第6章 黒狼 02

 
「トオル、元に戻ったんだな……って、どうした? かなりやつれた顔をしているが……」
 ギルドに入って来た私(元の姿に戻った)を見たロズウェルドは、眉間に皺を寄せながらそう言って近づいて来た。
 そんな彼に、私は「そうかな?」と渇いた笑いを溢す。


 数時間前――ヴィンスに転移魔法で家の前まで送ってもらい、腕輪を貰って別れたまでは良かったのだが……その後が悲惨だった。
 何故かメチャクチャ怒っている(でも顔は笑っている)デュレインさんの膝の上に乗せられて、「知らない人に付いて行ってはいけません――と、習わなかったんですか?」と説教されていたのだ。
 それはもうこんこんと……。
 まぁ、それは私が悪かったので、「はい、すいません。もう絶対しません」と殊勝に謝って、なんとか許してもらった。
 んが! デュレインさんの怒りはそれだけでは収まらなかったらしい。
 彼女がボソッと「……確かに、子供には躾が大事ね」とか何とか言ったと思ったら、私に向かってそれはそれは見た事も無い様な光り輝く笑顔を見せてくれた。
 私には、その笑顔は背筋を凍らせるほど恐ろしいものに見えた。
 そして、彼女はこう言ったのだ。


「これから1ヶ月間、トオル様だけ食後のデザート禁止」


 その言葉に、私は「え゛っ!?」と固まる。
 デザート……禁止?
「やだぁーっ!」
 ブンブン頭を振って断固拒否!
 この世界に来て、酒飲みだけど甘い物が大好きな私が唯一の楽しみとしているモノ。それは、私をガッチリとホールドしているデュレインさんが作るデザートなのだ。


 それを、1ヶ月間も食べれないとな!?


「それだけは嫌ぁー!!」
「ふふふ。嫌がるからこそのお仕置きなんですよ」
「………………」
 何ていう奴だ! と思うも、デュレインさんには他の人達とは違って、子供の仕草が通じないのが痛い。
 ぐぅぅっと詰まっていると、
「どうしても食べたいですか?」
「食べたい」
「そうですか……では、1つだけ条件が」
「条件? ……それは?」
「それはですね――」


 今みたいに私の膝の上で、私がデザートをトオル様に食べさせるんです。


 又しても、この人はとんでも発言をし出した。
 それはあれか? 小さな子供……って言うより、大人が幼児にスプーンで食べさせるように、「大きな口を開けてぇ。はい、あ〜ん」と食べさせると言う事か?
 またまたぁ〜。そんな冗談信じませんよ! とデュレインさんを見上げるも、彼女の顔はマジであった。
「……………………えぇーっと。1ヶ月間我慢します」
 頭を下げてそう言うと、デュレインさんは「あら、残念」と言った。
 それから零達が下に降りて来るまで、デュレインさんによってもたらされる精神的苦痛を強いられていたのであった。


「まぁ、大した事が無いならいいんだが……げほ、げほごほげほっ、ごほ、げほ! ……っふぅー」
 一通り咳をし終わったロズウェルドに、私は「ありがと、ロズウェルド」と頭を下げた。
「急になんだ?」
「だって、昨日酔いつぶれた俺を、ロズウェルドが家まで運んでくれたんだろ?」
「あぁ」
「しかも、その時家にいたリュシー……えぇーっと、青銀色の髪を持った女性に、俺がここで働く許可を取ってくれたって聞いたから」
「……まぁ、かなり渋ってはいたが」
「いやぁ〜。実は、馬鹿正直にここを受けたいって言っても、リュシーさん達に絶対反対されるって分かってたから、内緒で受けに来たんだよね」
「………………」
 事後承諾する気満々でここに来たと言ったら、溜息を吐かれた。
「いいか、仕事をする時はなるべく俺から離れるなよ。それが、トオルがここで働く事を許す唯一つの条件なんだからな」
「うん。それは聞いてるよ」
 家を出る前、デュレインさんから聞いていた。

