第8章 探し人 03

 
「ど、どうしたんですかぁ!? トール君、レイ君!」


 面の悪い人間がごまんといるギルドであるが、猫や犬が可愛らしくデフォルメされたぬいぐるみ達が溢れかえるギルド最高権力者の部屋───緑色のおさげ頭&丸眼鏡がとてもキュートなチィッティちゃんの執務室に入った瞬間、大きな目を更に大きくしたチィッティちゃんが私達を見て驚いていた。
「はっ!? もしや、まだ体調が良くないんじゃないんですかぁ?」
 何か書類にサインをしていたチィッティちゃんは、持っていた羽ペンを机の上に置くと心配そうな顔して私達に中に入るように勧めてくれた。
 私達が「失礼しまーす」と声を掛けてから中に入ると、チィッティちゃんは「やはり、もう少しお家で静養した方がいいのではないでしょうかぁ?」との言葉に顔を見合わせて苦笑する。


 そんなことしたら、黒騎士達の異常な過保護さ加減に……精神的ストレスで更に体調不良になります。


 私と零は、そう心の中で呟いていた。
 尚も私達の身体の心配をする彼女に苦笑しながらも、私達は部屋の中に入って、大量の書類が積み上げられて埋まりそうになっているチィッティちゃんの前に立ち並んだ。
「今日は俺と零の2人だけで、ここに来る様に言われたから来たんだけど……」
「僕達だけでお仕事してもいいの?」
 そう、私達はロズウェルドやミシェル───パートナーと共に行動しなければお仕事は貰えない事になっていた。
 それなのに、私と零の2人だけで呼ばれた事に首を傾げていると、チィッティちゃんは机の上に大量に積まれた書類の真ん中から、1枚の書類をシュバッ! と器用に抜き取ると、私達にそれを見るように渡してきた。
「これが今回の依頼なんですがぁ、ちょっと中をご確認下さい」
 B5くらいの大きさの依頼書を受け取ると、「なになに? 何が書いてるの?」と横に立っている零が顔を寄せてきたので、そのまま依頼書を零に渡す。

 や……まだ文章を滑らかに読める自信がないもんでね。

 と、言うことで。私から手渡された依頼書を受け取った零は、そのまま声を出して読んでくれた。
「えーっと。『街で若い女性や小さな子供(魔力が比較的高い者達)の誘拐が多発。組織的犯罪の可能性が高いが、未だ犯人の人数や目的等分かってはおらず。囮の人間が変化魔法によって姿形を変えても何故か見破られる為、この依頼を請負う人物を今回からは此方から指定する』」
 随分上から目線な言い方をするなーと思いながら聞いていると、零は人差し指をピッと立てて続きを読む。
「『第1に、魔力が高い事。第2に、背が低くて華奢な事。第3に、女性又は常日頃から子供と間違われる大人』……ってなんじゃこりゃー!」
 人差し指からを薬指まで立てながら次々と条件を読み続けていた零が、読み上げるやいなや、ムカつくぅー! と叫びながら依頼書を机の上に叩きつけた。
 その振動でグラリと傾きかける山積みとなった書類に、私とチィッティちゃんは慌てて両手で抑えて事なきを得た。
 2人してフゥーッと溜息が出る。
 零は『常日頃から子供と間違われる大人』と言う言葉に反応していたのだが、チィッティちゃんは『背が低い』という言葉に怒っていると勘違いして、やっぱり男の子には背が低いと言う言葉は禁句なんですねぇ〜と呟いていた。
 そして、「まぁまぁ、落ち着いてください」と苦笑しながら補足する。
「この依頼は、かなり前から我がギルドに持ち掛けられていたんですがぁ〜……そのぉ〜、ほら! ここにいるギルドの隊員達ってぇ、無駄にデカくて筋骨隆々の脳筋族でしょ? その依頼人が言う特徴に該当する人ってぇ、女装したロズウェルドさん又はミシェルさんなんですけどぉー」
「無駄とか脳筋族って……可愛い顔して言う事は意外と辛辣ですな。───ま、ロズウェルドならにっこり笑いながらこの紙を破いてそうだな」
「ミシェルは“普通の女性”に分類していいかわかんないよね」
「そうなんですよぉ〜! この依頼は今まで誰も出来なかったんですがぁ、今まさにっ!!」
 チィッティちゃんはおもむろに立ち上がると、「この依頼に適任なトール君達がいるじゃないっ! と気付いたのが昨日だったのですぅ」と、やや興奮状態にあるのか、鼻の穴をヒクヒクと膨らませながら叫んでいた。
 どうやら、この依頼を成功させると莫大な報酬がギルドにも入るらしく、意外に守銭奴根性があるチィッティちゃんは、「小さな子は階級の高い人と一緒に仕事をしなければならないのですぅー」と言う言葉をさっさと取り消し、「2人共、もう沢山の依頼をこなしていますしぃ、あの2人がいなくても大丈夫でしょう!」と1人でウンウンと頷いき、私達だけでやってみてくれと言った。


 と、言うことで。


 ロズウェルドとミシェルを抜かした私と零の2人だけで、この依頼を受ける事になったのである。




 廊下でお行儀良くお座りしながら私達を待っていたレキとルヴィーを伴い、混雑するギルドから出た私達は、歩きながらもう一度依頼書の中身に目を通す。
「しぃっかし、何度見てもムカツク依頼条件だけど……透ちゃん、どうする?」
「ん? どうするって……何が?」
「ほら、今の透ちゃんの姿って『男』でしょ? でも、『子供』とは言えない大きさがあるから……」
「や……待ってよ。わた───じゃなくて、俺に小さくなれと?」
「うん」
「……はぁー……しょうが無いか」
 肩を竦めた私は一度立ち止まり、零と同じ身長になるように自身に魔法を掛ける。
 まぁ、自分に掛けると言っても、目を閉じて自分が小学生だった頃のイメージをするだけなのだが。
「むぎゃー! ちっこい透ちゃんもいいけど、このくらいの透ちゃんもすっごくいい!!」
「そりゃどーも」
 目を開けて、零と視線が同じになっていたので一発で成功したと思ったら、自分と同じ身長になった私に目を輝かせた零が抱きついて来た。
 零と同じ目線だなんて、本当に久しぶり過ぎて変な感じがする。
「さてと……そんじゃ、誘拐が1番多発する区域にでも行ってみようか」
「そだね」
 零と2人で手を繋ぎながら歩いていて、そうそうと思いながらルヴィーに声を掛ける。
「そうそう、ルヴィー」
「はい、トオル様」
「悪いんだけど、ルヴィーもレキと同じ小ささになって貰ってもいいかな?」
「レキと同じ……ですか?」
 キョトンとした顔で首を傾げるルヴィーの可愛らしさに、くぅぅっ! と悶えそうになりながらも、首を縦に振る。
「そっ。だって、ルヴィーの様な立派な狼が俺達の近くにいたら、誘拐犯も警戒して襲って来ないかもしれないっしょ?」
「なるほど。……分かりました」
 ルヴィーは私の言葉に頷くと、直ぐにレキと同じ大きさに変化し、パタパタと小さな尻尾を振りながら近付いて来た。
「これでいかがですか? トオル様」
「うん、いいね!」



 こうして、零以外はちいさくなった『ちびちびーず』な私達は、やる気満々で歩き出したのであった。
 

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