How old are you? 後編

 
 最近53歳になったばかりなんだ。


 えぇーっ!? と私が驚きの声を上げる前に――。
「ぶっ!?」
 零がお茶を吹いた。
 丁度お茶を飲んでいたのだろう。口を押さえている手の間から、お茶がポタポタと滴り落ちている。
「ぎゃぁー!? 何すんだよっ!」
 向かいに座っていたフィードに、吹き出した茶が思いっきり掛たのだろう。ルルから手渡された手巾で顔をごしごし拭って睨みつけていた。哀れ。
 そんな騒がしい3人組から視線を戻し、驚くタイミングを逃してしまった私はもう1度エドを見る。
「えーっと。冗談だよね?」
 エドが53歳? んなまさか! という思いでそう言うも、
「いや、ホント」
 サラリと言われてしまった。
「…………えー、えぇーっと。んじゃ、カーリィーは?」
「俺? 俺もエドと同い年だよ」
「へ、へぇ〜。フィードは?」
 顔を横に向けて、未だにゴシゴシ顔を拭いているフィードに聞いてみると、彼は数秒黙してからボソリと―
「……僕は、13歳だ」
 外見年齢と実年齢が一緒であった。
 しかし、フィードは何故か口を尖らせ、不機嫌そうだった。
「ねぇ、ルルは何歳なの?」
 零が口周りを手巾で拭きながら、ルルに聞いた。
 お人形の様に可愛いルルは、見た目通りの年齢であってほしい。
 そんな願いも込めて、テーブルの上を拭くルルに目を向ければ、


「ん? 私? 私は60歳よぉ♪」


 頬に手を当てて、んもぅ〜。恥ずかしぃ! と言う少女をマジマジと見る。
 ……ルルが、ろ、60歳?
 ポカーンと口を開けてルルを見ていた私であったが、ある事に気付いた。

「母さんより……ルルの方が年上だし」

 そう、1番上の兄を21の頃に産んだ母は、今はまだ50歳だ。自分の母親よりルルの方が年上には見えない。色んな意味で……。
 カルチャーショックを受けて黙りこむ私を見たエドは、ポリポリと頭を掻いた。
「そんなに驚くって事は、トールの世界では普通じゃないって事?」
「普通も何も、ありえません」
 さすがファンタジーな世界。
「じゃあ、この世界の成人とか平均寿命とかって高いの?」
 ちょっと気になった事を聞いてみたら、何とこの世界の成人年齢は40歳なのだと言われた。

 つーことは何か? 私と零は、この世界ではまだまだ未成年のガキだと言う事なのか?

 ガーン。と落ち込んでいると、カーリィーが「寿命は、貴族と一般人では違うんだ」と教えてくれた。
 その言葉に興味が持ち、落ち込んだ気分が幾分か上昇する。
「え? 何で貴族と一般の人では違うの?」
「ん〜、潜在的に持つ魔力の量……かな?」
「魔力の量?」
 何でそんなもので寿命が変わってくるんだ? と首を傾げると、カーリィーはチーズケーキを一口食べてから話し出した。
「王族や貴族は、基本的に持って生まれる魔力の量がとても多いんだ。ま、どんなに多く持っていても、魔力をコントロールして自在に使いこなす事が出来るのは、ほんの一握りの人間だけどな」
 そう言ってヒョイと肩を竦めた。
「で、魔力が多ければ多いほど、何故か成長速度がとてつもなく遅くなるんだ。生まれてから6〜7歳位までは普通に成長するんだけど、それ以降はかなり遅くなる。大体、30までは10歳未満の外見で、それを過ぎると10代半ば。んで、80を過ぎて漸く20代位の外見になる。それ以降は各々の魔力の量によって違うけど、人によっちゃ、死ぬまで若いままでいるやつもいる」
 そして、貴族の平均寿命250歳位だと言われた。
「んで、一般人なんだけど、一般人は魔力は持ってはいるけどその量はかなり少ない。成長速度は普通。まぁ、20過ぎから70過ぎまでを20〜30代の外見で過ごして、それ以降はゆっくりと老いて行くな」
 ちなみに、一般人の平均寿命は160歳位なんだとか。


 世界一の長寿国。日本。その中でも、女性の平均寿命は86歳位だと言うのに、それを軽〜く越しちゃってるし!!


