第8章 探し人 02

 
 ベッドの上で大きめなクッションに背を凭れさせながら、目の前に差し出される甘いミルク粥を乗せた小さなスプーンに、あ〜んっ。と口を開ける。
 パクリと食べ、口の中に広がる甘い匂いを堪能しながら飲み込むと、直ぐ様目の前にスプーンが差し出される。
 それを口に含み、飲み込み、スプーンが差し出されるを何度か繰り返していると、お皿に入っていたミルク粥が無くなったのか、横からスプーンを持っていた人物とは違う手が伸びて来て、口周りに付いていたミルクを綺麗な布で拭いてくれた。
 すかさず逆方向から違う手が伸びてきたかと思うと、お水が入ったコップを目の前に持ってきてストローを私の口に当てた。
 それに口付け、ちゅるるるるーっと音を立たせながら水を飲めば、もう一度口元を拭かれる。
 大量に水を飲み込んだことにより盛大なゲップをしたくなるが、周りに人がいるためグッと我慢。
 ゲップの代わりに鼻からグフフッと空気が漏れたような音がしたが、気にしない。と言うか、気にしない様にした。
 お腹も満腹になったし、喉も潤ったし、私はふぅっと息を吐きつつ、ベッドの周辺にいる人達にここ2〜3日毎っ回毎っ回言い続けている事を、今回も口にする。


「あのさぁ……別に重病人ってな訳でもないんだから、食事くらい1人で食べれるんだけど」


 毛布をお腹の所まで引き上げられ、ポンポンと叩かれるのを見ながら私は溜息を吐く。
 しかし、私の回りにいる人達───黒騎士達はそれはそれは晴れやかな笑顔で「ダメ」と言いやがりました。
「私達が何十年、この時を待ち続けていたと思ってるの? これくらいの世話、焼かせてくれてもいいと思うけど?」
 頬に掛かった髪を、細くて長い指で持ち上げられて耳に掛けられる。
 顔を上げれば、黒い眼帯を取り外したリュシーが、その色の違う瞳で私を優しく見詰めていた。
「私達は貴女の為だけにいる騎士なのだから」
「だからと言って……これはないでしょぉ」
 今私に犬の耳と尻尾が付いていたのなら、確実に耳は伏せられ尻尾も垂れていたことであろう。



 ───遡ること約1週間程前。

 過去から帰って来て、「ただいまっ、皆!」と黒騎士の服を着た皆の所へ駈け出した───までは良かった。
 何故か足を一歩踏み出した瞬間、強烈な目眩が襲って来て、私と零は同時にその場でぶっ倒れていたのだ。
 ぎゃー、とか、わぁー、とか色んな叫び声が聞こえてきたが、回る世界の中で何とか目を擦りながら横を見れば、不思議な光景が目に入って来ていた。
「…………零が……ちっちゃくなってる」
 ぐるんぐるん回る視界のせいでおぇっと吐きたくなるのを何とか我慢しながら、ズリズリと歩伏前進して零の元へ行けば、ちっちゃく───まるで私が魔力切れで縮んだ時と同じ位の子供の姿になっていた。
 私とは違い、伸縮自在の魔法服では無いのでぶかぶかになった服に埋もれるようにして目を回している。
 何がどうなっているのか分からず、必死になって零に手を伸ばせして、ハタと気付く。
 零に伸ばされている自分の腕が、嫌に短いのが歪んだ視界でも良く分かった。
 そう、何故か過去から現在に戻った瞬間から、私と零の体が縮んでいたのだ。
 どうしてこうなったのかと考えるよりも、回る視界に吐き気が増してくる。
「……うぅぅ……ぎぼぢわ───おぶふぅっ!?」
 口元を抑えて吐き気を堪えているのに、どこのどいつだか分からんが、人の腹に腕を回してそのまま抱き上げてくれたのだ。


 腹を圧迫され、先程まで飲み食いしていた胃の中身をリバースしなかった私を褒めてやりたい!


