第3章 ルルの魔法薬 04

 
「ん〜。あれは女性化の魔法薬だからぁ……」
 などとブツブツ言いながら、ルルは部屋の隅に置かれているショーケースの1つに近づくと、綺麗に並べれられているガラス瓶の1つを掴んだ。
 蓋を開け、赤い色をした涙型の魔法薬を1粒取り出す。ガラス瓶を元の場所に戻すと、取り出した魔法薬を持ったまま、横の棚に置かれている細長いフラスコを持ってテーブルの前に移動する。そして、取り出した粒をその中に入れた。
 次に、テーブルの上に置かれていた水差しを手に取ると、フラスコの中に少量の水を注ぎ、クルクルと回す。カチャンッ、カランとフラスコに魔法薬がぶつかる音が部屋の中に響く。
 普段、愛らしい表情で笑うルルを、ただただ可愛い女の子と思っていたが――真剣な表情で魔法薬を混ぜるルルは、私の目にはカッコよく見えた。


 そこには、確かに『薬師』としてのルルがいた。


 ある程度フラスコを回していたルルは、一度手を止め、その中にフーッと息を吹きかけた。
 もう一度少量の水を入れると、何度か同じ作業を繰り返していく。すると――。
「あ、色が変わった!」
 近くに行ってルルの作業を興味深そうに見ていた零が、フラスコの中の溶液の色が変わったのを見て、驚きの声を上げた。
 魔法薬が溶けたフラスコの中には、先程入れた赤い色ではなく……泥の様な、茶色く濁ったものに変わっていた。


「はぁ〜い。完・成♪」


 色の変化を認めたルルは、これを飲んだら完璧に元に戻るよと言いながら、水に溶けた魔法薬(あの泥色をした)をニッコリ笑いながら、フィードに差し出した。
「………………」
 受け取ったフィードは、それをジーッと見詰めながら固まる。
 なんだこの色は。これは本当に解毒薬なのか? この唯の泥水としか言えない様な物が!? それに、なんか臭うし……。
 フィードはこれを本当に飲んでもいい物なのか、激しく悩む。
「大丈夫ですよ。ルルはウェーゼン国一の薬師ですからね」
 眉間に皺を寄せて悩み続けるフィードに、ハーシェルが安心させる様にそう言った。
 最後に、味は保証しませんが効き目はぴか一です。と付け加える。
「ウェーゼン国一の薬師?」
 フィードはルルに目を向ける。そして、何かに気付いた様にハッとした。
「……名を、『ルル』と言ったな。この国一の薬師で、魔法薬を扱う『ルル』と言う事は……かの有名なオルディガ家の『毒姫』か――」
 目を細めて確認するフィードに、ルルはいつもと変わらぬ笑顔で「そうよ」と言った。
「…そうか。なら、信用できるな」
 何かを考えるよな素振りをしたフィードであったが、一度目を閉じ、何かを決した様に見開くと――。


 ゴックン!


 鼻を摘まみながら、勢いよく泥水の様な解毒薬を飲み干した。
 おぉ、いい飲みっぷり。
 しかし、
「まっず!!!」
 口元を片手で覆い、違った意味で苦しみ出した。
「はい。これを飲んで」
 そうなると分かっていたルルが、水にシロップみたいな物を溶かしたコップをフィードに差し出す。それを引っ手繰る様に掴んだフィードは、それも一気に飲み干した。
 はぁ〜っと息を吐いて落ち着いた彼の目は、若干涙目であった。
「なんだ、あの味は。毒よりひどいぞ!?」
「アハハ、良薬は口に苦しって言うし?」
「度が過ぎる苦さだろ!?」
「まあまあ、いいじゃない」
 と言いながら、ルルは「ほら」とフィードの胸に指を指す。
「「「あっ」」」
 目を向けると……胸元のボタンがはち切れそうになっていたフィードの膨らんだ胸が、まるで風船から徐々に空気を抜いていく様に萎んでいった。
「お? おぉ!!」
 ペタペタと完璧に平らになった胸を触りながら、フィードは元に戻ったと喜び叫ぶ。
 それを見ていたルルはフフッと笑うと、次に、零に視線を移した。
「それじゃあ、次はレイさんね」
「あ、待って!」
 零の解毒薬を作ろうとしたルルが、近くにあった棚に体を向けようとした時、急に零が待ったを掛けた。
「?」
「あのさ、この症状って、いつまで続くの」
「……ん〜。そうですね」
 ルルは零が持っていた魔法薬をチラッと見て、猫耳と尻尾を見る。
「そんなに摂取していないようなので、多分、2〜3日で元に戻ると思いますよ」
「あ、そんなもん? それじゃ、このまんまでいいや」
「え? そのままでいいの、零?」
「うん。ヒゲが生えちゃってたら嫌だったけど、これぐらいなら大丈〜夫。それに、何か可愛いし♪」
「……あっそう。それじゃ、ルル。私を元に戻して?」
 零がそれでいいなら別にいいや、と思った私は、早く元の姿に戻りたくてそう言ったのだが、ルルは首を振った。
「あのね、とっても言いにくいんだけど……」
「…………何でしょう?」

