第5章 ギルド 06

 
 翌日。

 今日はリュシーさん達との勉強会が無い日だし、ギルドに行くなら今日っきゃない!
 と、言う事で――。
「「いってきまぁーす!」」
 朝食を食べ終え、デュレインさんの前で変なボロが出る前に急いで家を出た私達。
 家を出ると、晴れ渡る青空が目に入る。雲1つ無い快晴。

 就職日和なり。

 うーん。と伸びをして、隣にいる零に顔を向ける。そして――。
「……零」
「透ちゃん……」
 ガシッと2人で手を取り合い、

「「絶対受かるぞー!!」」

 えいっえいっおー! と、脱・ニート宣言をしつつ、勇み足で家を後にするのであった。



 ――所変わって商業街。

 家全体が傾いた怪しげな店。
 そう。あの、人を見れば威嚇ばかりしやがる、ブサ可愛いミュミュットを買った店の前を通った時、零がそう言えばと口を開く。
「ギルドって何処にあるの?」
「ん〜? もうすぐ着くよ。……ほら、あそこに人が沢山並んでるの見える?」
 ここより少し先に出来ている人の列に指を指しながら「あそこ」と教えると、視線をそこに合わせた零が「うわぁー……人が一杯いる」と呟いた。
 結構早めに家を出て来たのだが、ギルドの前にはざっと見ても30人以上の人が既に並んで待っていたのであった。
 そのまま並んでいる列にまで歩いて行くと、いかにも魔法使いの様なローブを着た人や、顔に傷が幾つもある厳つい傭兵みたいな人が大勢いた。
「透ちゃん! ちょっとあれ見てよ!」
 どうした? と思って、零が指さした方向。列の最後尾を見てみると――。
「おぉー……」
 昨日フィードから教えてもらった『エルゲード』――階級で言うと中級の獣人がそこにいた。
 確かに、獣人はそこら辺にいるとは言っていたが、今まで1度も会わなかったのに、何で話題に出るとこうも早く出会えるのか。不思議である。
「すんごぉーい! 初めて獣人を見たよ!」
 零がその獣人を見ながら興奮した様に指を指す。

 おいコラ、人(?)に向かって指を指すな。

 と思いつつも、私も興味本位でチラリと盗み見る。
 人間と同じ様な体つきをしているが、顔はまんま狼。人間と同じく服を着て靴を履き、腰には長い剣があった。身長は私でも見上げないといけない位かなり高い。細身だが、がっしりとした身体つきを見ると、『戦士』と言った感じだろうか。
 列に並ぶ為に更に近づき、最後尾にいる獣人の後ろに立ち、零と2人でジーッとその姿を観察(ガン見)する。


『透ちゃん、透ちゃん! この獣人さん、ちょー毛並み綺麗! 毎日欠かさずブラッシングしてんのかな?』
『してんじゃない? それより、シャンプーとボディーソープって使い分けてんのかな?』
『うーん。私的には、シャンプーとボディーソープ。さらに、洗顔料も別に使い分けていると見るわ』


 こそこそとそんな事を零と2人で話しつつ、青黒い毛並みの獣人を観察(ガン見)し続ける。
 獣人は、腕を組みながら目を瞑って微動だにせずそこに立っていた。が、耳がピクピク動いている。


『何て言うかさぁー。エル……エル……』
『……エルゲード?』
『そうそう! エルゲードを見てるとさ、あーファンタジーな世界にいるなぁって気がしない?』
『……まぁ、確かに』
『そして何より、触ってみたい♪』
『………………いや、無理っしょ』
 しかし、零の次の一言に私の心が揺り動かされる。
『ふわふわ。つやつや。さらっさら〜……ほらほらほらっ、透ちゃんもだんだん触りたくなってきたでしょ?』
『ふわふわの毛並み。触りたいな……って、いやいやいやいや! 見ず知らずの人(?)に、触らせて下さいなんて言えるか。あたしゃ痴女じゃないんだから!!』