 喉の半分以上にまで色んなモノが込み上げているのを何とか飲み込みながら涙目になっていると……腹に回っていた両腕が移動し、片腕は私のお尻の下に置かれてその腕の上に乗る形になる。
 不安定な体勢に反射的に手を伸ばせば、サラリとした何かをギュッと握ってしまった。
「───っ」
 頭上で何かを堪えるような息が聞こえてきたが、背中に手を当てられる事によって不安定さが解消されてホッと一息つく。
 右手でサラサラとしたものを掴み、左手で誰かの胸元の服を掴んでいた私は、目を閉じながらその人の胸元に顔を埋めていた。
 目を閉じてても目眩で目が回っているのに、頭のてっぺんからサァーっと血の気が引いていく感覚がプラスされ、余りの具合の悪さに抱かれている人物の腕の中で体を丸めながら唸っていると、頭上でジークやロズウェルドにハーシェル、それに子供3人組が私の状態を心配そうに聞いていたりしている声が聞こえてきた。
 そんな時、額にひんやりとした手が当てられた。
「……凄い汗をかいているけど……熱は無いみたい」
 額に浮かんだ冷や汗で張り付いた前髪を横にずらしながら、リュシーは私の背中をゆっくりと撫で続ける。
「どうやらあちらの黒騎士達に介抱されているレイさんも、トオルと同じ状態の様だけど……一体何が起きたのかしら」
「もしかして、魔力が底を付いてるいるんじゃないかな」
「……ヴィンス。でも、トオルは魔法は使ってはいないように見えたけど」
「まぁ、『過去』に飛んだり『現代』に戻って来たりなんて、そんな高度な術をトオル達が分かって使えるとは思えないし、トオル達がどうやってそれを知ったのかも分からないけれども、時間や時空を歪める魔方陣が発動していたんだから、何かしらの反動やら影響が体に出ていてもおかしくはないよ」
「なるほどね……って。それよりも」
 多分私の頬を撫でながらヴィンスの説明を聞いていたであろうリュシーが、急に不機嫌そうな声を出した。
「デュレイン、今の話しを聞いていたなら、早く魔力をトオルに渡してあげて」


 リュシーの言葉に、私は丸めていた体をビクリと震わせた。


 そんな私の反応など分かっているはずなのに……私を抱いている人は「ここじゃ気が散る」と言うと、回りの静止を振り切って、転移魔法を使って私達が住んでいた家へと移動した。
 一瞬の浮遊感の後、ギシリッとベッドの軋む音。
 そして、体に回っていた腕に力が入ったと思ったら、ゆっくりとベッドの上に私の体が寝かせられていた。
 恐る恐ると言った感じに目を開けようとしたら、そっと、瞼の上に大きな……けれども、細くてひんやりとした掌が置かれる。
「───ふぁっ」
 置かれている掌から、何か温かいモノが体全体に流れてくるのが感じられた。
 それは頭のてっぺんから足の先にまで行き渡り、急な目眩と貧血に似た症状による寒気が取り除かれる。
 どのくらいの時間そうしていたのだろう。
 じんわりとした温かさにホッと息を吐いた時、ふと、瞼の上から掌が外された。
 急に眩しくなった視界に目を細めながら徐々に瞼を上げ、きょろきょろと辺りを見回すと。
「…………うん?」
 見たことがあるような、無いような人が目の前にいた───と言いたい所であるが、着ている黒騎士の服と、亜麻色から銀色に変わった髪以外は全く変わった部分が無い人物に、一瞬現実逃避しかけた私であった。
「いつまで人の髪の毛を掴んでる気」
 ポヘッと目の前にいる人物を見ていたら、そんな事を言われた。
 瞬きしながら視線を徐々に下へと下げて行き───自分が今までガッチリと握りしめていたモノを見てギョッとする。
「ぎゃーっ!? ごめんなさいデュレインさん!!」
 力を込めて握っていたからか、サラサラの髪が握っていた部分だけ変な形が付いていた。
 ワタワタと焦りながら両肘を使って体を上へと逃げようとしたら、両肩を掴まれ、ボフンッとベッドの上に倒される。
「むぎゅっ」
「こらこら。人から魔力をもらっておきながら、最初の言葉が悲鳴ってどういうことなのかな?」
 にっこりと、それはそれは恐ろし過ぎる……寒気がする程の胡散臭い笑顔を顔に張り付けたデュレインさんに、私は顔を引き攣らせた。
「やぁ〜……うん、ごめんなさい。魔力を補給してくれてありがとうございました。大変助かりました」
「心が篭ってないのがありありと分かるけど、まぁいいか」
「はぁ……ありがとうございます?」
 私はへらへらと笑いながら(根っからの日本人気質なもんで)、肩に置かれている手をちょんちょんと突っついた。
「あのですね? そろそろ手を離していただきたいので───にぎゃっ!?」
 話している途中に、左肩に置かれていた手が離れたと思ったら……小さくなってツルツルのまっ平らになった胸の上に移動していたからだ。
 しかも、さわさわと左右に動いているではないかっ!!


