デュレインの人間Watching☆

 

『観察対象 ルル』



 トオル様とレイさん、そして居候(フィード)が夕食の食材を買いに出掛けている今、私は1人で部屋の中で寛いでいた。
 革張りのソファーに腰掛け、背中の中間ほどまで伸びた長い亜麻色の髪を、人差し指でクルクルと巻き付ける。
 そして、巻き付けた髪のある1点をジーっと見詰め、溜息を吐く。

「持って半年か……」

 そう呟くと、ソファーから「よっこらせ」と言って立ち上がり、調味料が置かれている棚の、奥の奥に隠されている小さな小瓶を取り出した。
 小瓶の蓋を開け、中に入っている粉を掌の上に少量取り出す。
 その粉を、舌先だけで舐め取る。
「ぐっ……」
 舌が痺れる感覚と、強烈な苦み。そして、体全体に広がる痛みにグッと息を飲み込む。
 ――数秒、いや、数十秒そのままジッと動かずに痛みをやり過ごしていると、漸く症状が軽くなってくる。
「ふぅーっ。何度やっても慣れないわね」
 そう言いながら、先程髪を指に巻き付けていた部分を見やる。
 少し薄くなっていた髪の色が、元通りの亜麻色に戻っていた。
 髪の色を確認してから額に浮かんだ汗を手の甲で拭うと、もう1度小瓶を調味料棚に隠した。


「デューレイーン。いるぅ〜?」
 他に褪色部分が無いか髪を梳かしながら確認していたら、客がやって来た。
 あのバカみたいな間延びした言い方は、ルルだろう。
 面倒なのでそのまま無視を決め込むつもりであったのだが、何度も人の名前をバカみたいに呼び続けるので、テーブルの上に櫛を置いて渋々ルルを出向かえてやった。
「何?」
 腕を組んでそう問いかければ、ぷくっと頬を膨らませる。
「なぁーに、その態度は! 人がせっかく頼まれていた薬草を持って来てあげたのにぃ!!」
 ルルが手に持っている籠に視線を下げると、そこには、毒々しい色をした薬草が一杯入っていた。
「それを早く言いなさい」
「ひどっ!」
 後ろでギャーギャー騒ぐ人物を軽く無視し、デュレインはルルが持っていた籠をサッサと奪うと家の中へ戻っていった。

「シャグレグの葉は、乾燥させて粉上にしてから使ってね」
「分かった。これは?」
「あぁ、それは、サラダにして出しても大丈夫。だけど、使う量を間違えないでね。1度に大量に摂取すると、昏睡状態に陥っちゃうから」
「成程ね」
「あっ、デュレイン、それは絶対30分以上水に浸けて熱処理してから使ってね。じゃないと死んじゃうからね」
 テーブルの上に広げられた薬草を手に取りながら、ルルに薬草の取り扱いについて聞いていた。
 まぁ、薬草と言っても頭に毒が付くが。
「それにしても、よくこんな薬草があるって知ってたね」
 ルルがテーブルの上にあった薬草の1つを手に取って、私にそう言った。
「いろいろと調べたからね」
「ふぅーん」
 適当にかわすと、ルルはそれ以上追及して来なかった。
 今、私達が何をしているのかと言うと――。


 食事に混ぜる毒草の量を、ルルに聞いている所だった。


 この事は、トオル様とレイさんはもちろんの事、あの居候(フィード)にも内緒の事であった。
 どうやら、トオル様達が住んでいた異世界はとても平和だったらしく、見ず知らずの人間が作った食事を警戒心も無く食してしまう事がある。
 私や黒騎士の誰かが作ったものならいざ知らず、他のメイドであったり、近所に住んでいる人間から駄菓子を貰ったりしてそのまま食べてしまうのだ。
 トオル様やレイさんが唯の人間であれば、そんな事は気にも留めないのだが、彼女達は“紋様を持つ者”であり、常に敵から身を狙われる存在である。
 いつ、どのような時に2人の素性が敵に明らかになり、狙われるのか分からない。
 襲われるだけなら、常に傍らにいる黒騎士が護っているからいいのだが、食事などに毒を盛られでもしたらたまらない。
 以前、彼女達の前でリュシーの家に使えているメイドが、トオル様達の食事の毒味をした時、彼女達は顔を引き攣らせて固まっていた。そして、出来る事なら止めて欲しいとまで言われてしまった。
 駄目と言えないリュシーの為に、そこで、私が一肌脱ぐ事にした。
 それは何かと言うと――。


 彼女達が毒を盛られても、それに耐えられる様な体を作る事。


 と、言うものであった。
 4人で生活する事になった初日から、私は食べ物だけではなく、飲み物にも、体調を崩さない程度の毒を(ルルの教えの元)少量づつ混ぜていた。
「ねね、デュレイン。私、今度こんなものを作ってみたっさぁ〜」
 新種の薬草を前に、どうやってこいつらを調理してやろうかと悩んでいると、目の前にいるルルがにまにま笑いながら、私に丸い飴玉を見せた。
「また何を作ったの?」
 そう聞くと、ルルは不気味な笑いをしてから、よくぞ聞いてくれました! と言った。
「これはある計画の為に、私の血と汗と涙と愛で作った力作なの!!」
 小さな紙袋の中から、黄色の可愛い包装紙で包まれた飴玉をジャジャーン! と言った感じで見せられるも、


「血と汗と涙と愛……? 気持ち悪っ」


 ボソリと言ったのだが、ルルの耳には聞こえなかったらしい。
「これを食べたら、トール、おチビちゃんになっちゃうの♪」
「そんなものを食べなくても、小さくなっているじゃない」
 何を言ってるんだか、とう感じでそう言うと、ルルは「チッチッチッ」と人差し指を振った。
「おチビはおチビだけど、4歳児に戻るあめちゃんなの!」
「………………」
 またか、と思う。
 以前4歳児に退行してしまったトオル様を見れなかった事を、ルルは未だに悔しがっていた。
 そして、精神的にも幼くなってしまったトオル様にどうしても会いたい、という思いから、自分で安全な『退行飴』なる物を作って来たらしい。
「トール、飴をかじって食べちゃう癖があるから、直ぐに無くなっちゃうね。もっといっぱい作らないとぉ〜♪♪」
『退行飴』が入った小さな紙袋を、うふふふ。と笑いながら見詰め、自分が作った飴を食べて幼くなったトオル様と、うふふ、あはは、と戯れる妄想をするルル。


 ルルについて分かっている事。

 ・この国で1番毒に対する知識があり、『オルディガ家の毒姫』とも呼ばれている。
 ・レイさんと一緒に、『透ちゃん至上主義同盟』なるものをやっている。
 ・外見は確かに人形の様に可愛いが、中身は以外に腹黒い。

 デュレインは深く息を吐く。
 トオル様、貴女はいつも「ホント、ルルは可愛いなぁ〜♪」と、言いながらルルを可愛がっておりますが、

 こいつは、私より危険人物ですよ?

 と、心の中でそう思う私なのであった。

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