第4章 黒騎士 09

 
 話がひと段落した所で、リュシーさんが後ろに控えていたデュレインさんを呼んだ。
「ねぇ、そろそろ結界を解こうと思っているんだけど……トオルさんとレイさんの紋様、どうにか出来ない?」
 服の袖を捲ったままだった私の腕を見ながらそう言ったリュシーさんに、デュレインさんは――。
「出来るわ」
 と、簡潔に答える。


 彼女が出来ない事って……あるのか?


 そんな事を思っていると、あの何を考えているのか分からない無表情顔で、こっちに向かって来た。
 カーリィーの膝の上にいる私は、徐々に近づいて来る彼女を見て「う゛っ……」と構えてしまった。

 だってさぁ、デュレインさんって無害そうな顔をしてんのに、なにをして来るのか全く予想できないんだもん。

 ビクビクしている私に構わず、デュレインさんは私を抱いているカーリィーの後ろにまで来ると、「失礼します」と言って私の左腕に手を伸ばして来た。
「うひっ?」
 次に何をされるのかとビビり過ぎて、変な声が出てしまう私。
 それを見たカーリィーが、
「あっ、今度は変な事すんなよ!」
 と、すかさず釘をさす。しかし――。
「変な事とは?」
「ん? ……そ、それはぁ……あれだよ」
「あれとは?」
「あれって言ったら、あれなんだよ。分かるだろ」
「分かりません。ハッキリ言っていただけませんか?」
「だ、だから……」
「だから?」
「……あぁー、もうっ! 何でもいいから、トールに変な事するなっ!」
「「……カーリィー」」
 うがーっと咆える、カーリィー。
 ルルとエドは、そんなカーリィーを見ながら呆れた様に溜息を吐いている。
 デュレインは肩を竦め、フッと笑う様にしてから「分かったわ」と、そう答えた。
 えっ、今一瞬……鼻で笑った?
 カーリィーは熱くなっていて気付いていないみたいだが、私はしかと見た!
 表情はあまり変わっていなかったが、彼女の目は――。

 カーリィーを小馬鹿にしている様にして見ていた!!

「そんなに心配しなくても大丈夫よ、カーリィー。だから、早くトオルさんをデュレインに見せてあげて」
「……分かったよ」
 リュシーさんに言われ、渋々と言った感じで椅子を引くと、カーリィーは私を離さずにデュレインさんに向き直る。
 対面した私に、デュレインさんは私の視線に合わせる様に跪く。そして、シミ一つないまっ白なエプロンのポケットに手を入れると――そこから三つの指輪を取り出した。
「これは紋様を隠すためのものです。この三つの指輪を、左手の人差し指と中指、そして小指に嵌めて下さい」
 渡された三つの指輪を、私は言われた通りに嵌める。
 私の指に収まった指輪を見たデュレインさんは、私の左手を掴みながら何かを呟き、目を閉じて――おもむろに指……って言うか、三つの指輪にキスをした。
「これで、今の所は大丈夫でしょう」
 伏せた瞼をゆっくり開き―睫毛に隠れた琥珀色の瞳が、何も言えずに固まっている私を映す。
 その瞳にしばし見とれていたのだが……視線を私の指に戻した彼女が、なぜか、徐々に手に近づいて来て――。

 パクリと私の中指を口に含んだ。

 …………………………。(一同沈黙)

 ほぎゃゃぁぁぁぁぁぁっ!?

 食われたぁ!? と彼女のお口の中に消えた自分の中指を見詰める私。
 リュシーさん達もギョッと目を見開き、デュレインさんのまさかの行動に息を呑んだ。
 多分、その心は『何しちゃってんのあんた』だろう。
「変な事すんなっつったろーが!!」
 カーリィーは私をデュレインさんから離す様に、バッと椅子から立ち上がって数歩離れた。
 エドとルルと零が「あ゛ーっ!!」と言う絶叫もなんのその。デュレインは顔色一つ変えずに話し続ける。
「指輪に私の魔力を入れておきました。これを外さない限り、紋様が浮かび上がる事はありません」
「おい! 無視かよ!?」
 デュレインはカーリィーをサクッと無視。私に腕を見る様に催促する。
「あ、紋様が――」
 腕を見ると、中指から肘上まであったタトゥーみたいな紋様が消えていた。
 指を食べられかけたのも忘れ、おぉ! と腕を眺めていたら、「ですが……」とデュレインさんが口を開く。
「これは魔力を強制的に押さえるための『封環』ではありませんので、魔法を使う時は気をつけて下さい。一度に大量の魔力を使うと、紋様が浮かび上がってしまう危険があります。魔力をコントロールする訓練や魔法を使う時は、必ず私か、誓約印を持つ黒騎士を側に置いてからなさって下さい」
 いいですね? といつにない真剣な表情のデュレインさんに、私は「分かりました」と頷いた。
 それからも注意事項を話し続けるデュレインさんであったが、何で私の指を口に含んだのかは……話す気は全く無いらしい。



