシーとデュレインが私を助けだそうと手を伸ばすも、バチッと言う音と共にその手は弾かれていた。
 少し目が慣れてきた私が腕を下ろすと、魔方陣に弾かれ、真っ赤に爛れた掌をおさえる2人が目に入った。
 そして、他の皆も顔を強張らせながら私をどうにか助けようと魔方陣の周りに集まってきていた。
「ご主人様……この魔方陣って」
「うん、私の周りだけっていうめっちゃ小規模展開の魔方陣だけど、図書館で発動しちゃった魔方陣と全く同じのだよね」
 私の腕の中から降りて魔方陣の上に着地したレキに、私は頷いた。
 そう、この魔方陣は、ここ(過去)に来る原因となった魔方陣と同じモノであったのだ。
 若干違う所もあるけれど、これが未来へと帰る魔方陣だと私とレキは感じていた。
「皆、心配しないで。これ、多分だけど元の時代に帰る魔方陣だと思うから」
 にへらっと魔方陣の中から笑って言うと、近くに駆け寄って来たカーリィーとエドが半ベソで「帰らないでっ!」と言ってくれた。
「もっと遊んでくれるって約束したじゃん!」
「……うん」
「今日の晩ご飯、く、くりーむしちゅーを作ってくれるとも言った!」
「うん……そうだね」
「明日はみんなでお弁当を作って、ぴくにっくに行こうって言ったのにぃ」
「……ごめんね」
「それに、俺達もみんなのように黒騎士になりたい!」
「あー、それは今は無理。だってここから出れないんだもん。ごめんごめん」
「ひどいっ!」
「そっから出てきてよぉ〜」
 ずびずびと鼻を啜りながら抗議するちび共に、私は笑い掛けた。
「未来でもそう思ってくれているなら、是非ともよろしくお願い致します」
 私がそういった瞬間、魔方陣が更に光り輝き───先に、レキが光の粒子になって魔方陣の中に吸い込まれるようにして消えて行った。
 そして、私も足元から徐々に光の粒子に変わっていく。
 それを見た皆が、突然の別れに動揺を隠せないでいた。


「んじゃ、またねっ!」


『ばいばい』でも『さよなら』でもなく、『またね』と言いながら片手を上げた瞬間、光に視界が完全に閉ざされた。
 もう過去のリュシー達に会えないんだと思うと寂しく感じたが、これから直ぐに大人へと成長した彼らに会える。
 皆が言っていた───待っていた『あの人』とは私の事だった。
 その事に嬉しくもあり、恥ずかしくもある気持ちになりながら、徐々に光が収束していくのが目を閉じていても分かった。
 フワリと風に靡いた前髪が元の位置に落ちるのと同時に、瞼をゆっくりと上げると───。


「………………どこだよ、ここ」


 元いた図書館や、『白い家』やリュシー達の元でもなく……何故か私は緑溢れる森の中に1人ぽつんと立っていた。
 なんか……この世界に来た当初の事を思い出すんですが。
 何でこんな所にいるんだと首を傾げていると。
「透ちゃんっ!」


 呼ばれて後ろを振り向けば、何故か髪をぐしゃぐしゃにしている零が、顔を輝かせながら私に飛びついて来たのであった。
 

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