 急に口ごもるルルに、嫌な予感がしてくる。

「あのね、魔法薬は小さな粒をそのまま飲み込むか、口の中でゆっくり溶かして飲むのが普通なの。そうしないと、急激に魔法薬が体にしみ込んで、副作用を起こすから」
「副作用?」
 ルルはうんと頷く。
「トールは、あのテーブルの上に置いてあった魔法薬を食べちゃったんだよね? あの大きさの魔法薬を噛み砕いて飲んだ事による副作用がどういった風に出てくるのかは、まだ分からないけど、魔法薬で急激に縮んだ体を、直ぐに元に戻す事を私は勧められない。解毒薬はある事はあるんだけど……副作用のほかに、魔法薬に耐性が無いトールの体がどうなるのか、私にも分からないから」
「え? じゃあ、いつまでこのままでいなきゃならないの?」
「んっと、3日もあると摂取した魔法薬に体が馴染む頃だと思うの」
 だから、それ以降になっちゃうかな? と言うルルに、私は項垂れた。

 3日もこのまま……?

 ショックで凹んでいると、エドに労わる様に背中を撫でられた。
「この身長だとちょっと大変かもしれないけど、安心して? 俺達が付いているから」
「エド……」


 なんっていい奴なのっ!!


 エドの言葉に感動していると、エドはふぅーっと溜息を吐いた。
「それに、トールの気持ちは痛いほど分かる」
「へ?」
 苦虫をかみつぶした様な顔してボソッと呟くエド。
 それを近くで聞いていた王子が笑った。
「いや、エド…と言うより、ここにはいないカーリィーもなんだけど、この2人は、よくルルの実験に付き合わされているんです。だから、いろんな事を経験しているので、トオルさんの気持ちも良く分かると言いたいんですよ、彼は」
「そーゆーこと」
 あぁ、だから、あの時直ぐに帰ろうとしたのか。
 納得。と思っていると、エドは苦笑しながら少しずり落ちた私を抱きなす。そして、私の目を見た。
「俺は、リュシー達の様に誓約印を持たない。……だけど、“あの時”約束した、黒騎士になった。だから――」
 真剣な顔に、ただ、何も言えずに聞いている事しか出来なくて――。
「だから、トールに振り掛かる困難も、不安も、どんな事からも、俺が側にいて守るよ」
 その時、私はある言葉を思い出していた。


『どんな事が起ころうと私が絶対守ってみせますから――』


 あれは確か、リュシーさんが傷ついた私を助けてくれた時に、言った言葉だ。
 なんで、彼らは私を守ってくれると言うの?
 その言葉が口先だけの事じゃない事は、彼らの目を見れば分かる。そう言った時、嘘ではなく本気で言っていた。
 混乱する頭で考えていたら、王子が笑った。
「そんな難しく考えないで。詳しい話は、リュシーの所に戻ったら、きちんと話しますので」
「ハーシェル……」
「思ったより時間が過ぎてしまいました。これ以上遅くなると、首を長くして待っている彼らに怒られてしまうので、そろそろ出ましょうか」
 王子はそう言うと、地下室から持って来た荷物を持ち、余った荷物を見てから「手伝ってもらえますか?」と、零とフィード君を見てニッコリ笑う。
 その笑顔を見た2人は只ならぬものを感じ取り、ブンブンと首を縦に振る。
「ありがとうございます」
「「ドーイタシマシテ」」
 棒読みだよ、2人とも。
「忘れ物はないですよね、ルル」
「うん。ないよぉ〜」
「では、行きますか」
 リュシーさんの家に戻ったら、本当に教えてくれるのかな……?
 そんな事を思いながら外に出る。


 涼しい風が頬を掠め、空は薄紫色に染まっていた。

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