 その話を隣で聞いていた零が、「ねぇ、ちょっと」と話しに入って来た。
「ん?」
「話を聞いてて思ったんだけど……。あんた達の年齢でその外見って事は、貴族なの?」
 零がエドとカーリィー、そして、ルルを順々に見てそう聞くと、カーリィーはノンノンと指を振った。
「俺とエドは一般人だよ。ただ、一般人の中にも、稀に俺達みたいに魔力が高い奴が生まれるんだ。そうすると、成長速度が遅くなる。――逆もまた然りで、貴族であっても、魔力が低い奴は、一般人と同レベルの成長速度だな」
 エドが付け足しで、ルルは貴族だと教えてくれた。
「ふぅ〜ん」
「成程ねぇ」
 私と零がフムフムと頷いてから、あれ? と首を傾げる。
「ねぇ、そう言えば、あんたってゼイファー国の第3王子……だったわよね?」
 零が思い出した様にフィードを見ながらそう言うと、フィードはビクッと肩を震わせた。
 そんな2人を見ながら、あぁ、そう言えばそうだったな、と思い出す。
 この家で一緒に住む事になる前に、フィード自身が自分の身分を話してくれていたのだ。
「…………そ、それがどうした」
「いや、あんたは王族……いや、何でも無い」
 急に零は続きを話すのを止めた。


 あんたは王族なんだから、その外見だともっと年がいっているんじゃないの?


 と、言おうとしたのだ。本当は。
 しかし、俯いて悔しそうに唇を噛んでいる姿を見て、何でも無いと言ったのだった。
 多分、これはフィードには言ってはならない言葉なんだ。
 さっき、『貴族であっても、魔力が低い奴は、一般人と同レベルの成長速度』だとエドが言っていた。
 フィードは、王族の中でも稀に生まれる魔力が低い人間なのだろう。
 楽しいお茶の時間が、重い空気に支配されそうになった時――。

「ではトオル様、私は幾つに見えますか?」


 全くその場の空気を読まない……って言うより、読む気が無いデュレインさんの無機質な声が、私に掛けられた。
 へ? と変な声を出して斜め後ろ――声が聞こえて来た方へ顔を向けると、デュレインさんの琥珀色の瞳と視線がぶつかる。
 これはもしや……このおっもーい空気を変えるチャンスでは?
 そう思った私は、直ぐにデュレインさんの話に飛び付いた。
「そうですねぇ。ん〜。80歳位ですか?」
 彼女は、私の魔力の封印を解いたり、紋様を隠してくれたりしていたから、魔力はある方だろう。だから、その位だろうと思ってそう言った。
「88歳でございます」
 ………デュレインさん。うちのばあちゃんと同い年だ。
「ねぇ、そしたら、リュシーさん達やギィースは?」
 零がこの際なら皆の年齢を聞きたいと言い出した。
「え? 俺は知らねぇ。エド、お前知ってる?」
「いや、分からん」
「あ、私知ってるよ! えっと、確かぁ〜、リュシーは83歳でジークは85歳だよ」
 2人は貴族の中でも比較的若い方なんだと教えてくれた。
「ハーシェルは?」
「ん〜。ハーシェルは分かんない」
 とルルが答えたら、「90歳です」とデュレインさんが言った。
「え? デュレイン良く知ってるね?」
 驚いた風にルルがデュレインを見ると、彼女は「以前、必要があって調べたので」と言った。
 何で調べる必要があったのかは聞かないでおいておこう。何か怖いから。
「んじゃ、ギィースは?」
 とフィードに確認する零。
 フィードを見ると、もういつものフィードに戻っていた。良かった。
「あいつは確か……58か9だったと思う」
 ギィースさんはちょっと特殊な人で、元は一般人だったんだけど、30数年前に“紋様を持つ者”と契約を交わした際に、外見年齢が止まってしまったんだとか。
“紋様を持つ者”と主従の契約を交わすと、命を握られる代わりに、もれなく膨大な量の魔力が付いて来るらしい。
「あのギィースが、とーさんより年上……」
 信じられんと言った感じで呟く零に、私もウンウン分かるよその気持ち! と心の中で頷いていた。



