デュレインの秘密 後編

 
 退行飴で、精神年齢が4歳児にまで戻ってしまったトオル様であるが――。


「…………疲れた」
 ハッキリ言って、トオル様が小さくなった時の身長は、平均的な4歳児より低いのではないだろうか?
 トオル様曰く、10歳になるまでは異常に小さかったらしいが、それ以降はニョキニョキと身長が伸びたらしい。
 手を繋いで歩いていた私であったが、小さなトオル様と長身な私が手を繋ぐと、私は必然的に腰を屈めながら歩かなければならない。
 腰が痛くなってきた。
 私は1度立ち止まる。
「トオル様、抱っこしてあげましょうか?」
「うん」
 繋いでいた手を離して、私に両手を伸ばすトオル様の背に右手を添え、お尻に左腕を回してから胸元に引き寄せる。
 小さな手が両肩に置かれた。
 ゆっくり立ち上がると、「たかぁーい!」とはしゃいでいた。
「では行きましょうか」
「うん!」
 トオル様は私にしがみ付き、足をぷらぷらさせながら、
「はんばーぐぅ〜♪ はんばーぐぅ〜♪ おっにくがとおるをまってるよぉ〜♪♪ じゅーじゅーじゅー♪」
 レストランに着くまで、自作の歌をご機嫌で歌っていた。
 耳元で大音量で歌うトオル様に、私は何も言わずに聞いていた。これをカーリィーがやっていたのなら、私は速攻で奴の口を糸で縫いつけたであろう。
 鼓膜が痛い。難聴になったらトオル様のせいである。

 ちなみに、『じゅーじゅーじゅー』は、お肉が焼ける音との事。



 目的地のレストランに入る。
「いらっしゃいませぇ〜♪ 2名様ですね。こちらへどうぞぉ〜」
 店員に案内されて席に着く。周りを見渡せば、親子連れの客が多く見えた。
「でゅー。とおる、ちーずがついた、はんばーぐがいい」
「分かりました」
 側を通った店員を呼び止め、ご要望通りのチーズハンバーグ入りのお子様ランチを頼み、私は店員お勧めの煮込みハンバーグとパンを頼んだ。

 ――20分後。

 トオル様の目の前に、可愛いプレートのお子様ランチが置かれていた。
 ハート形に形取られたご飯。トロトロに溶けたチーズがのっているハンバーグ。マッシュポテトにプチトマト、そして、デザートのプリンが付いていた。
 特典として、子供のオモチャまで付いている。
 お腹が空いていたトオル様は、それを見た瞬間「おいしそぉ!!」と顔を綻ばせる。
 しかし、ナプキンの上に置かれたフォークを取ろうとはしなかった。
「トオル様、食べてもいいんですよ?」
 首を傾げながらそう言うも、「でゅーのごはん、まだきてないもん。とおる、まってる」と言った。
「冷めちゃいますよ?」
「さめてもいいの! とおる、でゅーといっしょにたべたいんだもん」
 驚いた。そして、ちょっぴり嬉しかった。
 自分と一緒に食べたいから待っているなんて――可愛いではないか。
 私はクスッと笑ってから、近くを通った店員の腕を掴んで自分の元へ引き寄せた。
 驚く店員を無視し、耳元に口を近づけてボソリと呟く。
 店員は急に顔面蒼白になると、素早い動きで厨房の中に入って行き、1分も掛からない内にアツアツの煮込みハンバーグとパンを持って来た。
「あ、でゅーのごはん、きた!」
「はい。それではトオル様、食べましょうか」
「うん!」
 ニッコリとトオル様に笑い掛ける私の顔を見ながら、店員は顔を引き攣らせていたが、気にする事でもない。



 もう食べ終わると言う時、私がふと、顔を上げてトオル様の顔を見ると――。
「トオル様、お口の周りにソースが」
「んむ?」
 両頬をプックリと膨らませたトオル様の口周りが、ソースでベットリと汚れていた。
 少し体を乗り出して、ナプキンでそっと汚れを拭き取る。
「っぷはぁ。えへへ〜、ありがとぉ、でゅー」
 笑顔全開でお礼を言われた。驚きである。
 いつもだったら顔を真っ赤にさせて「子供扱いしないで下さいよ!」とか、「自分で出来ますんで!」と照れながら怒るのだ。
「……いえ」
 あの怒った顔をしながらも、照れているのがもろ分かりなトオル様が可愛くて、ついつい嫌がる事(← 分かってやっている)をして苛めてしまうのだ。
 なのに、同じ様な感覚で拭いて笑顔でお礼を言われると、何か調子が狂ってしまう。



