1階に下りて直ぐに、私はリュシーとジークを転移魔法で王城へ送り届けた。
「行ってらっしゃい」と声を掛けると、微笑みながら「行ってきます」と答えてくれたリュシー。
何事に関しても、喜怒哀楽といった表情が乏しかった彼女の、そんな表情が増えていく事に嬉しさが込み上げてくる。
リュシーとジークの姿が消えるのを見届けた後、私は早速次の問題(ハーシェル)を解決すべく、行動を起こそうとしたのだが……。
「――おい」
無機質な声が、私を呼ぶ。
はいはい、何ですかぁ〜?
振り向いて、その声の主を見れば。
レインが私……というより、私の肩と腰回りにピットりとくっ付いている子供&子狼に、冷めた目を向けていた。
2階から1階の客間に戻れば、人型から子狼の姿に変わったレキが、「ご主人様ぁ〜!」と叫びながら人の肩に転移魔法で乗っかって来た。
それから、猪突猛進の如く私の元に駆け寄って来た、ちびカーリィーとエドが、甘える様に私の腰回りにぴぃ〜ったりとくっ付いて来たのだ。
可愛い子狼と子供達に周りを囲まれた私は、顔の筋肉を緩めていた……のだが。
「トオルから離れろ、犬っころとガキ共」
キュッと眉間に皺を寄せながらボソッと呟いたレインに、直ぐ様レキが反応した。
「おい! オレは誇り高き狼族の『ヴァンデルッタ』だぞ! そ、それを犬っころだとぉ〜!?」
どこかの冷血毒舌メイドと似たような事を言いやがって! と犬歯をむき出しにして怒るレキ。
しかし、元の大きさなら兎も角、そのちっちゃな犬歯では全然怖くない。
レインはグルルルルと唸るレキにスィっと視線を向けると――フンッと鼻で笑った。
「自分の主の肩に乗っかっている奴なんざ、『犬』で十分だね」
「なっなっな……!」
右肩に乗っているレキが怒りでブルブルと震えている。
震える振動が肩に直に伝わってきて、こっちまで震えてしまう。
落ち着けとレキの背中を撫でていると、カーリィーが大きな声を上げながらレキを見上げる。
「えーっ! レキって、バ、バ、バン……なんだっけ?」
「ヴァンデルッタ、だよ」
突っかかるカーリィーに、エドが同じくレキを見上げながら助け舟を出している。
そこから、ちび達は「ヴァンデルッタだって、すげぇー!」と騒ぎ出し、レキとレインは言い争い(主にレキがぎゃーすか吠えている)をしていた。
ハッキリ言って、全然話が進まない。
「ちょっと、君達――黙りなさい」
人の周りで煩く騒ぐ彼らの言葉を、私は魔法で強制的に封じた。
「よし、これで静かになったな」
急に声が出なくなった事に驚く彼らを無視して、私は腰回りに纏わり付くちび達を引き摺りながら、ハーシェルの元へ向かう。
そんな私の後ろを、ムッツリとした顔のレインが付いて来る。
一気に無言になった室内。
ちょっと息苦しいと思うのは、私だけだろうか?
錘(おもり)が付いた両足を前に進ませ、何とかハーシェルの元に辿り着いた私は、先ず、首に手を置き脈を確かめた。
次に、手の平を鼻元に当てて、息をしているかいないかの確認。
最後に、胸に直接耳を当てて心音が聞こえるかどうかを確かめる。
「……ホントに聞こえないわ」
胸から顔を離した私は、うぅ〜ん、と唸る。
完璧に、心臓は止まっている。
息もしていない。
私は、向かい側でハーシェルの体をツンツン突っついているルルに目を向ける。
「ねぇ、ルル」
「なにぃ?」
「ルルにお願いがあるんだけど」
「お願い?」
顔を上げ、キョトンと首を傾げながら私を見詰める。
「そう。ハーシェルを元に戻して欲しいんだ」
「ん〜……でも、“コレ”は、ルルが全く知らない薬草や動物薬が何種類か使われてるみたいだから、直ぐには無理だよ?」
「え? あぁ、それは大丈夫」
こんな短時間に、もうそんな事が分かったのかと驚きつつ――ポケットの中に入れていた、解毒薬が入った小瓶を取り出した。
「実はこれ、“コレ”の解毒薬なの」
「えっ! 本当ぉ!?」
見して貸して触らせて、と言ってくるルルに、はいどうぞ、と小瓶を渡す。
小瓶を受け取ったルルは、栓を抜いてから中に入っていた解毒薬を一粒だけ取り出し、それを指ですり潰す。
それから、すり潰した解毒薬を舌先で少量舐め取った。
眉間に皺を寄せ、難しい顔をしてすり潰した薬を見詰めながら、何かを考えるルルを私達は固唾を飲んで見詰める。
「コレ、確かに解毒薬なんだろうけど……これだけじゃ、この人を完全に元に戻すことは出来無いよ?」
「えぇ、嘘!? コレだけで元に戻ると思ったから、使ったのに……」
そう、解毒薬もあるからと安心して、死んだような状態になっちゃう魔法薬を使ったんです。
どうしよう!?