 午後の楽しいお茶会も終わり、皆が帰った部屋の中で、零と2人で外の景色を眺めていた。
 夕焼け色の空が綺麗だな、と思っていると、零が溜息を吐いた。
「それにしても、皆が両親より年上だとは思わなかったわ」
「ホントにね」
 しみじみと頷く。
 外見の成長速度に合わせて精神的な成長も遅くなるんだろうか?
 ルルやカーリィーを見てるとまだまだ子供だと思ってしまう。
 しかし、魔法が一般的に使われている世界なら、それもアリかと2人で結論付けた。
 そんな事を話しているうちに、私はある事に気付く。
「ねぇ……魔力の量が多ければ多いほど成長速度が遅くなるって言ってたよね?」
「うん」
「しかも、死ぬまで外見が変わらない人もいるって言ってたよね?」
「あぁー……そんな事も言ってたね」
 それがどうしたの? と聞いて来る零に私は――。


「元の世界に帰ったら……私達どうなんの?」


 桁外れな魔力を持っていてる私達。もし、これからルル達と同じ様にゆっくりと成長していくなら、元の世界に帰ったらえらい事になるんでは……。
 地球に帰ってからの数十年後の自分とその周りの人間を想像してみる。
 私と零はこの外見から変わる事が無いが、馨や創、それに、友達皆が1年1年確実に年を取っていくのだ。
 ……ヤベーじゃん!?
 1人で頭を抱えていたら、


「え? 帰る時に、またデュレインさんに魔力を封印してもらえばいいんじゃないの??」


 至極もっともな答えに、私は「……あ」と固まった。
「そうすれば、元の世界に帰っても私達、普通に年を取れるよ」
 その言葉に、一気に肩の力が抜けた。ぐるぐると悩んでいた自分が馬鹿みたいだ。
「そっかぁ、そうだよね」
 でも、魔力の封印を解いたのがデュレインさんであったから、封印を施すのもデュレインさんであろう。
 …………なんか嫌な予感がする。
 悪い人では無いんだが……たまにぎょっとする様な事をやってのける人なので、どうしても構えてしまうのだ。
「でも、さっきフィードの部屋の中を覗いて見てみたんだけど……帰れるのはまだまだ先って感じだったよ」
「マジで」
「うん。だって、霧散した魔法陣の中央で紙をグチャグチャに丸めながら、『だぁーっ、もう! 何で出来ないんだよぉ!!』って叫んでたからね」
「…………あ、そう」
 どうやら、元の世界に帰れるのは当分先の事になるみたいだ。
 読んでいた漫画の続きが気になって気になって仕方が無いから、本当に早く帰りたいんだけどなぁ。
 家族や仕事の事よりも、本の続きが読みたいが為にそう思う私。
 薄情な奴である。
「私達ってこの世界だとホントにまだ子供なんだよね」
 思い出した様に零がそう言って笑った。
「まぁ、160〜250が平均寿命ならあり得なくも無いわな」
 そして、2人してしみじみとこう呟いた。

「「やっぱ異世界だねぇ〜」」


 ――後日。

 私はとある事を思いついた。
 リュシーさん達はなんだかんだと言っても私に甘い。しかも、チビになれば尚更私を甘やかそうとして来るし、元の姿の私には絶対しない子供扱いをする。
 今までは、大人としての矜持があったので、チビになったとしても、そう言う事をされたら怒っていたが――。
 これからは、恥を捨てて子供になり切る事にした。
 そうすれば、美味しいお菓子や飲み物などが貰えるし、少しばかり無茶を言っても、「しょうがないなぁ〜」と言ってやってくれたりするのだ。
 私がチビになって「ケーキが食べたぁーい」とか、「あそこに連れてってぇ〜」と子供っぽい感じで話しかけるだけで喜んでくれるなら、やっちゃおうじゃないの!
 まぁ、元の姿で子供っぽい仕草をするのは鳥肌もんだが、チビならOkだろう。


 だって、この世界では私は本当に『子供』なのだから。
 

  inserted by FC2 system