第7章 邂逅 29

 
 抱き付かれた時、ドスンっと腹に衝撃が走りフラつくが、何とか踏みとどまった。
「透ちゃん、透ちゃん、透ちゃん! 会いたかったよぉ〜」
「う……ぐほっ、いっててて……零?」
 あちこちに飛び跳ねている髪を撫で付けてやりながら、人の胸にぐりぐりと頭を擦りつけてくる零の体を離し───ぎょっと目を見開く。


「ちょ、ちょっと零、あんた何で血だらけなのよっ!?」


 久しぶりに会ったにも関わらず、服の至る所や、腕の中にある布で包まれた物体までもが、真っ赤な血で濡れていたからであった。
 過去に飛ばされていた間、私と零は連絡蝶やらレキとルヴィーによる意思伝達で、それぞれの状況は逐一報告し合っていたのでそれなりにわかっていたのだが……。
「怪我、怪我は大丈夫なのっ!? 治さなきゃ!」
 一瞬呆然としていたのだが、ハタと気付き、零の肩を掴んだまま腰を落として体を点検する。
 腕に抱える変な物体は見ないようにしながら、零の体の周りをぐるりと回る。
 しかし、零の体……と言うか服には血の跡以外、破れていたり外傷も何もなかったのであった。
 あら? と思いながらぺたぺたと零の体を触っていたら、
「あ、透ちゃん違うの! これ、私の血じゃないし、怪我なんてひとっつもしてないから!」
「え? ……そうなの? ってか、そしたらこの血はどうしたのさ」
 零の正面に回り、手や顔にまで血が付いているという尋常じゃない状態を問い詰めたら、何故か視線を左右にウヨウヨと漂わせた。
 それを見た私は、眉間に皺を寄せる。


 コイツ……何かヤマシイ事を仕出かしやがったな。


 そう、零は何か失敗やら怒られるような事を仕出かして問い詰められると、視線を左右にウヨウヨさせる癖があるのだ。
「……零? 一体何をしたのかなぁ? ん?」
 私が優しぃ〜くそう問い正せば、更にキョドる。
「いや、えっとぉ〜、あのぉ〜……その〜」
「はっきり言いなよ?」
「うぅ……っ、はい」
 零は項垂れると、ボソボソと呟きだした。
「そのね? 前に連絡蝶で透ちゃんに言ってた様に、私が飛ばされていたゼイファー国の王城に、なぜかミシェルが白騎士としていたんだけど……そのミシェルと、元の時代に黒騎士になってくれていたギィースとスタンとシェイスの4人で私が作った魔法薬の実験を手伝ってもらってたの」
「ふんふん」
「んで、それぞれ1人ずつに作りかけの魔法薬を混ぜてもらってたんだけど……」
「だけど?」
 零は何かを思い出したのか、ブルリと1度震え、抱えていた包をぎゅっと力を入れて抱きしめた。
「ミシェルが混ぜてくれてた魔法薬なんだけど、その魔法薬の元になる薬の容量をちょっと……多めにいれちゃったみたいで私。ミシェルにお願いしてその場を離れて直ぐにフラスコの中に入っている魔法薬が眩しく光って───爆発したの」
「えっ!? ミシェルは? ミシェルはどうなったの!?」
「うん……急いで駆けつけたんだけど、ミシェルの左腕が吹き飛んでた状態で、意識も朦朧としてて危険だった」

 サラリと言われる内容に絶句する。

「ちょっ、それじゃ……」
「あ、でもね? その場で急いで痛みを消す魔法と、切断された部分に若干の治癒と時間凍結魔法を掛けたから大丈夫。血が多く流れて危険な状態だったんだけど、ギィースに誓約印を施した方が助かる確率が高くなるからって言われたから、ミシェルに確認取らずに誓約印を刻んじゃった。でも、誓約印を心臓の位置に刻んだら状態も安定してきてもう大丈夫だったよ」
「そっかぁ〜、よかったぁ」
 零のその言葉にホッと息をつく私であったが、ふと、零が持っている“モノ”が異様に気になった。