ダラダラと、冷や汗が流れてくる。
もし、このままハーシェルが目覚めなかったらと、ぐるぐる考える。
ヤバい事になったと青褪める私をよそに、むぅーん、と悩んでいたルルは突如何かを思い出した様に、肩に掛けていた小さなポシェット(ウサちゃんの形をしている)の中から、大小様々な薬瓶を取り出した。
一体、そんな小さなポシェットの中にどれだけ入れていたんだ? と突っ込みたかったが、そこはあえてスルー。
「んん〜……これを入れて、これも入れて。あっ、これも必要かな」
空瓶の中に、渡した解毒薬を1粒入れ、その中にルルが持っていた(常時、何らかの薬物を携帯しているらしい)薬やら液体やらを入れて、ブツブツと呪文を唱える。
瓶を振りながら呪文を唱えて様子を見、また瓶を振りながら呪文を唱えて様子を見る。
それを、7回以上繰り返した時――。
「出来たぁ〜!」
ルルがキラキラした顔で、私に今まで振っていた小瓶を差し出してきた。
小瓶の中では、
綺麗なピンク色の液体が揺れていた。
ルルが手を加えた(作ったのも含め)魔法薬にしては、今までの中で1番綺麗な色である。
これはもしや……解毒薬が完成したんですか? と聞けば、そうだと頷かれる。
「これを飲めば、体の中に溜まっている魔法薬や他の薬物も中和されて、元に戻ると思うよぉ♪」
「ホント!? ありがとう、ルル!」
腕を伸ばし、柔らかそうな金髪の頭を撫でながら感謝の言葉を述べれば、ルルは擽った(くすぐった)そうに笑う。
「あのね、でもね? ちょっとした問題があるの」
「問題?」
「うん。今この人は、自分の意志で体を動かす事が出来無い状態にあるんだけど……薬を飲み込めなくて溢すといけないからぁ……」
「から?」
急に口ごもるルルに首を傾げながら先を促せば、ほんのりと頬を染めたルルがこう言った。
「口移しで飲ませるのぉ」
「ぶっ……! くっ、口移しぃ!?」
「うん」
ルルは驚く私の手を掴むと、そこにポンと解毒薬が入った小瓶を置く。
やっぱり私がやらなきゃいかんのか!?
口元が引き攣り、「んな事出来るかー!」と叫びそうになったが、踏み止まる。
そう、元はと言えば、魔法薬の正しい知識もなく、ハーシェルに無闇に魔法薬を飲ませたのが原因だ。
その責任は、取らねばなるまい。
これは人ひとりの命が関わっているんだ。
人工呼吸もどき――とでも思えばいいさ!
「分か――っ!?」
腹を括り、頷き掛けた瞬間。
背後にいる人物と、右肩に乗っかっている子狼から、強烈な殺気が立ち上がる。
全身に、鳥肌がぞわわわわぁ〜って立った。
あまりの殺気に、魔法薬を落としそうになって慌てる私。
落としそうになった小瓶を胸元に引き寄せ、ふぅ〜っと息を吐き出していると、
「トール、『くちうつし』って何?」
「何?」
エドが不思議そうに『口移し』とは何かと聞いてくる。
どうやら、口移しで飲ませなきゃならない、と言う言葉に動揺し、口封じの魔法が解けてしまったらしい。
「…………えぇ〜っと」
両脇では、興味津々な瞳で人の事を見詰めてくるちび達。
背後と右肩には、背筋も凍るような殺気を発し続ける僕(しもべ)と下僕君。
そんな人達に周囲を囲まれた私は、下手に動く事も出来ず……暫し固まっていたのであった。