第8章 探し人 05

 
 顔を引き攣らせる私に、手を繋ぐ零が首を傾げているのが視界の端に映るもそんな事を気にしてられない。
 この姿になっても見上げるほど大きなその男は、以前、ロズウェルドと共に裕福層の女性を狙った暴行事件の犯人を捕まえるのに、街へ繰り出していた時に出会った男だった。
 忘れもしない……隠れていた穴の中から、無理やり髪の毛に結んでいたリボンごと髪を掴まれて引っ張られた時の事を!!
 思い出しただけで、掴まれた部分が痛くなってきたような気がする。
 繋がれていない手で頭を摩っていると、バンダナ男が私達を見下ろしながらニヤッと笑った。
「君達、ちょーっくら俺と一緒に、とある場所へと来てくんねーかな?」
 片足に体重を掛けるような姿勢で腰に手を当て、軽い口調でそんな事を言うも、バンダナ男の目は私達に有無を言わせないと言っていた。

「ヤダ。つーか、あんた誰?」

 そんな男の雰囲気に飲み込まれることもなく、零が至極最もな事を聞く。
 すると、バンダナ男は「あん? 俺?」と自分を指差しながら零を見るので、零は深く頷いた。まずは先に名乗れと。
 しかし、この後、私達はバンダナ男の名前を聞いて目が点になった。


「俺の名は、モウェル・ゴォーミだ」


 一瞬、聞き間違いかと思った。
「え? 燃える……」
「ゴミ??」
 えぇ? そんな名前ってあんの??
 と、そんな事を思いながら零と2人でプッと笑っていたら、「だぁ〜れが燃えるゴミだ生ゴミだぁっ!?」と怒りだした。
 まぁ、自分の名前を馬鹿にされたら怒るのも分かるが……でも、生ゴミとまでは言ってませんよ?


「チッ。ガキンチョだと思って手荒な真似はしないようにしようと思ったが……予定変更だ」


 その言葉に、私と零はハッと目の前のバンダナ男を見上げる。
 今までのチャラい雰囲気が一瞬にして鳴りを潜め、得体の知れない何かが、男から発せられていた。
 スッと上げられた手に、無意識に体が反応した。
 繋いでいた手をパッと離し、目の前のバンダナ男から距離を取る。
「お? 魔力だけじゃなく、危機的状況判断も出来るガキンチョ共か……益々いいねぇ!」
 クイッと上がる口の端を目の端で眺めながら、私達はバンダナ男とは反対方向へと体を向けて、ダッと地面を蹴って走り出す。
 しかし、バンダナ男の反対方向は通用門であるため、森の中に入ってしまうことになるが、今の私達はそのまま走り続けた。
 通用門の両脇にいる門兵らしき人物達は、私達を助けるどころか腕を組んでニヤニヤ笑っているだけで、子供が森に入っていくのをただ眺めているだけであった。
 しかも、後ろを振り向いた時、門兵がバンダナ男から何かを貰っていたのを見てしまった。


 あいつら、グルかーっ!


 走りながら信じられない思いでいると、逃げ去る私達を見ながら未だ焦った様子を見せないバンダナ男が、折り曲げた指をゆっくりと口に入れ……。
 ピィーッ!!
 と高い音が辺り一面に響き渡った。
 零と2人で何だ? と思いながら走っていたら、近くに生い茂っていた背の高い草むらが急にガサゴソと動き。


「っしゃー! 捕まえたぞぉ!!」
「捕獲終了」


 にゅうっと伸びてきた腕に、私と零は実にアッサリと捕まってしまった。
 しかも、何が何だか分からない内に両手足を縄で縛られ、ひょいと男達の肩に乗せられる。
 ぎゃーすか騒ぐ私達を無視する2人の男達は、ゆっくりとこちらに歩いて着たバンダナ男に声を掛けた。
「なぁ、俺には分からんが、このガキ共ってお前がニヤつくぐらいそんなに魔力があんのか?」
「おう、そりゃあもう一杯あるぜ?」
「今回は良い人材を2人も見付けられたな」
「まぁーな。ちょっと前に捕らえたねぇーちゃんは、持ってた腕輪に魔力が入っていただけのもんで、ねぇーちゃん自身はなぁ〜んも魔力を持ってねえんだもんなぁ」
 捕まえ損したと溜息を吐きながら首をゆるく振っていたバンダナ男……いや、もうこの際『ゴミ男』でいいや───は、腰に当てていた手を外して腕組みすると、両手と両足の関節をガッチリと固められて男の肩に乗せられている私達を見ながら、ニヤリと笑う。
「これ程魔力が高いガキが2人もいるんだ。今回はガッポリと稼がせてもらうぜ」
 風に靡く赤いバンダナを睨み付けながら、どうにか逃れようと男達の肩の上で毛虫のようにもぞもぞと体を動かすも、肘と膝を固定されていて満足に動く事も出来ない。
「はーなーせぇー!」

 こうして私達は、男達に担がれながら森の奥へと連れ去られてしまったのであった。




「ここで少しの間、大人しくしてろよ」

 森の奥へと進んでから程なくして、ゴミ男達はちょっとボロッちぃ木の小屋へと来ていた。
 扉を開ければ外観とは全く違い、しっかりとした内装に状況も忘れて驚いていたら、肩からポイッと床へ投げ捨てられる。
 縛られていた為、全く受け身も取れずに床に落ちた私達は、体に走る痛みに体を丸めながら呻く。
 そんな私達を尻目に、ゴミ男が私の横にしゃがんだと思ったら、喉に手を当てて何かの呪文を唱える。
「ま、こんなもんでいいだろう」
 何をされたのか分からないが、零の喉にも同じ事をしていたゴミ男は、どっこらしょ。とおっさん臭い掛け声を上げながら立ち上がり、私達を担いでいた男達と共に「ちょっくら用事を足してくる」と言って外へ出て行ってしまった。
 一気に静かになる室内で、私達は痛む体を無視して手足を縛る縄を取ろうと魔法を使おうとするも、何故か声が出ない。
「…………っ…………ぁ?」
「どうしたの?」
「声が出な……って、あれ? 声出るし」
 はて? と首を傾げるも何故か魔法を使おうとすると声が出なくなる。
「あー……もしかして、ゴミ男がさっき僕達の喉に何かしたのが原因じゃないかな?」
「…………おのれ、ゴミ男許すまじ」
 うぬぅ〜! と呻きながら床の上で藻掻いていると、私達以外、誰もいないはずの室内でコツッと靴の足音がした。
 零と2人で首だけ起こして音がした方へ顔を向け───そこにいた人物を見た私達は、阿呆みたいに口がぱっかーんと開いた。
「いっつぅ……君達、大丈夫?」
 20代半ばくらいの、髪が少し長い黒髪の女性が、鳩尾を押さえながら私達の側へと近付いて来たと思ったら、しゃがもうとしたのだろう。膝を折った状態(空気椅子ともいう)でピタっと止まった。


 芋虫のように床に這いつくばって固まる私達と、中腰で固まる女性の視線が交差する。


「なんで……あんた達がここに……え? 私、夢でも見てんの??」
 最初に口を開いたのは、目の前にいる女性だった。
 アホ面を晒し続ける私達を見下ろしながら叫ぶ。



「てか、なんで小学生レベルにまで縮んでるのよあんた達ぃ〜!?」
 

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