第8章 探し人 04

 
 依頼書に付随されていた資料に書かれていた『誘拐が1番多く起こる現場』へは、歩いて30分程であったので、私達はそのまま現場付近まで歩いて行く事にした。
 街を歩けば、今の私達くらいの子供達がそこら辺を駆け回って遊んでいる姿をよく見かける。
 こんな小さな子供達が親から引き離されるなんて……。
 私は子供達を見ながら、心の中で誓いを立てる。
 自分たちがこの誘拐犯の組織を壊滅させるなんて、そんな大それた事は言わない。
 だけど、その組織の場所が特定出来るだけでも犯罪率を下げる事が出来るはずだ。
 自分が出来る範囲で最善を尽くそう。
 と、いつになくキリッとした表情で歩いていれば。


「ミーヤ!」
「───ぐぇっ!?」


 急に後ろから服の襟を掴まれて引っ張られ、服が喉を圧迫して呼吸困難に陥りそうになった。
 何事!? と思う間もなく、零が私の服の襟を掴んでいる腕に即座に手刀を叩き込んでくれた事によって手が服から離れ、呼吸がだいぶ楽になった。
 零はすかさず回し蹴りをするも、それに反応した人物は素早く2、3歩離れる。
 服から手が離された反動で後ろにたたらを踏んだ私を、零が支えてくれて何とか踏み止まれることが出来たが、早くも誘拐犯の登場か!? と焦って後ろを振り向き、ん? と首を傾 げる。
 私を支えてくれる零と、私達を護るように唸り声を上げて威嚇(子狼状態だから、ちっとも怖くない)するレキとルヴィーに睨まれているその人物が、何故か私が振り向いた瞬間ガックリと膝を地面に付けて項垂れていたからだ。

「……違った」

 ボソリと項垂れる人物から呟かれた言葉に、誰かと間違われたのだと気付く。
 そう言えば、襟首を引っ張られる前に「ミーヤ!」とか叫んでたもんな。
 私と同じような考えに至った1人と2匹も警戒を徐々に解き始める。
 喉を摩っていると、トコトコと歩いて来たレキが心配そうに私の脚に頭を擦り付けて来たので、そのままレキを抱き上げてグリグリと頭を撫でてやりながら目の前で項垂れている人物に目を向ける。
 フードを深く被っている姿は怪しさ満点である。
 しかし、ガックリと項垂れた拍子に、スルリと頭から頭を覆っていたフードがズレ落ちた。
 そこから見た感じ、歳は20代中頃で、立てば結構身長がありそうな細身なお兄さんだった。
 襟足が肩に付かない位の灰色の髪に、前髪の右側に黒色のメッシュが入っている。
 はぁーっと長い溜息を吐きながら立ち上がったお兄さんは───やはりと言うべきか、イケメンさんであった。
 が、その髪と同色の眉毛が漢字の八の字になっていた。


