彼は女性だけではなく、その明るく気さくな性格で男性にも人気があった。


 仕事中は別として、朝の朝礼前や休憩時間などは女性陣が彼の周りを陣取っており、帰りは帰りで、男性陣が彼を飲みに誘ったりして、1人でいる事はまず無い。
 どんよりとしながらパソコンを叩いていると、あっちゃんが「ねぇ、琴海」と声を掛けて来た。
 何? と顔を横に向けると、あっちゃんが今度は真面目な顔をして私を見ていた。
「私は、琴海が誰と付き合おうと反対はしないよ」
「うん」
「ただ、彼がこの会社の中でかなり人気が高いという事を忘れないでね」


 ――女の嫉妬は、怖いよ?


「……嫉妬」
「そう。自分より劣っている人間が、彼と付き合っているなんて知ったら……かなり陰険な方法で虐められるかもよ?」
「………………………」


 自分より劣る人間……って、もしかし無くても私の事?


 何気に酷い事を言われたような気がしないでもないが、私はあっちゃんが言った事をよく考えてみる。
 人とお付き合いをした事が無い私は、今までそういった嫌がらせを受けた事が無い。
 よく読む少女漫画や小説などでは――。


『学生編』
 下駄箱に入れていた靴に画鋲が大量に入れてあったり、靴自体が無くなっていたりする。
 ロッカーの中に入れていたジャージが、ボロボロになっていたり、机の上に「死ね。ブス!」と落書されていたのもあった。
 そして、机の中に入っていた手紙を開こうとしたら、中にカッターの刃が仕込んであって、指を切って流血。


『OL編』
 いきなりお茶組み係りに回されていたり、仕事のミスをなすり付けられて上司に怒られる。
 狭い給湯室の中で、秘書系の綺麗な人達に囲まれながら「どんな手を使って彼を誑かしたのよ、この淫乱!」などど罵倒され、終いの果てには女性の皆さんから総スカンを食らう。

 
 まだまだ沢山あるが、もややんと頭の中で再現されたモノに、顔面蒼白になる。
「怖っ!」
「そうよ、女の嫉妬は怖いのよ」
 それでも、告白するの?  と聞かれた私は、うーん……と考えるも、「うん、告白してみる」と言った。
「だって、告白したからといって、彼と付き合える訳でもないんだし」
 気持ちだけ伝えられたらいいの、と言うと、あっちゃんは肩を竦めた。
「まぁ、琴海がそれでいいと言うなら、反対しないよ」
 頑張んなさいと言ってくれるあっちゃんに、私はうんと頷く。
 あっちゃんはそんな私を見て、ふふふと笑ってから、もう1度クロフォードさんに視線を向けた。
 途端に、今までの真剣な表情がガラリと崩れ、むふふ……と笑う。


「でもさぁ〜、アレクみたいに日頃は温厚なタイプに限って、本当はドSかもしれないわよねぇ」


「……ドS?」
「そっ。サディストって意味よ」
「えぇ〜?」
 また貴女は急に、何を言うんですか。
「あら、おかしい事じゃないわよ? 男の60%以上はSだって聞いた事があるし、それに、「アレクにだったら苛められたいっ!」って言う女性は多いわよ?」
「どうしてそう言えるの?」
「更衣室でそう言っているのを聞いたし」
 今は『俺様男』が人気なのよ? と言われ、私は「ふぅーん」と言う事しか出来なかった。
 確かにそういった小説や漫画があるのを、見た事がある。
 そういったモノを読んでいると、世の中の男は全員『S』なんじゃないのだろうかと思えてくる。
 嬉々として『俺様男』を語るあっちゃんに適当に相槌を打っていると――。

「それに、耳元であんな美声で囁かれたら……堪んないわよね」

 あっちゃんの言葉に、私は溜息をつく。
 彼があっちゃんが言うような『S』な性格なら、もしも付き合えたとしても長くは続かないかもしれない。
 だって、私は皆が言うように、好きになった人に酷い事を言われて、嬉しいと思えないし。
 まぁ、苛めは苛めでも、愛情がある苛めなのだろうが……私は好きになった人には優しい言葉を掛けて貰いたいし、優しく接して欲しい。
 普通は、そう思うものじゃないのだろうか?
 しかし、あっちゃんが言うには、「長く付き合っていれば、優しさだけじゃ足りなくなる」のだそうだ。
 新しい刺激を求めるものらしい。

 そういうものなのかな?

 と思っていると、「京野、ちょっと……」と声を掛けられた。
 顔を上げて呼ばれた方向へ顔を向けると、部長が手を振って私を呼んでいた。
「はい、今行きます! ――ごめん、あっちゃん。ちょっと行って来るね」
「はいよ」
 私はあっちゃんにそう言うと、今までパソコンに打っていた内容を上書きしてから、部長の元へ歩いて行った。


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