『いいですか、トオル様はロズウェルドから、レイさんはミシェルから絶対離れて行動してはいけません。それが、ギルドで働く事を許す条件です』

 そんなんで許してもらえるのなら、君が離れろと言っても絶対離れませんよ。
「もしトオルに何かあったら、ただじゃおかないって言ってたが…………あいつなら、本当に殺すつもりで攻撃して来るな」
「え? 誰が攻撃するって?」
 ボソボソと呟く声がよく聞こえず聞き返すと、何でも無いと言われた。
「……そろそろチッティの所にでも行くか」
 ロズウェルドはそう言うと、自分と私の周りに転移魔法を展開する。
 後でロズウェルドにやり方を教えてもらおうと思いながら、光に包まれて転移した先は、チィッティちゃんの執務室であった。
 執務室には、部屋の主であるチィッティちゃんとその隣にモヒカン頭のダンカン。彼らと対極に位置するようにして立っている、零とミシェルに――そして、あの青毛の獣人がいた。
「あの、君は誰ですかぁ〜?」
 ロズウェルドの後ろを歩きながら、皆がいる方へ歩いて行ったら、チィッティちゃんにそんな事を言われた。
 自分が昨日ロズウェルドのパートナーになった“あの”トオルですと言ったら、「えぇぇ!? ホントですかぁ?」と驚かれてしまった。
 それから1人で、あーだこーだ騒いでいたチィッティちゃんであったが、ロズウェルドに「煩い」と言って叩かれて漸く静かになった。
「うぉっほんっ! で、では、ロズウェルドさんとそのパートナーであるトール君。ミシェルさんとそのパートナーであるレイ君。そしてトーニャさんの5人に、これから宝石商――『アーガルディアーノ』の護衛の任務に就く事を命じます。――ダンカン」
「うぃっす!」
 チィッティの隣にいるダンカンが、私達1人1人に紫色の小さな石が付いた指輪を渡していく。
「なぁーに、この指輪は」
「それは、今回護衛の依頼をしたアーガルディアーノの頭取が、護衛をして下さる皆さんへの前払い金みたいなものだと仰っていました」
「こんなちっちゃな石が付いただけの指輪が……前払い金?」
 人差し指と親指で指輪を摘まみながら、眉間に皺を寄せてそう言うミシェルに、
「ミシェルさん。その指輪……600ティティールするらしいですよ」
 と、ボソリとそう呟くと、ミシェルはぎょっと目を見開いた。
「ろ、600ティティール!?」
 その言葉に、私達もまじまじと小さな指輪を見詰める。

 600ティティール――日本円で言うと……約60万、位だろうか。

 まっさかぁ〜!? と疑いの眼差しを皆でチィッティちゃんに向けると――。
「『アーガルディアーノ』と言えば、ウェーゼン国で1、2を争う宝石商の名で有名です。でも、有名故に、盗賊やらなにやらに襲われる事がすごぉ〜く多いらしくて……。それで、盗賊に襲われ、宝石を全て奪われて損をするよりも、護衛にきっちり護ってもらって宝石を目的地にまで運ぶ方が断然お得。と、考えたらしく、きっちり護って貰う為に、前金として質のいい物を護衛に付く人達に渡すようにしているらしいですよぉ?」
 嘘だと思うなら、それ、私に下さぃ。と、手を差し出すチィッティに、サッと手を引く私達。
「…………現金ですね、皆さん」
 溜息を1つ吐いてから、私達に今からその指輪を付けるようにと言った。
「それは、皆さんに対しての『前金』でもある様なんですが、それを付けている人物が“ギルド”の『護衛』であるという印にもなるらしいんですぅ」
「ギルドの――って事は、他の所へも護衛の依頼をしたって言う事なのか?」
 腕を組んで、今まで黙って話を聞いてたロズウェルドが首を傾げる。
「いいえ、仕事として依頼を頼んだのは我がギルドだけですね。今回は、アーガルディアーノの保有する宝石の中でも最高ランクの宝石ばかりを運ぶらしく、自身で雇っている者達だけでは不安――との事らしいですよぉ?」
「成程な」
「と、言う訳なんで、皆さん。この依頼が終わるまで指輪は外さないで下さいね」
 では、お仕事頑張って来て下さぃ〜。と手を振ってギルドから送り出してくれたチィッティちゃんに手を振りつつ、私達はギルドから少し離れた場所にいる『アーガルディアーノ』と言う宝石商の人達が待つ所にまで、歩いて行った。




 てくてくと目的地までゆっくりと歩く私達。
「ねえねえ透ちゃん、異世界での初仕事。頑張ろうね!」
「うん。そうだね」
 先頭を歩くロズウェルドとミシェルは、これからの予定を書き記した紙を眺めながら何やら話しこんでいる。それから少し離れて私達2人がこれからの抱負を語りながら歩いていて、その後ろをあの獣人さんが歩いていた。
 私達は後ろにいる獣人をチラチラと見てから頷き合い――後ろにいる獣人に勇気を持って話しかけた。
「あ、あの! 俺、トオルって言います」
「僕はレイ!」

「「よろしく!」」

 声を揃える様にしてそう言うと、彼は一瞬きょとんとした顔をしてから破顔した。
「俺はトーニャ。見ての通り狼族の『エルゲード』だ」
 私達の頭に手を置いて、子供に接するように笑う彼を凄くいい人(?)だと思う私達。
 彼となら、これからも仲良くやっていけそうだ。
 そう思って2人でホクホクしていたのだ……んが! 彼の次の言葉に氷結する。


「こちらこそよろしく、異世界からやって来た少女達」
 

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