外を歩けば、10人中10人が振り返るだろう。
変声期前の高い声。中性的な顔立ちに、少し濡れた睫毛に隠れた紫色の瞳。
少し下に俯くその表情は、あどけなさの中にも妖艶さを合わせ持っていて――。
そんなフィード君に、私達は一瞬見惚れていた。
綺麗だと。本当にそう思った。
だが――。
「見るなっつってんだろうがぁーっ!!」
口を開けばなんとやら……。
儚い表情で俯いていたフィード君は、顔を真っ赤にさせ、今では唾を飛ばす勢いで叫んでいる。
さっき見たのは……幻か?
そんな事を思っていると、フィード君はギッとこちら……というより、零を睨む。
しかし、そんな視線を気にしない零は、フィード君を頭のてっぺんからつま先までをジックリと眺め――。
「でもさぁ、あんたの顔って男と言うより、女っぽい顔作りだよね」
フィード君が気にしているであろう言葉を、ズバッと言った。
「誰が女顔だっ」
「だから、デカイ胸があっても違和感があまりない」
アッハッハッーと指をさして笑う零に、フィード君は拳を震わせる。
「もぉー我慢できん! 一度表に出ろやぁ」
口調がかなり悪くなっている。
「なによ。喧嘩なら受けて立つわよ? デカパイちゃん♪」
「デカパイ言うなっ!!」
ギャーギャー2人が騒いでいると、
「……何をやってるんだ」
疲れ果てた様な声が、後ろの方から聞こえた。
「あ、エド……」
後ろを振り向くと、エドが隠し扉の前に立っていた。
胸が膨らんだフィードと猫耳と尻尾を生やした零を見て、目を瞬かせていた。
「……トオルはどこに行った?」
2人の変化に気付いているはずなのに、そこを軽くスルーして私を探すエド。
どうやら、小さくなった私は、零の陰に隠れて見えないらしい。
……やっぱり、この身長は嫌だ。
「エド、助けてぇ〜」
室内を見回しながら私を探すエドに、私は助けを求めて駆け寄る。
折り返しても有り余っているズボンを踏まない様に膝の所を掴み、デッカクなった自分の靴が脱げない様に足の指に力を入れながら、トテトテとエドの方に近づいて行った。
「えっ!?」
初め、全く私に気付かなかったエドは、零の横から出て来た私を見て――固まった。
しばらく私をジッと見ていたエドは、眉間に皺を寄せ、零とフィード君にも目を向ける。
そして、もう1度私に目を向けると、
「何の……魔法薬を飲んだ?」
確認する様なエドの口調に、私は首を傾げながらも、エド達が地下へ降りて行った後の事を説明する。
私の説明を聞き終わったエドは、口元を引き攣らせた。
そして、チビになった私と視線が同じになる様に片膝を床につける。
「飴玉の形をした魔法薬を…噛み、砕いた? 口に含むだけでも、そのまま飲み込んだだけでもなくて……噛み砕いて飲んだのか?」
「うん」
「…………ちょっと、待っててくれ」
頷いた私を見たエドは、急に立ち上がると、地下室へと走りだしてしまった。
ポツンとそこに取り残された私は、エドが地下室へと駆け降りる後ろ姿を見詰めながら呟く。
「そのまま飲み込むのと、噛み砕いてから飲むのじゃ、どう違うのさ」
「そんなの僕が知るか」
「…………ですよねぇ」
別に、快い返答を期待した訳じゃないんだけどさ……。
この2日間、自分の身に起こった出来事を回想し、溜息を吐きたくなってくる。
零の召喚に巻き込まれ、邪魔だからと弾き飛ばされ、男と間違われて襲われ、魔法薬を食べてチビになって……。
次は一体何が起きるんだ。
これからの事を考えると、気が重くなる透であった。
そんな透の傍らでは、零とフィードの口喧嘩が続いていた。
「トオル、可愛い!!」
「ぎゅむっ」
地下室から駆け上がって来たルルは、私を見ると、急に抱き付いて来た。
「……離してやれよ。苦しがってるだろ」
「えぇ〜。だってぇ」
「だってじゃない」
その細腕にどんだけの力があるんですか? と言うぐらいの力でギューッと抱き締められ、変な声が出てしまった。
窒息寸前の私を哀れに思ったのか、エドは1度屈むと私の両脇に手を差し込で持ち上げ、ルルから私を取り上げる。左腕に私のお尻を乗せて右手で背中を支え、まるで子供を抱くように私を抱っこした。
「うわぁっ」
急に視線の高さが高くなり、慌てて目の前にある首に両手を回して体を固定する。ぷらんぷらんと揺れる両足が、少し心許無い。
「大丈夫か?」
「え? って、うおぅ!?」
声を掛けられて横を見ると、直ぐそこにエドの顔があってビックリした。
「ん? どうした?」
優しく聞き返され、ドギマギしてしまう。
「あ、ありがとう。大丈夫」
「そっか」
目を細めて笑うエドに、ちょっとドキッとした。
よくよく見たら、エドって整った顔をしている。耳にかなりの数のピアスをしているし、オレンジ色した短い髪をツンツン立てているのを見ると、ただのヤンキー少年にしか見えない。が、ふとした時に笑う笑顔に、見入ってしまいそうになる。
そんな事を思っていたら、
「なに??」
王子が私の顔を覗き込んできた。
「……可愛い」
「あったり前じゃない! なんてったって透ちゃんよ?」
小さな声で呟いた王子の言葉を、聞き洩らさなかった零が相槌を打つ。そして、今度は普通の声で「本当に可愛いですよ」と言った王子に、頭を撫でられた。
「………………」
お、お前なぁ……。
24歳にもなって子供抱きをされ、可愛いと連呼されて頭を撫でられてるのって――。
めっちゃ屈辱。
確かに、外見は子供に戻ってしまったが、中身と言うか精神年齢は全く変わらないのだ。本気で止めてほしい。
ムッとした私は、抱っこされたままだが一言何か言ってやろうと口を開いた瞬間。
「ねぇ、いい加減元に戻してほしいんだけど」
フィード君がボソリとそう言った。
その言葉に、皆が一斉にフィード君を見た。
彼は胸を隠す事を止めたのか、両手を腰に当て、半眼で私達を睨んでいた。
「あ〜。ゴメンね、忘れてた」
ちっとも悪いとなんか思っていないと思われるルルの口調に、フィードの眉間に皺が寄る。
「あの魔法薬は、君が作ったものなんだろう? だったら、解毒薬もあるはず。僕は、その解毒薬が直・ぐ・に・欲しいんだ」
「……わかったよ、しょうがないなぁ〜」
自分で勝手に魔法薬を飲んだ癖に、と呟くルルであった。