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とあるメイドの日記 5

 
 今日はワタクシ、貴族街の中心地にある最高級被服店、『エリアル・ド・ラルシェン』に行って参りました。
 そこで、ずぅ〜っと買いたいくて仕方がなかった、ネグリジェを買って来ましたの!
 お高いモノだったので、5ヶ月程コツコツと溜めて、やっと買えた時には涙が出そうでした。
 薄いピンク色のスリップドレスで、肩紐や胸元、裾などに施されている黒いレースがとっても魅力的。
 そして、動くたびに流れるような美しいスカートラインに、ちょっとだけ貴族になれた様な気分に浸れます。
 憧れだった『エリアル・ド・ラルシェン』のモノを買えて、私、凄く幸せです。
 ───え? それを見せる相手はいるかですって?


 別に、誰もいませんが……何か?


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 今日は、とっても面白いものが見れました。

 餌付が成功して 名前を覚えて頂いた私は、トール様と一緒に厨房に向かっていました。
 午後のお茶に出すお菓子を取りに行くのに、トール様も一緒に取りに行くと言って下さったからです。
 普通でしたら、当主様のお客様であるトール様に手伝って頂くなど有り得ない話なのですが、今では『トール様のお手伝い』はオルグレン家では普通の光景となっています。
 魔法の練習で、またしても小さくなられたトール様と厨房に入ると───そこには、執事長のセバノスティーさんがいました。
 オルグレン家で働く者達を取り纏める執事長であるセバノスティーさんは、魔力量がとても多いらしく、このお屋敷で働き出してから外見が全く変わらないらしいのですが、一番の古株だというのだから驚きです。
 しかも、独身でとってもカッコイイので、私達メイドの中で断トツ1位の人気ぶりでございます。
 そんなセバノスティーさんが、トール様に特別にお菓子を作ってあげようと仰られ、自ら厨房に立った時は本当に驚きました。
 小さなトール様を近くの椅子に座らせると、ジャケットを脱いで袖を腕まくり、キッチンに立つと数種類の鍋を用意しました。


 何をされるのかと、私達が興味津々に見ていると───。


 鍋に水と砂糖と水飴を入れて、それぞれの鍋に違う色の食紅を入れていきました。
 数分グツグツと煮ると、それを一旦取り出してまな板の上でグリグリと練り、次にそれを手に取ると、伸ばして畳んで捻ってを何度か繰り返します。
 キラキラと光沢が出て来ると、セバノスティーさんはそれを鋏や何かの道具を使って形作っていきました。
 数分後───出来上がったモノに私達はホゥっと息を吐きました。


 薄い水色と銀色が混ざり合った綺麗な蝶や、艶やかな赤い薔薇、美しいティアラやガラスの靴、そして、可愛らしい小動物等々。


 そこには、人の手で作られたのが不思議なほど、精巧に作られた飴細工が出来上がっていたのです。
 セバノスティーさんが、王宮菓子職人並に素晴らしい腕を持っているのには驚きましたわ。
 もぅ、可愛い物好きなトール様の目が、トロンと蕩けるようになったのは言うまでもありません。
 セバノスティーさんの回りをチョロチョロと動き回りながら、興奮した顔で「すごいすごぉ〜い!」と言うトール様に、セバノスティーさんが微笑んでいた時の、あのお顔っ!


 まるで、愛娘を見詰めるお父さんのお顔でしたわ。


 あの、自分にも他人にも厳しいと言われているセバノスティーさんが、おちびなトール様にお優しい理由が、何となく分かった気がします。
 そして、この日からトール様とセバノスティーさんが、一緒に厨房でお菓子作りをしている姿を見掛けるようになりました。
 その光景は、私達メイドの間で『父、娘と戯れるの図』と言われております。
 

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