 それから、ご飯を食べ終わった私達は商店街に来ていた。
 トオル様は、終始目を輝かせながら周りを見渡している。そして、ある店の前を通った時――。
「でゅー! あのいし、すごくきれぇー」
 トオル様が指さす方に目を向けると、そこは天然石を売る露店であった。
「いらっしゃい」
 地面に腰を降ろして、広げられた布の上に置かれた石をいじっていた青年が、私達を見てにこりと笑った。
 抱いていたトオル様を降ろし、手をつなぎ直してから宝石売りの青年の前まで近づいた。
「高くない物でしたら、1つだけ買ってもいいですよ」
「ほんと!?」
 頷くと、トオル様は石を真剣な目で眺め始めた。
 こういうキラキラした物が好きな所は、やはり、小さくても女の子である。
「あっ、このいし!」
 布の上に置かれた石を眺めていたトオル様が、急にしゃがんで、ある石を指さした。
「おっ? ぼー……嬢ちゃん、見る目があるなぁ。それは、うちの店の2番人気の石なんだぞ?」
 青年が一瞬トオル様の事を『坊や』と言いそうになったが、そこは商人。人を見る目がある。直ぐにトオル様を女の子だと気付き言い直していた。
「このいし、りゅしーの、あおいかみのいろににてるぅ」
 それは確かに、リュシーの青銀色の髪と少し似た色であった。
「欲しい?」
 青年の言葉に、トオル様は「うん!」と大きく頭を振る。
「20ティティール」
 にこやかに笑う青年が、私に向かって手を差し出しながらそう言った。
「……何?」
「だから、この石の値段」
 どうやら、リュシーの髪の色に似た石を買うと決め付けたようだ。
 自然に眉間に皺が寄る。


 なぜ私が“他人の色”が付いた石を、トオル様に買ってあげなければならないのだ。


「今は15ティティールしか持っていないから、無理ね」
 素っ気なくそう言うと、「そうですか」と青年はアッサリ引いた。
「残念だったな、嬢ちゃん」
「いいの、リュシーのかみのいろとは、ちょびっとちがうし」
 首を振ってそう言うと、次の石を探す。
 むぅーっと唸りながら石を見回していると、「あっ!」と急に大声を上げた。
「何かあったかい?」
「これ!」
 トオル様が指さした石は、とても小さな丸い石であった。
 その石は――。


「でゅーと、おなじいろ!」


 それは、私の瞳と同じ琥珀色の石であった。
「あぁ、それは“混ざり物”だな。それなら値段も低い」
「まざり?」
 首を傾げるトオル様に、青年は石を取って「ほら、見てみなよ」と石の裏側を見せた。
「琥珀色の石だが、裏側は所々、銀色が混ざっているんだ」
 裏側の石の表面は、まるでマーブル模様の様に、琥珀色と銀色が混ざり合っていた。
「あっ、ほんとだぁ!」
「だから“混ざり物”って言うんだ」
「そっかぁー。ぎんのおいろは、でゅーのおいろとはちがうからぁ〜。じゃあ――」
「ソレを頂くわ」
 私はトオル様の言葉を遮り、青年の手から石を奪う様にして取ると、財布の中から15ティティール――財布の中にあるお金を全て取り出して、青年の手に乗せる。
「これだけあれば、十分でしょう」
 そう言ってその場から去ろうとしたら、慌てた青年に呼び止められる。
「ちょちょちょっ、ちょっと待ってよ、お客さん!」
「お金は払ったけど? まだ足りない?」
「まさか! そうじゃなくて、貰い過ぎだよ。これじゃあ、ボッタクリの様なもんだし俺の気が治まらない」
 青年はそう言うと、ちょいちょいと手を振って私ではなくトオル様を呼び寄せる。
「なぁ〜に?」
「嬢ちゃん、左手を出して。あっ、お姉さんはその石をちょっと貸して」
 私から石を取った青年は、石をトオル様の左手の人差し指に嵌められている指輪に当てた。
 青年が目を閉じて何か呟くと――。

「あっ、いしがくっついたぁ!?」

 トオル様が目を大きくして「おぉ〜!」と感嘆の声を上げる。
「……銀細工職人か」
 指輪に嵌め込まれた石を見ながら喜ぶトオル様と、その向かい側に座る青年を見詰めていると、
「おにいちゃん、こっちじゃない」
「ん?」
「でゅーは、ぎんいろはないよ?」
 新たに嵌め込まれた石の表面を指しながら、そんな事を言うトオル様。多分、裏側になっている琥珀色だけの面を、表側に持って来いと言いたいのだろう。
 トオル様の指摘に、青年が「あ、間違った」と言って、銀色と琥珀色が混ざった部分を直そうと手を伸ばしたので――。

「必要無い」

 私はトオル様の手を掴んで青年から離すと、素早く抱き上げた。
 ポカンとした顔で私を見上げる青年に、私は「ごきげんよう」と言って踵を返した。
 買い物客で溢れ返る道を速足で前に進んでいると、トオル様が「ね〜。ねぇ〜!」と言って私の服をギュッと掴んで揺さ振った。
「でゅー。これ、でゅーのいろとちがうよ?」
「いいんですよ」
「でも……」
「いいんです」
「むぅー」
 口を尖らせるトオル様。その仕草にクスッと笑う。そして、ある事を思いついた私は、トオル様の耳元で小さな声で内緒話をする。
「トオル様に、1つだけ、私の秘密を教えてあげます」
「でゅーの、ひみつ?」
「はい。誰にも言わないと誓えるなら、の話ですが」
「おかあさんも、だめ?」
「……駄目です」
 まさかそこで「おかあさん」が出て来るとは思わなかった。
「出来ますか?」
「……うん! とおる、だれにもいわない!」
 真剣な瞳でコックリと頷くトオル様を見て、私は彼女耳元に口を寄せてそっと秘密を教えた。


