「うぅぅ……うえぇぇぇっぷ……」
ガタゴトと揺れる荷馬車の中で、吐き気を堪えるロズウェルドの声をサウンドに、私達はのどかな町並みを移動していた。
荷馬車を操るのは、艶めく青黒の毛並みを風に靡かせる獣人のトーニャ。
三角形の耳が、ピクピク前に動いたり後ろに動いたりしている。
面白い。つーか、触ってみたい。
「うぷっ!」
ミシェルは持っていた小さなバックを枕にして、長い脚を組みながら寝転がっていた。
スヤスヤと眠るミシェルを見て思う。
仰向けで寝ているのに、何であんなに胸がデカいんだろう。
お山の形がきちんと保たれている。
私が仰向けで寝ると、Cカップに近いBカップの胸が、重力の法則によってAカップ並みにまで小さくなってしまうのだ。
零と2人で、自分の胸を触りながらミシェルの胸を見て羨ましがっていた。
そしてそして――。
「うぅぇっ。ぅぅ……おぇぇぇっぷ!」
荷台の端っこで、吐き気を堪える様に口元を押さえて悶え苦しむロズウェルド。
車酔いならぬ荷馬車酔い。
いつもの白い肌が青白くなり、唇は紫っぽくなっている。目には涙が溜まり、うるうるうる。
初めはロズウェルドの背中を擦ってやったりしていたのだが、おぇおぇ言っているのを聞いている内に、こちらにまで吐き気が移りそうだった。
なので、私は彼の背を擦るのを止めて、少し離れた場所に零と2人で体育座りをしながら外の流れる景色を眺めていた。
視線を外から前に移すと、細身のトーニャの背中が見えた。
2頭の馬の手綱を操っている彼は、ピンと立てた耳を前に向けているが、ロズウェルドが「おぇぇぇ〜っ」と言うたびに耳が後ろにピクピクと動くのだ。
多分、彼なりにロズウェルドがこれ以上酔わない様に、気を使いながら馬を操っているのだろう。
優しいんだな、と思う。
そんな彼を零と2人で眺めながら、1時間前の出来事を思い出す。
『こちらこそよろしく、異世界からやって来た少女達』
二カッと笑いながら言われたトーニャの言葉に、私達は冷凍マグロみたいにピッキーンと固まってしまった。
なんで? どうして、私達が異世界人だと分かったんだ?? し、しかも、少女達って!?
いきなり自分達の素性を知られてしまっている事に驚く。
グルグルと頭の中で「なんでなんだぁ!?」と考えていると、目の前にいるトーニャは腕を組みながらしげしげと私達を眺めて来た。
「異世界人って言うからどんな奴なのか不思議に思っていたんだが……たいしてここの人間達と変わらないんだな」
ふむ。と1つ頷くと、トーニャは首を傾げた。
「しっかし、お前ら何で女の子なのに男の格好をしてるんだ?」
素朴な疑問だったらしい。
「え? あ……っと、それは、女よりも男って言った方がお金が多く貰えるから」
「ふぅーん。可愛い顔をしてるのに、勿体無いな」
さらりとそんな事を言われ、不覚にも私は顔が赤くなってしまった。
いつも男と間違われる私は、そんな事を言われ慣れていないのでちょっぴり嬉しかった。
まぁそんな事もあって、私達の心に少しの余裕が出来た。
「あの、トーニャ」
「何だ?」
「その、どうして俺達が異世界人だと分かったの?」
そう私が聞いた事に、トーニャはきょとんとした顔をした。あ、ちょと可愛い。
「どうしてって……昨日お前達がそう言っていたじゃないか」
「「は?」」
意味が分かりません。
私達が言っていた? いつ? どこでさ!?