 あー……なんか、そんな眉毛をしてるとヘタレっぽく見えんな。


 頼りなさそうなイケメンだな、とそんな失礼な事を頭の中で考えていたら、お兄さんが深々と頭を下げた。
「申し訳ない。俺のつ……つっ、連れと同じ様な髪色をしていたから、つい、手が伸びてしまって」
「はぁ……」
 なにゆえどもってしまったのか分からないが、どうやらこのお兄さんの知り合いの人に私は似ていたらしい。
「お兄さんが探している人は、俺と同じ位の男の子なの?」
「や、連れは大人だから、髪色以外は全然違うんだけど……その、“匂い”が似てて」
「「匂いっ!?」」
 お兄さんの「匂い」発言に、私と零はドン引きしそうになった。
 すすす、と後ろに下がれば、「や、匂いって言うか、雰囲気? ……そ、そう! 君と一緒にいるそこの君も雰囲気が似ているんだよ」と私と零を見ながら慌てて言い繕っている姿がなお怪しい。
 そんな私達の心境に気付いて無いのかなんなのか、お兄さんはその人の特徴を話し出す。
「左腕に俺の髪と同じ、黒と灰色の色が混ざった宝石が付いた腕輪をしていて、ここでは珍しい黒髪の女性なんだけど……君達、見掛けなかったかな?」
「や、見てない。零は?」
「んー。僕も見てないなぁ。黒髪ってここら辺では少ないから、いたら直ぐ目に付くと思うし」
「そう、か」
 がくーっと効果音が聞こえて来そうなほど目の前で落ち込んだお兄さんは、私にもう一度「ごめんな」と謝ってその場を立ち去った。
 遠ざかるお兄さんの背中を眺めていると、腕の中に抱いていたレキが耳をピクピクさせながら「あの人……オレ達と同じ獣人ですね」と呟いた。
「え? 獣人なの? あの人が??」
「はい。種族までは分かりませんでしたが、同じ階級なのは抑えていても漏れだす魔力から分かります。ルヴィーも感じたろ?」
「えぇ。瞳の色は私達と同じように変えておりましたが、あの魔力は我らと同等───又は、少し上かもしれませんね」
 レキとルヴィーよりも強いと聞いて驚いていると、「オレ達よりもかなり年上だから、そこはしょーがないんです!」と怒ったような声でそう言っているのに笑えた。
 長い年月を生きる獣人であるが、人の姿に変わった姿の外見年齢が大体のその獣人の年齢らしい。
 あのお兄さんは外見年齢が20代中頃で、レキ達が10代前半である。
 同じ『ヴァンデルッタ』でも、長く生きていた方が若干強いみたいだ。
 ───そんな頼りなさそうなイケメンお兄さんとの出会いであったのだが……。


 このお兄さんの話をもっと詳しく聞いていれば良かったと、後々後悔する事になるのであった。





 犯行現場が書かれた資料を眺めながら、誘拐が1番多く多発している場所(意外にも貴族街だった)を目指す前に、私達はそれぞれの黒騎士達から施されている魔力を抑える封環の力を若干緩める事にした。
 普通であれば、封環を施した人間でなければ出来ないらしいが、私達の方が魔力が桁外れに大きいので緩めてもらわなくても自力で緩める───又は、外すことが出来るらしい。
 やり方なんて分からないので、頭の中で水道の蛇口のハンドルを捻るイメージをしてみた。


 ゆっくりとハンドルを回し───蛇口からお水がポタポタと流れていた速度が、少しだけ速くなる。


「ご主人様、それくらいでいいかと思います」
 ポタ……ポタ……から、タッタッタッタッタッと水滴が少しだけ早く落ちるイメージをしていたら、腕の中にいるレキがストップを掛けてくれた。
 私は回していたハンドルから手を放す所までイメージしてから、ゆっくりと目を開ける。
「いまいち良く分からんけど……ちゃんと出来てた?」
「はい、初めてなのにお上手です。今のご主人様の魔力は、一般庶民の平均魔力量よりちょっと上くらいの量です」
 レキの言葉に、ふーんと頷いていれば、隣にいた零も出来たみたいだ。
「準備はオッケーだよ、透ちゃん!」
「よっし……これで依頼条件はクリアした事ですし、早速お仕事を初めますか!」
「うふふ〜、ミシェル達がいないお仕事なんて初めてだよねっ! ワクワクするなぁ〜」
「ま、皆に無断でこの仕事を受けちゃったんだから、無理は禁物ってことで」
「そだね……何かあった時、あの人達に延々と説教されたくないし」
 私と零はウンウンと頷き合いながら、無理は禁物と固く決意し合った。
「それはそうと……ルヴィーとレキ」
「何でしょうか、ご主人様?」
 零がルヴィーと、私の腕の中のレキに声を掛ける。
 ちっちゃな子狼が2匹、クリクリのお目々を零に向けると、零が厳かな声で「あんた達と私達、別行動ね」と言った。
「ご主人様!?」
「やです! 危険な仕事になりそうなのに、ご主人様から離れるなんて、以ての外です!」
 速攻で拒否る2匹に、零はフンッと鼻息をついて一言。

