仕事帰り、疲れた体で晩御飯を作りたくなかった私は、コンビニへと直行していた。
 今日はアレクさんが終わらせたい仕事があるからと言って、久しぶりにアレクさんと別に帰っていた。
 いらっしゃいませぇ〜と高めな声で、女性店員さんが私を出迎えてくれる。
 入り口前に置かれているカゴを1つ取り、そのままお弁当が置かれている棚に足を向ける。
「ん〜、どれにしよっかなぁ〜…………うん。これにしよっと」
 アレクさんが作る絶品料理に舌が慣れつつある今日この頃、市販の料理が美味しいと思えなくなってきているのに危機感を覚える。


 私の舌&胃袋を、アレクさんにガッチリと掴まれてしまっているのがよく分かる。


 お弁当をカゴに入れ、続けて500mlのペットボトルのお茶もカゴに入れて、間食のお菓子をついでとばかりにカゴに入れていった。
 こんなものかなと思いながら、雑誌が置かれているコーナーに足を向ける。
 部活帰りの男の子や、お母さんと一緒に来た小さな女の子、私と同じ仕事帰りの女性や男性が、それぞれ読みたい雑誌を手に取り読んでいた。
 私もその列に入り、気になっていた雑誌を手に取る。
 20〜30代の女性を対象にしたその雑誌には、それはもう綺麗な女性達が綺麗な服を着飾ってポージングしている。
 パラリパラリと紙を捲りながら、頭の中ではある人物がポンっと浮かび上がっていた。
 先日、アレクさんのお家でご飯を食べ終えてからイチャイチャ(?)していた時に乱入して来た美人さん。
 お色気ムンムンな女性だと思っていたら、その実態は。


 ただの女好きな───変態女装男。


 と言う、とてもイタイ人物。
 地位やお金、見た目も極上だけど、痛いの大好き! ドM変態彼氏の従兄弟ディミトリ氏も、ジャンルは違えど真性の変態なのか……。
 あの日───突然ディミトリさんが部屋にやって来てからというもの、アレクさんはディミトリさんと意味のない口喧嘩を繰り返していて……すっかり蚊帳の外状態になった私は、2人に気付かれないようにしてアレクさんのお家から出ていた。
 あの時の虚しさを思い出しそうになり、慌てて頭を振る。
「……はぁ、何か疲れた」
 本を閉じて元に戻してから、さてお会計でもしましょうかね、と身体の向きを変えようとした瞬間。


「あら? そこにいるのって……琴海ちゃん?」


 突如後ろから掛けられた声にビクリと体が跳ねた。
 聞き慣れてはいないけど、先ほどまでその人の事を考えながら本を見ていたので、聞き間違えることはない。
 そろ〜りと首を後ろに振り向けば。


「…………ディミトリ……さん」

 いて欲しくない人が、そこに立っていた。しかも、満面の笑みで。
「やっぱり琴海ちゃんだったわ! ねぇ、私の事は『ディミトリ』じゃなく『ディリー』と呼んで? 仲の良い女友達は皆そう言ってくれるの。それと、琴海ちゃんの事を呼び捨てで呼んでもいいかしら? それとも琴ちゃんがいい? ことっちなんてのもいいわね」
「……あぁー、はい。どうぞお好きな様にお呼び下さい」
「んもぅ、敬語なんて堅苦しいのは抜きよ! 友達同士で敬語を使うなんておかしいでしょ?」
 人差し指を口元で振って、ノンノンと言うディミトリ───改め、ディリーさんのマシンガントークに、私は「はぁ……分かりました」と首を立てに振っていたのであった。




「それで、私はなぜこんな所に連れてこられているのでしょう?」


 入ったことはないけれど、芸能人もよく訪れると聞く、お洒落で高級感溢れるレストラン───『fragrantia フラーグランティア』に私とディリーさんは来ていた。
 しかも、一般の人は入れないらしい『個室』に2人で仲良く向き合って座っているのです。
「だって、まだご飯を食べていないって言うから、私がよく来るこのお店でご飯でも一緒に食べようかと思って」
「あの、おき……じゃなかった。気持ちは嬉しいんだけど……」
 私はテーブルの上に並んでいるメニュー表に視線を落とす。