 あちこち血塗れた状態になっている零が、血が滲んでいる布に包まれた『ブツ』を持っている───これすなわち……。


 口元が引き攣りながら、私は零が持っているモノを指差した。
「もしか……しなくても、それって……」
 恐る恐ると言った感じに聞いた私に対して、零はに爽やかな顔してこう言った。


「うん、ミシェルの吹っ飛んだ腕だよ」


 んっ、のぉぉぉぉぉおぉぉおぉ!
 ズザザザザッ! ってな音がしそうなくらいな勢いで零から離れる。
「透ちゃん?」
「待てっ! ちょっと待て零!!」
「え、えぇ? どしたの??」
「ぎゃぁー!? だからちょっとこっちに来ないでよぉ」


 血塗れの生腕なんぞ怖すぎる!


 私が涙目でそう言えば、零はきょとんとした顔で、「あのね? 時間が経つとくっ付け難くなるから、この腕自体に時間凍結の魔法を掛けてるから大丈夫だよ」と言いやがった。
 いや、何が大丈夫なのか意味分かんないからっ!
「だってぇ〜、何処に飛んでいったのか分からなかった腕を探すのに時間が掛かるから、その前にミシェルに誓約印を刻んじゃって、その後に瓦礫の中に埋もれていた腕を漸く探し出せた時に、急にあの魔方陣が足元に浮かんできちゃってさぁ」
「……それ、どうすんの?」
「ん? 切断面を魔法で綺麗にして時間凍結の魔法も掛けてるから、ミシェルに会ったらくっ付けるよ」
 いやぁ〜、現代の科学でもってもこんな事できないよ。魔法って凄いよね、と言う零。
 私は零みたいに血を見慣れた看護師じゃないし、そんなスプラッタなのはホント無理です。
 尚も顔を引き攣らせる私を見た零は、しょうがないなぁ〜と言いながら、布に包まれた腕に魔法を掛けて小さくすると、毛糸のボンボンが付いた黒のヒップバックの中にソレをポイッと入れた。
「ほ〜ら、これで怖くないでしょ?」
「あー……うん、そうだね」
 ミシェルの腕だからと大事そうに抱えていたわりには、適当にポイッとヒップバッグの中に入れた零に「もうちょっと丁寧に入れた方がいいんじゃねーの?」と突っ込みたかったが、何とか堪えたのであった。




 魔法で洋服を綺麗にした零と共に、手を繋ぎながら森の中を歩く。
 長い棒の様な枝を杖にしながら、足元を確認しながら進んでゆく私達は……途方に暮れていた。
「ねぇー透ちゃん」
「ん〜?」
 この森を彷徨いだしてから1時間程経った後、零が口を開いた。
「ここ、どこなんだろうね?」
「さあねぇ」
「ルヴィーを呼んでも来ないんだよね」
「あぁ、私もレキを何度も呼んでみたけど来なかったわ」
「…………もしかして」
「うん、さっきまでいた過去よりは……微妙に進んでるかもしれないけど、まだ過去にいるのかもね。じゃなければ、あの子達が呼んでも来ないはずがないし」
 私が肩を竦めてそう言うと、零がウヘェ〜っと言いながら舌を出していた。
「私達、いつになったら戻れるのかなぁ」
「いつだろうねぇ……って、ん?」
「なんだろ?」
 あの魔方陣が小さかったのが原因かと私が考えていると、私達がいる所から結構離れた場所で、ドドーンッと、攻撃魔法同士のぶつかり合う音が聞こえて来た。
 零と一緒に顔を上げて音が聞こえて来た方をジーッと見ていると。
 音がした上空に、『黒い稲妻』が立ち上った。
 それを見て驚いていた私達の視界の端に、もう1つ、逆方向から『黒い竜巻』が発生した。
『黒い竜巻』は凄い速さで移動すると、『黒い稲妻』と重なり───。

