第7章 邂逅 11

 
 痛い痛い痛い痛いっ! 視線が痛いっ!!
 ビシバシと、冷たい視線が体に突き刺さる。
 ハーシェルの服を握りしめた態勢のまま、私は動くことが出来ない。
 それを見たレインの眼が、更に鋭くなる。
 怖っ!?


 僕のくせに……そんな目で主を見るなよ!


 タジタジになりつつ、ハーシェルが苦しんでいるから胸元を寛げてあげているだけだ、と説明をしようと口を開いた時――。
「あ、いたいた。――レイン、見失う所だったぞ?」

 極寒の風が吹く部屋の扉を開け、ジークが入ってきた。

 おぉ、良い所で来てくれました! とそちらに顔を向けて――首を傾げた。
「急に走るなよ、全く。――お、こんな所に居たのか、トオル」
「あ、うん。急に広間から離れちゃってゴメン。って、ジーク、その子は……」
「ん? あぁ、この子?」
 私はポカンとしながら、ジークが手を繋いでいる女の子を凝視する。
「急に人の前に現れて、トオルが飲んだ飲み物に毒が入っていた、って言うからさ……」
「は?」
 毒を……飲んだ?
 何時何処で? と首を傾げる私に、女の子――腰まであるふわふわの金髪と、大きなエメラルドブルーの瞳が特徴的な見た目6歳位の女の子が、1歩前に出る。
「おに、おにぃー……? あっ、お姉さんは、さっき広間でシュクリック酒を飲んだでしょ?」
「………………」
 今、「お兄さん」と言おうとして、胸を見て「お姉さん」と言い直しただろう。
 と、ツッコミたい気持ちをグッと我慢する。
 そして、やっぱりそうだと確信する。
 この、可愛い顔して失礼な事を言う人間は、1人しかいない。


 ――ルルだ。


 あーやっぱり、過去でもルルはこうなのね……。と思いながら、「シュクリック酒って何?」と聞けば、あの見た目トマトジュースの青りんごサワー味のお酒だと言われた。
 あぁ、アレね。まぁ、見た目と味が違い過ぎて、味覚が狂いそうになったけど、美味しかったよ。
 私がそう言えば、ルルは首を傾げながら「おかしいなぁ〜? あのシュクリック酒には、遅効性とはいえ、致死量の毒が入っていたのに……何でそんなにピンピンしてるの?」と首を傾げる。
「………………」
「………………」
「………………」
 部屋の中が別の意味でシンとした静けさに覆われ、ハーシェルの息遣いだけが聞こえる。
 ってか――。


「毒ぅ!?」

 私――ではなく、ジークが大声を上げた。
 その声で驚く機会を失った私に、ジークが駆け寄って来て「今直ぐ吐け!」と無茶を言う。
「いやいやいや、人間ポンプじゃないんだから、何十分も前に飲んだ飲み物を吐き出すなんて無理だから!」
「そんな事言っている場合じゃないだろ!?」
 眉間に皺を寄せ、人の顎を掴んだと思ったら――ジークは「さぁ、口を開け」と言いながら、人差し指と中指を揃えた指を口元に寄せて来た。


 おまっ、その指を人の口の中に突っ込む気か!?


 やめんかっ! とジークの額にチョップをかまし、距離を取る。
「何するんだトオル!」
「それはこっちのセリフ!」
「吐き出さなきゃ、死んでしま――」
「うぅん。吐いても、もう遅いから」
 焦るジークの言葉を遮った声が聞こえた方へ顔を向ければ……ルルがもう無理と首を振る。
「あのお酒の中に入れた毒……私が調合したモノだから、よく分かるの。でも、遅効性とはいえ、こんなに時間が経っていたら、普通ならもう痙攣を起こして呼吸停止状態になってるはずなんだけど……お姉さんを見ると、その様な兆候が起こる気配が見られないしぃ」


 お姉さん、どうして私が作った毒を摂取してもなお、普通に生きているのぉ?