 今はそんな事より、ギルドに入る事が先決! と言って、零の誘惑を遠ざける様に頭を強く振る。
 見ず知らずの人間に、「いやー、綺麗な毛並みしてますね。ちょっと、触らせてくれません?」と言われても、相手だって困るだろう。
 人が前に進むので、私達も足を進める。
 しかし、と、獣人をもう1度見やる。後ろ姿は人間と見分けがつかない。次に、組んでいる腕や手に視線を落とす。手は人間と同じ形で5本の指がある。が、毛に覆われていて、人の肌の様な所は1つも無い。
「おい、そこの坊主2人。お前ら、本気でここに入ろうと思ってんのか?」
 獣人をあれこれ観察していたら、かなり先に進んでいたらしく、目の前にはギルドの受付係が立っていた。
 あっと思った時には、青黒の毛並の獣人は、受付係の後ろにある扉を押して中に入って行ってしまった。

「おいコラ。人の話を聞いてんのか?」

 顔の半分に刺青を施した青年が、半眼でこちらを睨む。
 私と零は、ハッとした様に目の前に佇む青年に目を向ける。
「あぁ、すみません」
「もち、受けまっす!」
 私が頭を下げ、零がそう言うと、目の前にいる男は「そうか」と気の無い返事をすると、やる気の無さそうな感じでスッと右手を差し出して来た。
「……あの……?」
 差し出される右手の意味が分からず戸惑っていると、「握手」と言われた。
 何でもこの青年。他人と握手する事によって、その人の中にある魔力の量が分かるんだとか。
「ここは、確かに年齢性別問わず、強ければ入れる。が、1つだけ条件があるんだ」
「条件?」
「あぁ、魔力の量が低ければ……ここには入れない」
 その言葉に私達は、


「「あ、それなら全然OK!」」


 と、片手をフリフリ振って笑顔でそう答える。
 自分達の魔力など、感知する事も量がどれほどあるかも全く分からない。だけど、私達の魔法の練習を見ていたジークさんから「お前らの魔力は底無しだな……」との、お褒めの言葉を貰っているのだ。
 私は差し出された手をギュッと握りしめた。
 握りしめた瞬間――。
「んなっ!?」
 刺青君(勝手に命名)は細目をカッと見開き、握られた手を凝視。そして、私の顔を化け物でも見る様な目で見つめる。

 ……ちょっと、失礼じゃない?

 私と手を繋いだ状態で固まる刺青君に、「んじゃ、僕も〜」と言って、零は空いている彼の左手を握る。
「どえぇぇ!?」
 顎が外れるんじゃないかと思えるぐらい、口をポカーンと開ける刺青君。

「どう? 僕達、ここで雇ってもらえる?」

 右手を私と繋ぎ、左手を零と繋いだ状態で固まっている刺青君に、零が不敵に笑ってそう言うと――。
「もももも、もちろんだ! ちょ、ちょっと待ってろ」
 彼はそう言うと、パッと私達から手を離す。そして、懐からメモ帳を取り出し、ガリガリガリガリガリガリッ! と目にも止まらぬ速さで何かを書きだした。
 果たして、人が読める字が書けているのだろうか?
 そんな事を思っていると、青年は書き終わった紙をメモ帳からピッと剥がし、私達に差し出す。
「おい、これを持って中へ入れ。中に入ったら、モヒカンヘッドが居るから、そいつを見つけてそのメモを渡せ」
 私に渡したメモに指さしてそう言うと、私達の背中を押して「おら、さっさと行け」と、扉の中に突き飛ばした。



 ギルドの中に入った瞬間、今までのざわめきがピタリと止んだ。そして、部屋の中にいる数十人という人間の視線が一気に私達に注がれる。
 視線で体に穴が開くんじゃないかと思うぐらいの視線を、びしばしと感じる。
 部屋の中にいる人間の殆んどが30代〜40代の男性ばかりで、皆それぞれ屈強そうな身体つきをしており、戦い慣れしているのが見て取る。
「透ちゃん、受付の人が言ってたモヒカン。どこにいるのかな?」
「さあね。そんなに広くない部屋だから、探せば直ぐに見つかるんじゃない?」
 零の言葉に、肩を竦める様にして答え、部屋の中に1歩足を進める。
 普通、大勢――それも、人相がよろしくない様な人達に一心に注目されれば、恐怖や緊張のために足が竦んだりして平常心を保つ事が難しいだろう。が、私と零は幼い時から空手の大会や遠征試合等で大勢の人の前に出る等して、注目される事に慣れていた。
 それにプラスして、高校時代なんかはガラの悪い奴らからのヤジや挑発なんかも沢山あった。よって、こんな事で竦むような柔な心臓は持ち合わせていないのであった。
 私が2歩目の足を出そうとした時――。

