私は今、機嫌が悪い。
なぜかというと、それは――。
零が放った炎によって、私専用の『お子様用椅子』が真っ黒焦げになってしまい、椅子に座る事が出来なくなってしまったのだ。
まあ、これぐらいなら機嫌が悪くなる事は無い。今、私が置かれている状況が機嫌をすこぶる悪くさせていた。
カーリィーの膝の上にちょこんと座る私。
これが、機嫌が悪い原因であった。
最初、零が私に「一緒に座ろう」と言ったのだが、ギィースさんに素早く却下された。次にどういった風に魔法が発動するか分からないので、零の魔力を押さえる事が出来る、ギィースさんともう1人の黒騎士であるシェイスさんの中間に座る様に言われていた。
零と一緒に座る気は全くなかった私であったが、座る椅子が無いのでどうしようかと悩んでいたら――。
「トール。俺と座ろうぜ!」
「うぇっ!?」
私の後ろに立ったカーリィーが、いきなり人の両脇に手を差し込み、ヒョイと抱き上げた。
そのまますたすたと歩いて自分の席に座り、私を自分の膝の上に乗せてそれから左手で私を支えると、右手で頭をよしよしと撫でて来たカーリィー。
「ちょっ!?」
頭を撫でている手を振り払おうとしたら、手に何かを持たされた。
「ほい、オレンジジュース」
「いや……ジュースじゃなくて、1人で座れるから」
「まぁまぁ」
「離し――」
「まぁまぁまぁ」
「……あのねぇ、カーリ――」
カーリィー離してと言おうとした言葉は、次の言葉で続かなくなる。
「トールは、俺と一緒に座るのは……嫌?」
首を少し傾げ、悲しげな瞳で私を見詰めるカーリィーの頭に、しゅんと垂れた犬の耳が見えた様な気がした。
「……う゛ぅぅ……」
私は頭を抱えたくなった。
こんな風にされたら、嫌とは言えないじゃないか!!
後から聞いた話、カーリィーは出迎えた時に私を抱っこしているエドを見て「ズルイッ!」と叫んでいたらしく、今度は自分の番! と言う事で私を膝に乗せたらしい。
見た目に反して、エドもカーリィーも子供好きなのかもしれない。
しかし……私には拒否権はないのか!?
眉間に皺を寄せつつ、グラスを両手で持ちながらジュースを見ていたのだが、ふと、顔を上げて周りを見ると……。
皆が皆、温かい目で私を見ていた。
そう、それはまるで、小さな子供を温かく見守る大人の目で――。
「………………」
おい、私をそんな目で見るな! 見た目は子供でも24歳のれっきとした大人だ!!
――と言う事で、私の機嫌はドンドン急降下していったのであった。
「トール、ちょ〜っとこっち向いてねぇー」
ルルは眉間に皺が寄って少し不機嫌そうな透の顔を覗くと、頬に触れない様にしながら火傷の傷を魔法で治した。
「はい! 治ったよ♪」
「…………ありがとう」
ルルの治癒魔法で治った頬を触りながら、皆が私を子供扱いする事を、私はもう諦める事にした。
深ぁ〜い溜息を吐き、話を再開する。
「教えてほしい事は、まだまだいっぱいあるんだけど……これ以上言われても頭が混乱してしまうので、あと1つだけ聞きたいんですが、いいですか?」
「はい。私達が教えられる事なら、何でも」
リュシーさんは真剣な瞳で私の話を聞いてくれる。
「それじゃあ――」
黒騎士って、一体どういった存在なんですか?
先程の事を思い出す。
零の魔力を押さえたギィースさん。
ギィースさんは、誓約印がある黒騎士は魔力を押さえる事が出来るって言ってた。
それってギィースさんの主が、零だと言う事だろうか?
……いや、それは違うか。私に向けて放った炎が自身初の魔法であった零が、ギィースさんと契約しているはずは無い。だって、契約をするには、主になる人が魔法で相手に誓約印を刻むのだと教えてもらったのを覚えている。
だから、私は不思議に思った。
心臓の位置に誓約印が刻まれた僕(しもべ)は、主に自分の命を握られる事になると言っていた。多分、ここに集まっている黒騎士の人達は、誓約印が有っても無くても、自分が主と認めた人を大切に思っているはずだ。
なのに、何で自分の主でもない、昨日今日初めて会った私達を助けてくれるのだろう。
私達が、王よりも貴い存在である“紋様を持つ者”だから?
そんな事を考えていたら、
『守護者』
凛とした声が聞こえた。
「“紋様を持つ者”を護る『盾』であり『剣』――それが、黒騎士です」
藍色と水色という宝石の様な瞳を細め、優しく微笑むリュシーさんが静かにそう言った。