 稲妻を纏った巨大な竜巻が出来上がった。

 稲妻を纏った『黒い竜巻』は、不規則な動きをしながら辺り周辺を薙ぎ払う。
 すると、微かにだが人が上げる悲鳴が聞こえて来た。
「……あれって」
「うん、間違いないよ」
 私の言葉に同意するように頷く零。
 そう、私達は何となくあの稲妻を纏った『黒い竜巻』を創り出した人物が分かったのだ。
「レキ!」
「ルヴィー!」
 私達は繋いでいた手を離すと、全速力で彼らがいるであろう場所へと走って行ったのであった。




 戦闘が繰り広げられていたであろう場所に辿り着くと、そこにはズタボロになったおっさん達がいた。
 皆、大小それぞれの怪我をしてはいるが、命に別状はなさそうであった。
 それを見た私達は別にこのまま放っておいても大丈夫、と満場一致(2人しかいないけど)で意見が纏まった。
 助けてくれぇ〜と言うおっさん達を跨ぎながら先へ進む。
 辺りに散らばるおっさん達が持っていたであろう道具や魔法具を見て、私達は眉間に皺を寄せていた。
「透ちゃん、アイツらってさ……」
 少し離れてから私に声を掛けてきた零に私はうんと頷く。


「獣人狩りの人間だよ」


 結構前に、ロズウェルドに聞いたことがあった。
 まだ力が弱い獣人の子供を狩って生け捕りにし、『高額な商品』として売り捌く組織があると。
 特に階級が上に行けば行くほど捕獲するのは難しいが、売り買いする金額が跳ね上がるため、一向に無くならないのだ。
 獣人の───しかも、階級が1番高い『ヴァンデルッタ』の獣人の子供は、攻撃魔法や防御魔法が他の獣人の子供と桁違いに高いらしいんだけど……親離れが早くて、まだ魔力のコントロールも充分に出来ないからとっても狙われやすいとも言っていた。
 そんな事を思い出していた私は、もしここに陽子がいたら「動物虐待する奴は許すまじっ!」と言って怒っていただろうな、と思いながら、『黒い竜巻』が消えた方向へと走った。
「───見つけた」
 頭に猫耳、お尻に尻尾を生やした零が、鼻をくんくんと動かしながら岩と岩が重なり合った所にある洞窟の中を覗きながらそう言った。
 零が頭を低くしながら、突き出す岩肌を避けて洞窟内へと進んで行く。
 私は零の後を歩きながら、零が進みやすいように前方方向へ魔法で光球を創り出して放つ。
 ふんふんと鼻を鳴らしながら、零は枝分かれする進路を的確に進んで行く。
 洞窟の入り口からかなり進んだ時───。

 不意に、辺りの空気が重くなった。

 ズシッと肩が重くなり、息苦しくなる。
「透ちゃ───」
「零、危ないっ!」
 耳と尻尾を消した零が緊張した様に声を掛けてきた瞬間、私は零の腕を引いて横に倒れた。
 すると、今まで私達がいた場所に、地面から数十本以上あるのではないかと思われる黒くて鋭い槍みたいな物が勢い良く突き出て来て、天井に突き刺さった。
 パラパラと天井の岩の粉が落ちてくる。
 私達は腹筋を使って一気に起き上がると、自分達の周りに防御魔法を4重にして掛けた。
 その途端、一斉に私達に向かって放たれる魔法攻撃。
 私達はその場を動かず、攻撃が止むのを待つだけであった。
 どの位攻撃されていたのか分からないが、魔力が尽きてきたのか漸く攻撃が止んだ。
 辺り一面に舞っていた砂埃が落ち着いて来きて、ふと、自分の周りに貼っていた結界魔法を見てギョッとする。
「……あっぶなかったぁ」
 厳重に4重にもして掛けた結界が残り1枚になっていたからだ。
 しかも、最後の1枚も若干ヒビが入ってるし。
 危ない危ないと胸に手を当てながらホッとしていると、前方から唸り声が聞こえて来た。
 ズズズ……ジャリ。ズズズ……ジャリ。と、何かを引き摺る音がした。
 零が手を振り、舞っていて視界が悪い砂埃を魔法で消した。
 すると、そこから現れてきた彼らに、私と零は息を飲んだ。



 至る所に傷を負い、獰猛な唸り声を上げながら威嚇するレキとルヴィーがいたからだ。
 

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