「ロリコンっ!?」


 そう叫んだ瞬間、未だに左手が置かれている右肩がギリギリと痛み出した。
「あだだだだだ!」
「トオル? 『ろりこん』って言葉が分からなくても、言った言葉の意味なら何となく分かるんだけど?」
「だってだってデュレインさん! ちっちゃくなった私の胸を撫で回してるんだから、ロリコンと言われてもしょうがな───ふぎゃっ」
「幼児性愛者だと言いたい訳? それ、本気で言ってたら…………分かるよね?」
 分かるよね? の前の間が怖いです。ホントに怖い。てか肩が壊れるぅ!!
 私がカクカクと頷くと、ふっと笑った(マジで鼻で笑いやがった)デュレインさんは、何事もなかったかのように再度胸の上をさわさわと触る。


 明るい室内で、ベッドの上で腕を頭上に投げ出した格好で胸を触られる私。


 言葉にするとアレですが、そこにピンクっぽい雰囲気など1ミリもない。
 どっちかって言うと、ブリザード?
 普通、胸を触られてる私が嫌悪感を表すなら分かるけど、なんでか目の前にいるデュレインさんの機嫌がどんどん急降下していくんですが。
 もう、どうにでもしてくれ……と言う気分である。
 てか、魔力補給したのに、なにゆえ未だにちびのままなのかしら?
 思いもよらぬ展開に、逃げ出すタイミングがなくなっちゃたなーと、ボーッと天井を見ていたら。
「おぅっ!?」
 今まで胸の中央を撫でていたのが、急に鳩尾の上辺りを人差し指と中指を揃えた指でキュッと押されたのだ。
 変な声が出たとしても私のせいじゃない。なのに……。
「色気もへったくれもないな」
 ちびになった私に何を求めているんですか?
 や、元の姿になったとしても、そんないろっぺぇー声なんて出せませんがね?
 デュレインさん、貴方様が何をしたいの……ワタクシ全く分かりません。
 と、そんな時。


「そろそろ私のトオルを返してもらおうか」


 頭上から声が聞こえたと思ったら、横から誰かに体を引っ張り上げたれた。
 ぐりんっと視界が反転したと思ったら、「怖かったですね、もう大丈夫ですよ」と言うリュシーの胸に抱きしめられていた。
 リュシーは目を白黒させている私の背中を何度か撫でた後、絶対零度の視線でデュレインさんを見据える。
「トオルに如何わしい手付きで触るな。穢れる」
「何処をどう見れば如何わしい場面になるのさ。リュシーナ、君は一度目の精密検査を受けた方がいいと思うよ」
 2人の間に盛大な花火が飛んでいるような気がするが、救世主が現れたとぬか喜びした私はリュシーの腕の中で空気の如く静かに……しずかぁーに縮こまっていた。
 しかし、いつまで経っても睨み合っている2人に、私がその場の空気に持たなかった。
「…………あの」
 ポソリと呟いた声なのに、2人は即座に反応して私を見た。怖っ。
「あのですね? 聞きたい事がたくさんあり過ぎて、何から聞いたらいいのか分からないんだけど……」
 私は下ろしてもらって床に1人で立つと、こちらを見詰める2人に視線を合わせる。
「あの……デュレインさ───」
「デュレイン」
 真顔で言い直され、出鼻をくじかれた。
「ごほんっ。えーではでは、お先にデュレインにお尋ねしますが……」
 デュレインの頭の天辺から足先まで体全体を眺める。
 長くさらさらの亜麻色の髪は元の銀髪に戻っているが、声が今までの高い声から少し掠れたものになっており、肩幅が少し広くなっている様に見えるし身長も伸びているようであった。
 なのに体は未だに女のままなのである。
「男なのに女の体で過ごすってどんな気分なの? てか、それって本当に……『全部』女になっちゃったとか? あ、もしかしてデュレインって密かにそうなりたいと子供の頃から思ってて、大人になってから実行しちゃったタイプ? ……いやね? 私の世界にも男だけど女性になりたくて体を改造しちゃう人がいるんだ。やぁ〜、でもコッチみたいに魔法で本当の女の人みたいになる事は出来ないんだけどねぇ」
 私が腕を組みながらあーでもないこーでもないと考えながら喋っているのを、未だ嘗て無いほどの無表情さで私を見下ろすデュレインに私は気付かず、言ってはならなかった言葉を口に出してしまった。