 メニュー表に……料金が表示されていない。


 これは、普段食べに行っている所の料金より、絶対に『0』が2つ3つ多いよっ!?
 下手すりゃ一皿5千円以上するのもあるかもしれない……。
 クラリと目眩がしてきた。
「ちょっと私……持ち合わせのお金が少なくてですね……」
「あら、そんな事気にしてたの? いやだわぁ〜、私がここに誘ったんだから、奢らせて頂戴」
「そんな!? 悪いのでいいですよ」
 ぶんぶん首を振って拒否するも、「いいからいいから」と言うディリーさんは店員さんを呼び出し、お高いであろう料理の数々をぽんぽん頼んでいた。
 ディリーさんがあれもこれも頼んでいる最中に、私は「ちょっと失礼します」と言って携帯電話を鞄から取り出した。
 メイルBOXを開いて、目当ての人にメッセージを送る。


『To アレク
 Subject ディミトリさんと

 本文
 お仕事お疲れ様です、アレクさん。

 あの……実はコンビニでディミトリさんとバッタリお会いしまして、お食事に誘われ、fragrantiaに来ています(o^∀^o)♪
 初めて高級店にドキドキです!
 高級店にコンビニ袋をぶら下げながら入っちゃいました。
 ちょっと恥ずかしい思いをしました(* ̄∇ ̄*)エヘヘ。

 お仕事が早く終わってこちらに来れるようでしたら、来てくださいね。』


 などというメッセージを『送信』ボタンを押してアレクさんへと送る。
 一応、ディリーさんは女性の格好をしているとは言え、中身はれっきとした男なのだ。
 彼氏がいるのに、彼氏以外の男性と2人っきり(しかも薄暗い照明が使われている個室)でいたら、変な誤解をアレクさん与えてしまうかもしれない。
 それだったら、アレクさんにちゃんと連絡を入れておこうと考えたのです。
 メールを送り、携帯を鞄の中に仕舞おうと思ったら、ピロリロリンリン〜♪ とメールの着信音が鳴った。
 早っ!? と思いながら慌てて画面を見ると。


『From アレク
 Subject 無題

 今直ぐそこに行く。
 決して、くれぐれも、絶対に、お酒は飲まないように!!!』


 と言う返信内容であった。
 あれ? 今日は中々終わらない仕事だって……言ってなかったかな??
 首を傾げながらも、『はい、お酒は飲まないようにします』と返信して携帯を鞄の中に仕舞った。
 それから顔を上げると、テーブルの上には既に飲み物が2つ用意されていた。
 料理の前に、飲み物が先に運ばれてきたみたいだ。
「勝手に頼んじゃってゴメンね? でも、これ、私のお勧めの飲み物なの」
 ディリーさんは「本当に美味しいのよ」と言うと、2つの飲み物の名前を教えてくれた。
「これがトロピカルファジーネーブルで、手前のがロングアイランド・アイスティーよ」
「じゃあ、私はこれで」
「え……? 琴海、それを飲むの?」
 私はディリーさん側の方に置かれていたグラスをひょいと取り、これにしますと頷いた。
 もう1つのトロピカルファジーネーブルは、お酒だということをしっていたので、アイスティーを飲むことにしたのだ。
 本当にいいの? と何度も確認してくるディリーさんに大丈夫ですと言って、「それでは、乾杯!」とグラス同士をくっつけてからアイスティーを勢い良く喉の奥に流し込んだ。

 ん? 若干……お酒っぽい味がする??

 グラスに挿してあるレモンを絞って飲んだので、柑橘系の爽やかな味わいがするのだが……でも、これってアイスティーだよね??
 カランコロンとグラスの中の氷が音を立てて動くのを見詰めながら、頭の中がクエスチョンマークで一杯になるも「すごぉ〜い! いい飲みっぷりね」と前方で感心したように私を見詰めるディリーさんを見て、まっ、いっか。と思う事にした。
 ───この時の私は気付かなかった。
 私は、ロングアイランドと言う名前の茶葉を使ったアイスティーを飲んでいると思っていたんだけど、本当は……。



 ウォッカ、テキーラ、ジンなどを使った、アルコール度数が25度以上と言う、かなりアルコール度数が高いウォッカベースのカクテルだったのでした。


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