第6章 黒狼 10

 
「うひぃぃぃいいぃぃ」
「い゛だっ、い゛だだだだ」
「うぎゃぁーーーーー」
「ま、まままま待って……」
「ひぎゃぁぁぁぁぁ」
「ぎゃー、こっち来んなぁ!」
「痛い痛い痛い痛いっ!!」
「誰か助けてぇ〜」


 魅惑的な……ある意味、妖艶な微笑みを湛えたロズウェルドが馬車のドアを閉めた瞬間――野太い悲鳴が一斉に上がった。
 大の男の悲鳴。
 聞いてていいもんじゃあない。
 一体外で何が起きているのか分からないが、あのロズウェルドの顔を思い出すと、とても悲惨な事が起きている事だけは想像できた。
 多分、盗賊達でストレス発散――所謂、レキに負けた八つ当たりをしているのであろう。
 タイミングの悪い盗賊達である。
「ご主人様、心配はいりません。どんな外敵からも、このレキが、何があってもお守りします!」
 おっさんの悲鳴をこれ以上聞きたくない思いで、指で耳穴を塞いでいたら、レキがそんな事を言い出した。
 私が怯えていると思ったらしい。
「うん、ありがとね。頼りにしてるよ」
 こんな事で怯えたりしないが、レキの気遣いが嬉しかったので素直にお礼を言うと、「お任せ下さい!」と笑顔で頷かれた。


 なんて献身的な下僕くんなんだ。


 2人で主従関係の絆を深め合っていると、向かえ側に座っているレクサス君が「終わったんでしょうか?」と窓から外を眺めていた。
 そう言えば、おっさん達の悲鳴が聞こえない。
 ロズウェルドが外に出てまだ5分も経っていないのに、彼はもう片付けてしまったのだろうか?
 早いなぁ〜と思っていると、窓から外を眺めていたレクサス君が体を戻して、ふぅ〜っと息を吐いた。
「凄いですね。彼1人で、数十人といる盗賊達を瞬時に退治してしまいましたよ」
「ホントですね。ロズウェルドがあんなに出来るとは、俺もビックリ」
 しみじみとそう言うと、レクサス君は目を瞬いた。
「え? トール君は、ロズウェルドさんのパートナーなんだよね?」
「うん。だけど、俺がロズウェルドとパートナーを組んだのは昨日なんだ」
 だから、彼がどれほど凄い人物なのか良く分からないんだと言うと、レクサス君は「そうだったんですか」と頷いた。
 頷いた拍子に、飛び跳ねている髪の毛がぴょこぴょこ揺れた。
 そんな時、扉がトントンとノックされ、開いた扉の隙間からトーニャが顔を出した。
「お待たせ。もう危険は無いから外に出てもいいぞ」
 トーニャの言葉に頷くと、私達は馬車を降りた。
 降りて、目の前に広がる光景に唖然とする。
 何故なら――。


 数十人といる盗賊達が、氷漬けにされていたからだ。


 口元を布で覆われて頭をブンブン振り回しているのだが、爪先から首元までを氷で覆われている為、首から下はピクリとも動かせないらしい。
 むごー! ふごごごぉ〜!! と何やら呻いているが、何を言いたいのか良く分からない。
「ふっ……ちょろいな」
 馬車を降りてボケーッと眺めていたら、


 ツヤツヤ輝く青い髪を揺らし、スッキリとした顔をしたロズウェルドがこちらに歩いて来た。


 私の前に立ったロズウェルドは、溜まっていた何かを出し切った様な顔をしている。
 美人度3割増し。
「お疲れ。……これ、全部ロズウェルド1人でやったの?」
 目の前に広がる光景に指を指しながらそう聞くと、得意そうにそうだと言われた。

 お? ちょっとは機嫌が直ったか!?

「でもさ、何で首から下だけ?」
 疑問に思った事を聞くと、彼はこう答えた。
「全身氷で覆っても良かったんだが、それだと息が出来なくて死んじまうからな。しょうがないから首から上は抜かしてやったんだ」
「へぇー……でも、あれって溶けるの?」
「ん? あぁ、溶けるぞ。唯の氷だからな。連絡蝶で街の自警団に連絡を入れたら、30分後には此処に着くって言っていたから、その位の時間には溶けるだろう」
「そっか。でもさ、30分も氷で覆われてたら……凍傷になっちゃわない?」
 私が盗賊達の方を見てそう言うと、ロズウェルドはその形のいい唇の端を持ち上げた。
「凍傷になって体の一部が腐ろうが、使い物にならなくなろうが、別に知ったこっちゃないね。あいつらが、こちらに刃物を向けて殺すつもりで襲って来た時点で、本当なら殺されても文句は言えないんだ」
 だけど、心の広ぉ〜い俺は、奴らの命を取らないでやったんだ。感謝してほしい位だよ。と言われたが、どう答えたらいいのか分からなかった。



 それから程なくして、アーガルディアーノで雇っている護衛の人と状況確認を終えたらしいロズウェルド達が、何やら難しい顔をしながら戻って来た。
「どうしたの?」
 零がミシェルに声を掛けると、ミシェルが疲れた様に前髪を片手でかき上げた。
「思ってたより、よろしくない状況になったわ」
「どゆこと?」
 ミシェルは零の疑問に答える事無く、レクサス君に確認を取る。
「ねぇ、この荷物を今日中に運んでしまわなきゃならないのよね?」
「え? あ、はい」
 急に言われた質問に頭を振って答えるが、髪の毛もぴょこぴょこ揺れていて何か笑える。
「今日中に、ねぇ……」
 ミシェルやロズウェルド、それにトーニャが溜息を吐いた。
「あ、あの……どうされたんですか?」
 そんな疲れた様な顔をした3人を見たレクサス君はアタフタとした。
「どこから話が漏れたのかわからないんだけど、ああいった奴らがこれから行く先々で、ごまんと待ち構えているらしいのよ」
「え゛!? そ、それじゃあ時間が……」
「えぇ、あんな奴らの相手をしながらの移動だと、今日中に間に合わない可能性があるわね」
「そ、そんなぁ……」
 頭を抱えて蹲るレクサス君。
 どうやら、今運んでいる宝石を今日中に目的地に運ばなければ、これからの商売に支障をきたすらしい。
 ロズウェルド達が今日中に着ける様に、地図を見ながら色々話し合ったりしていたらしいのだが、これから行く先々で待ち構えているであろう盗賊達を蹴散らしながら進むには、いかに魔法や武術に秀でた彼らが相手であっても、時間が掛かる。
 どうしようか……と、その場に重い沈黙が落ちた時――。


「私がお連れしましょうか?」


 零の手を握りながら、話を聞いていたルヴィーがそう言った。
 全員の視線がルヴィーに集まる。
「ルヴィー?」
 零が自分より小さな少女を見ると、金色の瞳を輝かせたルヴィーが零に笑い掛ける。
「ご主人様、私に一言御命じ下さい。そうしたら、このルヴィーがお運びしますわ」
 首を傾げながらニッコリ笑うルヴィーに、零が「本当に!?」と聞くと、
「もちろんです!」
 と力強く頷いた。

「それじゃあ――私達を目的地まで連れてって、ルヴィー。お願い!」

『命令』ではない、零の『お願い』に、ルヴィーは微笑んだ。
「お任せ下さい、ご主人様」
 ルヴィーは、私達を洞窟からロズウェルド達の元に転移した時みたいに、指をパチンと鳴らした。
 すると、視界は瞬時に切り替わり、一瞬にして私達はその場から転移していた。
 

inserted by FC2 system