「私の髪の色は、本当は銀色なんですよ」


 顔を離してトオル様の顔を見ると、キョトンとした顔で私を見上げていた。
「どうしてでゅーのかみは、ぎんいろじゃないの?」
 不思議そうな顔をして聞いて来るトオル様に、私はこう答えた。

「“ある人”を……驚かせたくて」

「あるひと?」
「はい。黒い髪に黒い瞳の、“紋様を持つ者”と言う希有な方。でも、やる事は破天荒だし、女性なのに喧嘩っ早いし、食べ物をくれる人は皆良い人――と考えている、ちょっとお馬鹿な人です」
 本人がその場で聞いていたら、間違い無く怒り狂いそうなことを言ったが、全て本当の事である。
「小さい頃に、その人の驚く顔を見た事があるんですが……それがまた凄くいい顔をなさるんですよ」
 その顔見たさに髪の色を変えていると言ったら、
「そうなんだぁ〜。おどろいてくれるといいね!」
 ニッコリ笑うトオル様に、私は「はい」と頷いた。



 家に帰ると、テーブルの上に2枚の紙が置かれていた。
 ソレを手にとって読んでみると――。

『リュシーナさんの家にある図書室に、数日籠ります。 フィード』
『ルルちゃんと一緒に新薬を作る事になったので、今日はルルちゃんの家に泊ります。 零(レイ)』

 2人の書き置きであった。
 紙をテーブルの上に置き、視線を胸元に落とす。そこには、スースーと可愛い寝息をたてるトオル様がいた。
 はしゃぎ過ぎて疲れたのか、帰って来る途中で寝てしまったのだ。
 私はトオル様を抱き直し、2階にあるトオル様の部屋にまで歩いて行く。
 階段を上がって、トオル様の部屋にまで辿り着くと、片手で扉を開けて窓の側に置かれているベッドに足を進める。
 服を握っている手をそっと外し、上着を脱がせてからゆっくりとベットの上に寝かせた。
「うにゅ〜」
 振動で軽く目が覚めたのか、手の甲で目を擦って少しぐずる仕草をした。
「あぁ、すみません、起こしてしまいましたね」
 優しく頭を撫でてあやしていると、私の手にトオル様が擦り寄って来た。
「う゛ぅ〜……とお、る……ねむいぃ……」
「寝てもいいんですよ」
「……でも、ひとりで、ねんねは、いやぁ〜」
 泣く一歩手前の声で、きゅっと手を握られた。
「……では、このでゅーが一緒に寝てあげます」
「ほんとぉ?」
 しょうがないので、トオル様の隣に体を横たえる。
「お休みなさい、トオル様」
 トオル様の体を抱きしめて「おやすみ」を言ったら、
「……おやすみぃ…でゅー」
 私の腕から抜け出すと、両頬に小さな手を添えて――。


 その小さな唇を、私の唇に押しつけた。


「……………………………………」
 トオル様の予想外な行動に、暫し固まる。
 そんな私を置き去りにして、トオル様は何事も無かったかの様に、もう1度私の腕の中に自らモゾモゾと潜り込む。そして、ピットリと体をくっ付けると寝てしまった。
 トオル様を驚かせる事を、ある意味生き甲斐としている私。しかし、そのトオル様に、逆に驚かされて思考がストップしてしまった。
 不覚である。
 胸元でスヤスヤ眠りこけるトオル様の寝顔を見詰めながら、左胸――心臓の部分をそっと押さえる。
 先程、トオル様に自分の“秘密”を教えた。
 まぁ、それはそんなに重要な秘密でも無いから教えたのだが――。


 私には、誰れも知られていない秘密が、1つだけある。


 黒騎士であるリュシーも、ジークも、ハーシェルも。
 ……それに、トオル様とまだ出会っていない他の黒騎士達でさえ知らない、私と“あの人”との関係――秘密――が。


 それは、ある種の優越感でもあった。
「ねぇ、トオル様。私の最大の秘密を知った時……一体、貴女はどんな顔をするのかな?」
 でも、『最大の秘密』より、『そこそこの秘密』を知った時の方が、よっぽど驚きそうだ。
「おやすみ、トオル。いい夢を」
 トオル様の額にそっとキスを落とし、私は目を閉じた。



 トオル様が私の『最大の秘密』と、『そこそこの秘密』を知った日、脱兎のごとく私の前から逃げ出した。
 それもまた、今よりも少し先の話である。
 








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