「おいおい、坊主。ここはガキが来る所じゃねえぞ?」

 視線をチラリと右に向ける。
 身長は180p位の筋肉マッチョがいた。アメフト選手みたいな体格だ。顎も割れてるし。
「どうした? 怖くて返事も出来ないか?」
 壁に寄り掛かり、腕を組んでにやにや笑っている。唇の隙間から見える前歯が1本、金色だった。
「ほらほら、痛い目を見る前にお母さんの元にでも帰んな」
 その言葉に、今まで静寂が支配していた部屋がどっと沸く。
 その馬鹿にした態度と皆の反応に、零が何か言おうと口を開こうとしたのを、私は手を上げてそれを制した。そして、下ひた笑いをし続ける男に向き直る。
「ここは、子供でも雇ってくれると聞いたけど?」
 恐怖心も何も無く、至って普通に話しかけられるとは思ってもみなかったのだろう。筋肉マッチョは一瞬怪訝そうな顔をしたが、それもすぐににやけ顔に戻る。
「あぁ、確かにな。だが、強くなきゃいけない」
「知ってるよ」
「へぇー。それじゃあ……」
 筋肉マッチョは壁から背を離すと、腰に佩いていた剣の柄を握って鞘から素早く抜き取り――。


 右頬に軽い痛みが走る。そして、傷口からつっーっと流れる血の感触。


「透ちゃん!?」
 今起きた事柄と、私の顔に出来た傷を見て声を上げる零に「大丈夫」だと言って落ち着かせる。
 顔の傷を右手で拭って手に着いた血を見ていたら、
「ここに入れば、こんなもんじゃ済まされないんだぜ?」
 剣で肩をトントンと叩きながらそう言う筋肉マッチョ。
 その言葉に、私は大袈裟に肩を竦めてみせる。
「だから、そんなのは分かってるって」
 そして、もう1度筋肉マッチョに目を向ける。
「俺が剣を抜いても動けなかった奴が、そんな事を言うか」
「別に、動けなかったわけじゃないし」
「ほぉー……」
 やつの片方の眉がピクリと上がる。
 確かにこいつの剣さばきは早かった。剣を鞘から抜いた瞬間ちょっとヤバッとか思ったが、動けない速さでも無かった。

 でも、ハッキリ言って、剣を持たせたらカーリィーの方がもっと凄い。

 剣を持った人間に襲われた時の事を想定して、カーリィーと手合わせした事が何度かある。
 初めてカーリィーに襲われた時、手加減していたとはいえ、よく勝てたよな自分。って思えるぐらい強かった。剣筋なんか見えません。
 そんなカーリィーと何度も手合わせをしているのだ、筋肉マッチョの動きが遅く感じた位だ。まぁ、剣先が少しかすってしまったが。
 私の言葉に、筋肉マッチョの纏う雰囲気が少し変わる。おちょくる様なものから、棘のある鋭いものへと。
 ざわめきがまた止まる。
 視線だけ部屋の中へ向けると、皆、こちらを興味深そうに眺めているが、仲裁しよう等とは思ってもいないらしい。
 所詮他人事。弱い奴は、ここにはいらない。
 ま、そんなもんかと思っていると、視界の端で何かが動いた。
 誰だろうと思って見てみると、あの、青黒い毛並みの獣人だった。
 眉間に皺を寄せ、こちらにゆっくりと向かって来る。
「口先だけは、達者な奴なんだな」
 視線を戻すと――肩から剣を降ろし、ジッと私を見詰めるマッチョ(省略)。
 まるで獲物を狙う猛禽類の様な目を私に向ける。
 それに怯む事無く、私はニッコリ笑う。


「わた……ゴホン。俺は、売られた喧嘩は買うたちなんだ」


 顎に血が流れ、微かに痛む傷口を指しながらマッチョに宣言。
 まさかそんな反応が返って来るとは思っても見なかったのだろう。マッチョは目をパチクリさせ、へ? と間の抜けた様な声を上げる。
 そこへ出来た隙を私は見逃さなかった。
 スッと右手をマッチョに向けて一言。