「ご主人様命令」

 と、腕を組んで上から目線でそう言う零に、ルヴィーの尻尾と耳は可哀想なくらい垂れていた。
 私も、レキを腕から下ろし、ポンポンと頭を撫でながら「ごめん、そういう事だから」と言って、零と同じ気持ちであるとレキに教えた。
「大丈夫、絶対に危険な事はしないから」
「それに、皆で一緒に動くより、二手に別れた方が誘拐犯と出会う確率が上がるっしょ」
「………………」
「でも……」
「大丈夫だってぇ! 初っ端から犯人と出会うはずなんか無いじゃん」
「そうそう。それだったら、他の人達がとっくに捕まえてるだろうしね」
 私達の言葉に2匹は深い溜息をついてから、子狼から人間の子供の姿に変わる。
「分かりました。ご主人様達に従います」
「ですが、絶対に無理はしないで下さい。何かありましたら、我々を直ぐにお呼び下さいね」
 今の私達より少しだけ大きなレキとルヴィーが、真剣な顔でそう言ったので、同じく真剣な顔で「分かった」と返事をした。
 本当に渋々と言った感じで私達と別れる事になったレキ達であるが、「では、オレ達が1番犯行が多発している場所へ行きます」と述べて、そこだけは譲れないと言われた。
 まぁ、そこは素直に従いましょう。
「それでは……絶対に無理はしないでくださいねっ!」
「はいはい、分かったよぉー」
 こうしてレキ達と別れた私達は、別の現場へと向かう事にした……のだが。
 歩いている途中でレキ達がいない事をいい事に、直ぐ近くに大きな木々が鬱蒼と生い茂る森が広がる、市民街の外れにある通用門付近へと足を運ぶ。

 それは、、2番目に誘拐が多発している現場でもあった。

「おーおー、何ともまぁ……犯罪の匂いがプンプンしそうな場所ですなぁ」
 ここには初めて来るが、零が腕を組みながらそんな事を言うのも頷けるほどの陰気くさい所であった。
 市民街の中央地から少ししか離れていないのに、柄の悪い人間がゴロゴロいるし、薄暗い小路を見れば、襤褸(ぼろ)を着たおっさん達が酒を片手に持って地面に座っている姿が見られる。
 確かに子供もいることはいるのだが、ふと見れば、人間姿のレキと同じ位の子供が、通用門から入って来た商人風の人達にぶつかる振りをしてその懐に手を入れたと思ったら、鮮やかな手捌きでお財布を抜き取り駆け去って行くのを目の当たりにした。


 なんて言うか、私達みたいな小さな子供がフラフラ歩いているのは危ないかもしれない。


 離れ離れにならないように手をしっかりと繋ぎ合い、緊張しながら歩き出す。
「なんか、今の俺達がここに2人で来るにはちょっと……やばかったかな」
「そだね。1番犯罪率が高い場所が貴族街ってのがちょっと驚きだったけど、ここ以外にも犯行場所はまだあるから、そっちに行こうよ」
「うん」
 先程危険はなるべく回避するべしと決めたので、街の中心地へと方向転換しようとしたのだが……。


「こんな場所に中級程度の魔力反応が出たって言うから来てみりゃ……なかなかどうして。封環をじゃらじゃら付けた、特級以上の魔力の質を持つガキを2人も見付けるなんて、俺ってちょーツイてる?」


 背後から、何処かで聞いたことが有る様な声が聞こえて来た。
 しかし、それよりも何よりも……耳に入ってきた内容に驚いて振り向けば。
「───んげ!?」



 少し前にも出会ったことがある、額を赤いバンダナで覆った男が立っていた。
 

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