「見て見て透ちゃん! キングサイズのベッドがあるよぉ〜♪♪」
「あっ、こら! ベッドの上で飛び跳ねるなって!!」
 私はぴょんぴょんベッドで飛び跳ねる零を睨みつける。

 ――あの後、デュレインさんは零に紋様を隠す為のネックレスを渡し、私と同じような仕方(ネックレスにキスをした)で紋様を隠した。
 それを見た私は、少しほっとした。
 だって、私にした事を零にもしたっていう事は、決して変な趣味の持ち主ではないと言う事だからだ。
 …………多分。
 程なくしてリュシーさんが結界を解き、ぞろぞろと入って来たメイドさん達。彼女達が用意したメチャクチャ美味しい夕食とデザートを食べ、皆と話しながら楽しくゆったりとした時間を過ごしていた。
 夜の11時を少し過ぎた頃、リュシーさんは私と零に疲れただろうと言って、部屋を用意したからそこで休むようにと言ってくれた。
 お言葉に甘えた私達は、彼らに一言挨拶してから、デュレインさんに連れられて今の部屋に来たのだが――。
 広い寝室に入った零は、大人が5人並んで寝てもまだ余裕がありそうなベッドを見て、興奮した様にキャッキャと騒いでいた。
「それでは、私は戻ります。何かありましたら呼び鈴を鳴らして下さい」
 頭を下げ、部屋から出て行く彼女を見送ってから、私はベッドの端に腰を下ろした。
 ボーッとこれまで起きた事を考えていたら、

「なんか、ここが異世界なんて……実感がわかないよね」

 零がポツリとそう言った。
 首だけ回して後ろを振り向くと、手足を投げだして、大の字に寝ている零が目に入った。スカートの裾がかなり際どい所までずり上がっている。
 私はスカートを直してやってから、そうだねと相槌を打つ。
 ポツリポツリと今まであった出来事を話す零。それを私が「あーそうだったんだぁ」とか言いながら適当に聞き流していたのだが、不意に静かになった事に「あれ?」と思って後ろを向くと――。

 零は、のび太君もビックリな速さで寝ていた。

「はえーな、おい」
 子供の様な顔で眠る零の頭を撫でてから、風を引かない様に、零が足で蹴飛ばした羽毛布団を掛けてやった。
 暫く寝顔を見ていたが、1つ息を吐き出してベッドから離れると、ベランダがある窓の方へと歩いて行く。
 足音を立てない様に窓に近づき、窓の取っ手を掴んでそっと押してから外に出る。


「うっわぁー……」


 ベランダに出ると、そこは、まるでキラキラ光る宝石が散りばめられたかのような夜空が広がっていた。
「プラネタリウムの中にいるみたい」
 それ程綺麗な空だった。
 どれくらいの時間空を見ていただろうか。上を向き過ぎて首が痛くなってきた頃、横から誰かに声を掛けらる。
「眠れませんか?」
 視線を上から横にずらすと――そこには、リュシーさんがいた。
 どうやら、隣の部屋がリュシーさんの部屋らしい。リュシーさんは隣のベランダから私を見て笑っていた。
「そうなんですよ。さっき寝ちゃったからか、眠れなくて」
 肩を竦めてそう言うと、リュシーさんはクスクスと笑っていたが、「そう言えば……」と何かを思いついた様に口を開いた。
「トオルさんにまだ話していない事がありました」
「話していない事?」
「はい。実は――」

 私達以外に、この国には黒騎士があと2人いるんです。

 え? と驚いていると、リュシーさんは何故か溜息を吐いた。
「1人は、少し用事あって貴女に会う事が出来ないんですが、もう1人が……今、消息不明でして」
「消息不明……」
「何と言いますか……居場所が分からない者は私達と同じ誓約印を持つ者なんですが、『“あいつ”が戻って来るまで旅に出る』とか言って出て行ったきり、本当にどこに居るのか分からなくて……。どこかで私達黒騎士が動き出したと聞けば、直ぐに戻って来ると思います。その時は、トオルさんに紹介いたしたいと思っているのですが……何分、2人共個性がつ……豊かですからビックリすると思いますが、基本はいい人間なので会うのを楽しみにしていてください」

 今、個性が強いって、言おうとしてませんでした?

「……その人達に会うのが、今からとっても楽しみです」
 又変な人が増えるのか……という憂鬱な思いが混じった気持ちでそう言ったのだが、その言葉を聞いたリュシーさんはホッとした表情をした。
 それから2人で他愛のない話をしていたのだが、私は光り輝く夜空を見詰めながら、
「ねぇ、リュシーさん。ちょっとお願いがあるんですが……」
 私は先程から考えていた事を、リュシーさんが聞き入れてくれる事を願いながら口にする。
 

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