「破(さ)けろ」

 マッチョの周りだけに鋭い風が巻き起こり、次に「ぎゃー!?」と言う悲鳴が響き渡る。
 その光景に、部屋の中の空気がギョッと引き攣る。
「もういっかなぁ〜?」
 私が手を下げると、風は瞬く間に消える。そして、目の前には――。

 パンツ一丁でそこに佇むマッチョが。

 軽く目を回しているのか、放心したようにそこに立っていた。
 奴の周りには今まで着ていた服がビリビリに千切れて落ちている。しかし、服や靴などといった物が千切れているのに、体にはかすり傷の1つも無い。
 それを見た周りの人達は息を飲む。
『おい、あいつ、今詠唱してなかったよな?』
『あぁ見た見た! 詠唱せずに魔法を使いやがった!!』
『詠唱破棄か……しかも、かなり強い魔力を放出してたな。……服だけをズタズタにして体には傷1つ無い』
『……魔力のコントロールも完璧ってわけか』
 そんなコソコソ話が耳に入る。
 私の口端がクッと上がる。
 人間、見た目で人を判断する。特にこう言った所では第一印象が大事だ。
 私達はこの世界ではどうも大人では無く子供に見られるので、ギルドに雇ってもらえたとしても、そこの中で認められるとは思っていなかった。
 だから、こういった展開は願ったり叶ったりだった。
 自分達には力があると――ここで働いていける力があると証明出来た。
 サンキュー、筋肉マッチョ!
 と、いまだ放心状態のマッチョに心の中で感謝をしていると――。


「ぶっ飛べ」


 零の冷え切った声が部屋中に響く。
 何がぶっ飛べ? と思って零の方に目を向けようとしたら、私の横を何かが凄い速さで通り過ぎた。
「ぐぎゃー!?」
 え? っと思った時には、マッチョは私達が入って来た扉を突き破り、外にぶっ飛んでいた。
「え、えぇぇ? 零!?」
 外に飛んで行って、空になっている樽に頭を突っ込んで伸びているマッチョと、そのマッチョを外にまでぶっ飛ばした零を交互に見る。
「透ちゃんを傷つけた罪は重い。そこで頭でも冷やしてろ」
 絶対零度の声音に、周りにいた人間が震え上がる。
 そんな時、

「おいコラー! 喧嘩はしてもいいが、物を壊すんじゃねぇー!!」

 人混みの中から、探し人がやって来た。
 小鼻に輪のピアスをしている、モヒカンヘッド。
 私は、「おいコラ、聞いてんのか!?」と凄むモヒカン君が、マッチョにした事を怒っているんじゃないと分かり、胸を撫で下ろす。そして、「はいこれ」と、刺青君から渡されたメモをモヒカン君に渡す。
「あん? 何だこりゃ。あー……なんだってんだよ…………って、なにぃ〜!?」
 やる気の無さそうな感じでメモの中身をフムフムと見ていたモヒカン君は、読み終わった直後、目をカッと見開き大声を上げた。
「おい。だれかミシェルとロズウェルドをここに呼べ!」
 その瞬間、ミシェルとロズウェルド!? と、人々が声を揃えて震えあがった。
『おいおいおいおいおい! ミシェルって言ったら、このギルドの第1階級の1人で、“笑う死神”だろ?』
『でもって、ロズウェルドって“冷酷なる悪魔”と言われる、第1階級の中で最強の人だって話だよな!?』
『あん? 俺はそのロズウェルドは最弱だって聞いた事があったぞ?』

 “ミシェル”に“ロズウェルド”

 その名を聞いて震えあがる人間が8割。後の2割がコソコソとした声で話し合っている。
 しかし、


 笑う死神に、最強最弱な冷酷な悪魔!?


 なんだそりゃ? と零と2人で顔を見合わせていたら――。
 部屋の中央から「ぎゃー!」とか「ぐげふっ!?」という悲鳴が上がリ、次に凛とした女性の声が聞こえた。


「なんだい? 人をこんなむさ苦しい場所に呼び出して」


 驚いて顔を向けると、部屋の中央――そこに立っていたのであろう、数人の男性を下敷きにして立っている2人の人物が目に入った。
 1人は、淡い金髪に褐色の肌。そして濃い緑色の瞳を持った隻腕の美女。
 もう1人は、透き通るような白い肌に、目を引く様な綺麗な青い瞳と、同色の長い髪を高い位置で結んでいる、これまた綺麗な顔をした男性がそこに立っていたのであった。
 

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