「どこって、俺の後ろでずーっと喋ってただろ」
話していた内容を考えると、お前達がこの世界の住人じゃないんだと思ったんだ。と言われた。
その言葉に、又しても私達は固まる事になる。
確かに、確かに私達はトーニャの後ろでコソコソと話し合っていた。
だが、顔を近づけて耳元でコソコソと話していたのだから、前にいるトーニャには絶対聞こえなかったはずだ。
そんな考えが私達の顔に出ていたのだろう。トーニャはククッと笑う。
「お前達は本当に異世界人なんだな」
その言葉に、私と零は首を傾げる。どういった意味なんだろうと。
「俺は獣人だ。普通の人間には聞こえない小さな音も、俺の耳にはハッキリと聞こえる」
え゛っ? と私達は口元を引き攣らせる。
にやりとトーニャは笑う。
「お前達の話はバッチリ俺に聞こえてたよ」
マジでぇ!? と隣で驚く零。私の心境も同じです。
そんな時、前を歩いていたミシェルに声を掛けられた。
「レイ、トール君、それにトーニャ! なぁーにやってんのよ。ほら、さっさとこっちに来なさい」
声をした方に顔を向けると、右手を腰に当てて、立ち止まって話し合っている私達を待ち続けるミシェル。その隣には、質の良さそうな服を身に付けた青年と難しい顔をしながら話し合っているロズウェルドがいた。
「今行くぅ!」
零が声を大きくしてミシェルにそう言うと、「じゃ、じゃあ行こうか」と踵を返したので、
「そうだね」
と言って、その後を私も続いたのだが…………。
「ちなみに、俺は体全体を1つの石鹸で洗う。何種類も使う趣味は無い」
私達は1歩足を出した形で固まった。
そして、言われた意味の内容を頭で理解出来た瞬間――。
「「ごめんなさいぃぃ!!」」
ダッシュでトーニャから離れた。
私達は誓った。獣人の近くでは、内緒話はしないようにしようと。
ガタゴトガトゴト……と揺られながら、温かい風が頬を掠める。
私達5人が『アーガルディアーノ』に言われた待ち合わせ場所に行くと、そこには1人の青年しかおらず、事情があって依頼主達が一足先に目的地に向かって出発したと言う事を教えてくれた。
なので、私達は先に出発した依頼主を追い掛ける事になったのだ。
流石に、ロズウェルドでも5人もの人間を転移魔法を使って、遠く離れた場所にいる依頼主達の元へ一気に転移させる魔法は使わなかった。
そんな事をしたら死ぬ。と言われてしまった。
だから、移動手段としてロズウェルドが荷馬車を借りて来たのだが……。
顔を後ろに向けて、荷馬車を借りて来た本人を見やる。
「はぁ、はぁ、はぁっ……うぷっ」
酔いは悪くなる一方らしい。
ヤベッ、見てたら本格的にこっちまで酔ってきそうだ。
私は四つん這いになりながら、馬を操るトーニャの元に近寄って行く。その後ろを同じ様にして零もくっ付いて来る。
ソロソロと近寄りながら、御者台に座るトーニャの右に私が座り、左に零が座った。
私達に挟まれる様にして座る形となったトーニャは、どうした? と聞いてきた。
「ロズウェルドのおぇぇって言うのを聞いてたら、こっちまで酔いそうになってきた」
だからこっちに来たと言ったら、クスッと笑われた。
それから暫く、トーニャと3人で楽しく喋っていたのだが――。
「ようやく追い付いた様だな」
目を細めて前を見ているトーニャの言葉に、私達も倣って前を見るのだが、
「……え? どこ?」
キョロキョロと前方を見てみるも、何処に依頼主達がいるのか分からない。
そんな私達に、トーニャは「ほら、あそこ」と言って斜め前を指さした。
目を凝らしてよくよぉ〜く見てみると。
「あぁ〜……もしかして、あの黒くポチっと見える粒の事?」
遥か彼方に見える黒い点。自分達がいる場所からかなり離れている場所に、トーニャが指さす物が見えた。
「そう、それ。あっちは今止まって休憩しているみたいだから、多分このままの速度で行けば30分で合流できる」
その言葉に、私達は沈黙する。
どんだけ離れているか分からないが、遥か彼方にいる集団を彼は望遠鏡も使わずにハッキリと見えるらしい。
「……マサイ族より凄いな」
零の呟きに、私も深く頷いた。
獣人、奥が深し。