 と言われても、どう答えていいのか分からない。
「いや……唯単に、ルルの見間違いじゃなくて?」
「それはないよ。だって、グラスに自分で毒を入れてから、そのままずぅ〜っとそのグラスを見てたんだもん」
「マジでか……」
「そんな……」
 ルルの言葉に絶句する私達。そんな時、近寄って来たレインが「解毒薬は?」とルルに聞くも、解毒薬を摂取するには時間が経ち過ぎているとルルは首を振る。
「間違いなく、お前が毒を入れた酒をトオルが飲んだんだな?」
「うん。間違いないよ」
 ルルはレインに頷き、「でも、変だなぁ〜」と首を傾げる。
「お姉さんが飲んだモノは、ルルがつい最近作ったばかりの新種の毒なのに、何でそんなにピンピンしていられるのかなぁ? 下で倒れているエルディオール王子の方が、よっぽど危険な状態だよね」
「あっ! ハーシェル!!」

 すっかりハーシェルの事を忘れていた。

「ちょっ! そんな事より、ハーシェルを助けてあげて!」
「……自分の事なのに、『そんな事』で済ませるんだ」
「煩いよ、ジーク」
 私はジークを一睨みすると、ルルに助けを求めた。
「ねぇ、ルル。お願い、ハーシェルを助けて!」
 ルルの右手を両手で取ってそう言うと、ジークが「何でそんな子供に助けを求める?」と聞いてきた。
 それくらいであれば、城に仕えている医師を呼べば良いではないかと言いたいのだ。
 でも、私は知っている。
「うぅん。どんなに高名な医者を呼んでも、ルルには敵わないよ。なんて言っても、ルルは――」

『オルディガ家の毒姫』だからね。

「は?」
「え?」
 私の言葉に、レインとジークが驚きの声を上げる。
 私は知っている。
 天使のように愛らしい顔で、隙さえあれば人の躰を使って新種の薬を使った実験をしたり、エドやカーリィーを使って変な事をしている、そんな女の子だが――ルルは暇さえあれば分厚い医学書(人体の構造本やら、何千種類とある薬の図鑑など、私が見てもよく分からない本)みたいな物を読んでいたりして、常に勉強をする事を惜しまない子なのだ。
 そんじょそこらの医者が束になっても、敵わない知識量を持っている。
「ルルなら……ハーシェルを治せるよね?」
 確信を持ってそう聞けば、ルルはきょとんとした顔で私を見る。
「……えっとぉ〜。いろいろお姉さんに聞きたいことがあるけど……王子様を見てみないと、助かるかどうかは分かんないよ?」
 ルルはそう言うと、ハーシェルの横に跪く。
 そして、胸の上に掌を乗せると目を瞑って集中する。
「――あ、そうなんだ」
 暫くすると、ルルが目を開けてなるほどねぇ〜と呟く。
「何か分かったの!?」
「うん。王子様は『色』を変える薬と、『魔力の質』を変える薬を併用して飲んでいるみたい」
「………………」

 色と……魔力の質?