「そうそう。全然想像できないんだけど、生理の時ってどうし───ぶっ」


 言葉の途中で口を塞がれたが、バチーンッとイイ音が鳴った。
 ヒリヒリする唇を意識しながらそぉ〜っと視線を上に上げて……後悔した。
 口の端だけを上げて笑っているデュレインが、私を見下ろしていたからだ。


「トオル、それ程までお仕置きをされたがっているとは……知らなかったよ」


 ふふふふと不気味に笑う(だけど目は笑っておりません)デュレインに恐怖し、助けを求めるようにリュシーを見れば、残念な子を見るような目で私を見ていた。
 この時確信した、リュシーは助けてくれないと。
 でもでも気になりません? あのスカした顔したデュレインが、本性は男なのに女の体で過ごしているんですよ?
 朝起きてどんな顔して女性下着を選んでいるのかとか、風呂場で自分の体を見てムラムラします? とか聞いてみたいし、女性特有の生理はどうなってんの───と、まぁ……下ネタの部分の所だけに興味津々な訳なんですよ。私は。
 そんな事をつらつらと考えていると、私の思考を正確に読み取ったのであろうデュレインの笑が深くなる。
「お仕置き決定」
 その言葉と共に、口に当てられていた手がすっぽりと私の頭を掴み───それから一気に私の魔力を奪い取った。
「はひゃ〜ん」
 魔力補給されて戻っていたとしても、今までスッカラカンに枯渇してダメージを受けていた体は正確な意味で元には戻っていなかったみたいで……この後、私は数日程意識が戻らなかったのである。



 そして冒頭に戻る。

 デュレインのお仕置きなるものを受けてから漸く意識が戻ったのは3日前である。
 レキから聞いた話では、黒騎士達は意識の無い私をそれはそれは手厚く介抱してくれた(怖くて内容は聞けなかった)らしい。
 目覚めた私に気付いた黒騎士達は私が寝ているベッドのに集まって来たかと思うと、主に女性陣が私の体や顔を熱いお湯で絞ったタオルで拭き、新しい寝間着に着替えさせてくれた。
 その間、男性陣が汗で汚れたベッドメイキングをしてくれて、太陽の光でふんわりとしたベッドの中へ再び戻る。
 子供組は大きなクッションを持ってあーでもないこーでもないと言いながらヘッドボードの所に立て掛けるのが、もっぱらの仕事である。
 因みに、レキは私の横にピッタリとくっ付き、大人しく丸くなって目を閉じている。
 その後、栄養満点(だけど流動食に近い)な食べ物を持ったリュシーがソレを食べさせてくれて、食べ終わるとロズウェルドが口元を拭き、ハーシェルが飲み物を飲ませてくれて、暫くしてから布団の中に戻って毛布を掛けられ、その上からポンポンと叩くのがジーク───と言う一連の流れが出来上がっていた。
 勘弁して下さい。
 嬉々として私の世話を焼く黒騎士達に強く出れない私が日に日に精神的な意味で憔悴していくのであったが……。


 それもデュレインの『お仕置き』の1つだと気付くのはだいぶ後の事であった。
 

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