高校編・女子空手部員の皆様 7

 
 女子空手部には、2人の副主将がいる。
 1人は、天使のような顔をした悪魔な瑞輝零さん。
 そして、もう1人の副主将が――。


 宮瀬陽子さん。


 宮瀬さんは、感情に左右されずに常に落ち着いていて、明るくて、優しくて――化け物級な……ゴホゴホ。
 ちょっと以上に我が強い空手部の皆さんを、影で掌握している人である。
 そんな副主将を、僕は、空手部の中で唯一まともな人――として認識していた。(← 過去形)
 そう、あの時までは……。



 とある日の放課後――。

 宮瀬副主将と鈴木さんと清原さんと僕の4人で、風紀委員として外回りをしていた。
 この頃になると、風紀委員の腕章を付けた僕達(主に女子部員のみ)を見れば、サササササ〜っと人が避て行くようになっていた。
 リアルモーゼ? と思ってしまう時もたまにあるぐらいだ。
 そんな僕達が外回りをする時、普段は校庭付近をぐるりと回る。
 すると、弱い者苛め(カツアゲ)やタバコを吸っている人達に遭遇して、その人達に注意(その殆どが飛び掛って来て、敢え無く返り討ちに合う)をしながら歩き回っているのだが……今回はその様な事が全く無かった。
 珍しいと思いながら、ふと時計を見れば、部活が始まる時間までかなりの余裕がある。
 僕がその事を言えば、宮瀬副主将が「それじゃあ、ちょっと寄りたい所があるんだけど」と言った。
 どこかと聞けば、裏庭の隅にある『うさちゃんハウス』との事。
 学校が飼育しているうさぎ達がここから直ぐ近くにいるので、様子を見に行きたいらしい。
 僕達はそれに異論は無かったので、首を縦に振り、うきうき気分で『うさちゃんハウス』へと向かう宮瀬副主将の後を歩いて行った。

「何だあれ?」

 うさぎ小屋――通称『うさちゃんハウス』がもう目の前に見えてきた頃、僕の横を歩いていた清原さんが目を細めてそう呟いた。
 清原さんが見ている方へと自分も目を向けて、ぎょっと驚く。
 何故なら、


『うさちゃんハウス』の中で、2人の男子生徒が箒(ほうき)を振り回しながらうさぎ達を虐めていたからだ。


 なんて酷い事を!
 動物虐待をする彼らを見て、怒りが湧いてくる。
 何が楽しくて、そんな事をするのか――と思った時。
 前を歩いていた宮瀬副主将が、『うさちゃんハウス』へとダッシュした。
 皆で慌てて追い掛けるも、副主将との距離はぐんぐん開く。
 そして、目にも留まらぬ速さで『うさちゃんハウス』へと辿り着いた副主将は、入り口の取っ手を掴むと素早く入り込み――。


 箒を振り回していた男子生徒の股間を思いっ切り蹴りつけていた。


 不意打ち攻撃を食らった男子生徒は、一瞬にして地面に倒れ伏し……もう1人の男子生徒も、鳩尾に肘鉄を食らってあえなく撃沈。
「痛そう……」
 股間を押さえ、額に脂汗を流して苦しんでいる男子生徒に、同じ男として同情の目を向けながらそんな事を言えば、鈴木さんが「アイツら……死ぬな」と呟く。
 話を聞けば、副主将は大の動物好きで、その動物達が虐められているのを見れば……普段の温厚さが鳴りを潜め、めちゃくちゃ怒り狂うらしい。
 そして、今が正にその状態なんだとか。
 漸く僕達がうさぎ小屋に辿り着けば、地面に倒れてピクピクと悶絶している男達の襟首をぐわしっと掴んだ副主将が小屋から出て来た。
 しかも、彼らをズルズルと引き摺りながら。
 そして、額に青筋を立てた副主将は、彼らを地面へと投げ捨てる。


 大の男(しかも2人)を片手で引き摺って来る副主将の握力は、どれ程のものかと驚く。


 怖い……怖過ぎる!!
「あっちゃー。あの2人、よりにもよって陽子がいる時に見つかるなんて、ついてないわね」
「ホントにね」
「キレた陽子は、透じゃないと抑えれない――って、何してんの?」
 男子生徒に笑顔(でも目は笑っていない)で関節技をキメている副主将を見詰めていた鈴木さんが、ふと、僕を見て首を傾げる。
 内股になり、股間を押さえる様にして手を置く僕は、はたから見れば可笑しいかも知れないが……無意識にしてしまった事なので、そこは軽く無視して欲しい。
「あ、いえ、何でもないです。――ところで、副主将を止めた方がいいのでは?」
「あぁ、あれ? ムリムリ」
「普段何事に関しても寛容な陽子だけど、一度キレたら手が付けられないんだよ」
「まぁ、そのキレる内容も動物関係だけなんだけどね」
「だけど、そろそろ止めないとヤバイくね?」
 清原さんはポケットからストラップがジャラジャラと大量に付いた携帯を取り出し、「あ、透〜? ちょっと陽子が暴走したから止に来て」と軽く話していた。


 5分後――。

 走って駆けつけた来た主将に取り押さえられた副主将。
 今日初めて知ったのだが、副主将は関節技のスペシャリストでもあるみたいだ。
「ちょっと! 私、まだヤリ足りないんだけど! ってゆーか、一発殴らせろ!!」
「落ち着け! それ以上やったら停学になるから」
「それでもいい!」
「いやいや、良くないから!」
 般若の様な……ゲフン、とても怒り心頭な顔で、うさぎ達を虐めていた人達を睨んでいる副主将。
 僕の中で宮瀬副主将は、女子空手部唯一の常識人――もとい、温厚な人だと思っていたのだが……。


 類は友を呼ぶ。


 そんな言葉が頭に浮かんだ日なのであった。

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