 はて? と首を傾げる。
「……ん? どういう意味?」
「んとね……“この”王子様は、体の一部の色を変える魔法薬と、自分の魔力の質を変える魔法薬と……あと、自我を抑える薬を併用しているみたいなの。この中で1番危険なのが、魔力の質を変える魔法薬で、他の薬と一緒に飲むと呼吸困難になったり、手足の痺れ、極度の疲労感が襲ってくる副作用が出てくるの」
「それじゃあ、今のハーシェルは、その薬の副作用が出ているって事?」
「うん、そう」
 ふわふわの金髪を揺らしてそうだと頷くルルに、私は治す方法が無いのか聞くも――薬を飲むのを止めなければ無理だと言った。
「ん〜……見たところ、“この”王子様は長年に渡ってこの薬を飲み続けているみたいなの。多分、体が限界に近付いているんだと思う」
「体が限界って……それって……」
「うん。飲むのを止めなければ、そのうち死んじゃうね、“この”王子様は」
「そんなぁ……」
 ルルの言葉に絶句する私。
 そんな私を見ながら、レインが「やっぱり、この王子は『影の者』か」と呟いた。
「……影の者?」
「あぁ、こいつは多分……エルディオールの身が危険だと思われる時にだけ表舞台に出る――エルディオールの身代わりだ」
 身代わり……影武者みたいなものだろうか?
「だとすると、そいつの心臓の部分に誓約印が刻まれているはず」
「あっ! あったよ、それ!」
 先程ハーシェルの胸元を広げた時に見ましたとも! そしてめっちゃ驚いたけどな!
「じゃあ、決定的だな。そいつはエルディオールの『影』だ」
 レインはそう言うと、ハーシェルはハーシェルの主の命令で『色』と『魔力の質』を変える薬を飲んでいるはずだから、そいつから開放されない限り、薬を飲み続けることになるだろうと言った。
「なにか解決策は?」
「ないよ、お姉さん。1度契約してしまえば、その人が死なない限り、誓約印は消えることがないんだもん」
「………………」
 私はレインとルルの話を聞きながら、眉間に皺を寄せて考える。
 私が『未来』で知っているハーシェルは、胸では無く腕――手首に『仮の誓約印』があった。
 では、私の目の前にいる『過去』のハーシェルは、何故、『本物の誓約印』が心臓の部分に刻まれているのか。
 そこで、ふと、私はある事を思いついた。
 それは――。


 ハーシェルって……1度だけ死んだ事があるのでは?


 と、いうものであった。
「……まっさかぁ〜! …………いやいやいや、でも、有り得ない話じゃないよね?」
 有り得ないことと思いつつも、このファンタジーな世界じゃ有り得ないことも有り得ると思えてしまう。
「あっ! そうだ!!」
『1度死ぬ』と言う言葉で、あるモノを持っていることを思い出した。
「そうだそうだ、そうだったぁ〜♪」
 私はレキをもう1度呼びつけると、『アレ』(ついでにドレスも)を持って来るように頼んだ。
 直ぐに頼んだものを持って来てくれたレキにお礼を言い、レキの帰りを笑顔で見送る。

「フッフッフ〜。見よ! これを!」

 リュシーさんに変身して新しいドレスに着替えた私は、不思議そうな顔をした3人に、未来から持って来た魔法薬を見せつけた。
「……何それ」
「飴?」
「魔法薬ぅ!」
 流石ルル、遠い未来で自分が作ったモノだと分かるはずも無いが、一目で『コレ』が魔法薬だと分かったらしい。
「そっ、これは魔法薬。――でも、ただの魔法薬じゃないんだなぁ〜」
 私はそう言うと、分けてもらった紫色の魔法薬を小瓶の中から3粒取り出すと――。


 ハーシェルの口を無理やりこじ開け、魔法薬をポイっと入れた。


 バタバタと手と足を動かすハーシェルに構わず、片手で口を抑えてもう片方の手で鼻を摘む。
「むぐぅ〜っ! むがががぁー!?」
「こら! ハーシェル、ちゃんと飲み込みなさい!」
「むがっ、むごぉ……ごくっ……」
「いよっし!」
 喉が動いて薬を飲んだのを見届けても、私は口から手を離さなかった。
 暫く経つと、ハーシェルの瞼が閉じられ、呼吸も穏やかなものになってくる。
 手を離し、首元に指を当てて脈を測ると――。

 トクン、トクン、トクン……トクン……トク……ン…………トク…………ン…………。

 完璧に、ハーシェルの脈が止まる。
 おぉ、説明通りだ!
 本当に死んだ訳ではないが、これで、ハーシェルは『死んだ』事になる。
 私はハーシェルの胸元の服を更に広げると、ジィーっと誓約印を見詰める。
 すると――。
「………………おぉっ!?」
 すぅ〜っと、心臓部分にある誓約印が薄れていき、最後には跡形も無く綺麗に消えたのであった。
「やったぁ〜! 消えたぁー…………あぁ?」
 ハーシェルの胸元を見ながら歓喜の声を上げ、万歳をした所で――。



 レインとジークとルルの3人が、まるで痛い人間を見るような目で私を見ていた。
 

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