第8章 探し人 01

 
 森の中を1人で走る女性がいた。
 腕捲くりをして剥き出しになっている素肌は走っている間に葉で切れたのか、切り傷が出来て血が所々滲み出ていた。
 しかし、必死に走る女性はそんな事も気にすることなく、切れ切れになる息を弾ませながら走り続ける。


「くぅっそぉ〜! まち、な、かを、走ってて……何で、森のな、かを、走ってるん……だぁーっ!!!」


 そう。この女性、つい数十分前まで王都のとある街中を連れと共に歩いていたはずなのに、ちょっと脇見して歩いていたら離れてしまったのだ。しかも柄の悪い連中に目を付けられて追われて逃げているうちに、何故かこんな森の中にまで迷い込んでいるという摩訶不思議な現象に走りながら泣きそうになっていた。
 んが、泣いている場合ではない。
 そこかしこで、「あっちに行ったぞ!」とか「囲んで追い込め」とか不穏な言葉が聞こえてくる。
「……なんっでぇ、わた、し……追われてるのぉ!?」
 痛む脇腹や、ぜぇぜぇと鳴る喉と肺の痛みが酷くなるが、捕まった後の事を考えると足を止めることが出来無かった。
 しかし、敵の数は思っていたよりも多かったらしく、徐々に周りを囲まれてゆく。
 そして、ついに木の影から薄汚い中年の男が出て来て、女性を捕まえようと手を伸ばす。
 目を見開く女性を見た男は、気色の悪い笑い方をした。
 意外と逃げ足は早かったが、細い手足を見れば男の───自分の力で充分押さえ込めると思ったらしい。
 しかし……。


「捕まえ───」
「邪魔だぁっ!」
「へぶぅっ!?」


 走っていた女性はそのまま止まること無く地面を蹴り上げると、空中で体を捻り、後ろ回し蹴りで目の前にいた男を地面に沈めた。
 歯が数本口から飛んでいったように見えたけど、見ないふりをしながら綺麗に着地してそのまま走り出す。
 止まったら最後、もう走れないと言うのが分かっていたからだ。
 そのまま女性は森の中を走り続けながら、襲いかかって来る男共をバッタバタと沈めてゆく。
「……はぁーっ。はぁ、はぁっ、も……っ、まいた、か、なぁ?」
 大きな木の影に回りこむと、その木に背中を預け、肩で息をしながら痛む脇腹を押さえていた女性は辺りを慎重に見回す。
 誰もいないと安心し、フッと気を抜いた瞬間。
「───っ!?」
 背を預けていた木の上からガサガサと音がしたと思ったら、大きな男が目の前に飛び降りてきたのだ。
 余りにも驚いて声が出ない女性を見て、赤いバンダナを額に巻いた男は、にぃっと笑った。
「捕獲完了」
 そんな言葉と、男の指が女性の額に触れた瞬間、女性の意識は徐々に暗闇に落ちてゆく。
 目が閉じる瞬間、揺れる赤いバンダナを見ながら、女性は自分を探しているだろう連れを思い浮かべる。


 あぁ……後でめっちゃ泣きながら……せっきょ…………され……る……。


 そんな事を考えた所で、女性の意識は闇に包まれたのであった。
 

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