第8章 探し人 06

 
「あんた達は本当に……ほんっとーに、透と零なわけ?」


 約6年振りに再会した私達であるが……悲しいかな、思ったよりも感動する事も無いし、涙も流れる事も無かった。
 芋虫状態と空気椅子状態での再会が、『感動の再会』を台無しにしてしまったのだろうか?
 眉間に皺を寄せ、腕を組みながら私達を見下ろす陽子に、私と零は顔を見合わせてから頷き合う。
「んじゃ、私達が本物である証拠をお聞かせしようではありませんか!」
「だねっ!」
 意外と綺麗に掃除されている室内の床にあぐらをかきながら、ジークがもしもの時の為にと靴の底に隠しナイフを仕込んでくれていたので、それを使って陽子に縄を切ってもらい、自由に伸ばす事が出来るようになった腕を上げて口を開く。
「そう……それは私達が幼稚園の年長さんの頃の事の話だけど、陽子は自分ちのご近所さんの田中さんが飼っていたアラスカン・マラミュートの御年12歳のカミュちゃん(♀)と言う、見た目が凛々しいメス犬に一目惚れをしたという事実があります。んでもって、そこから動物好きの人生が始まったとも言える」
「それから数年後……次の恋は漸く人間になり、小学3年生の時に同じクラスになった星崎学君で、告白するも───」


「の゛あ゛ぁぁぁー!!! ちょいまちぃーっ!?」


 続く言葉は陽子によって遮られた。
 ビタンッ! と零の口から痛そうな音がしたと思ったら、陽子が零の口に掌を当ててこれ以上喋るなと睨み付けていた。
「当の私でも忘れていた黒歴史を……」
 ゆっくりと零の口から手を引き、陽子はもう一度私達をまじまじと上から下まで眺める。
「本物だと信じるしか無いわね。……で? あんた達はなんでこんな異世界にちっちゃくなっているわけ?」
 どうやら信じてくれたらしい。
 私達はお互い顔を見合わせてから陽子へと向き直り、答えた。
「それはですね、私がこの世界に住んでいる顔だけ美少女なものぐさ少年に召喚されたからであります!!」
「んで、私はその零の召喚に巻き込まれた哀れな人間」
「ほう……それで? その姿は?」
「あぁ、これ? これは魔法で姿を変えてんの」
「なによ。もしかして、この街で有名な『ルルちゃんの劇的☆魔法薬』を飲んだの?」
 陽子の言葉にブフッと私達は口から空気を吐き出した。
 まさかここでルルの名が出てくるとは思いもしなかったよ。
 私達はルルの魔法薬ではないことを説明し、手短にこれまでの出来事を陽子に話すと。


「はぁ〜っ? あんた達魔法が使えんの!?」


 唾を飛ばす勢いで顔を近付けてくる陽子に呆気に取られそうになりながらも、そうだと頷く。
「……まぁ、自分に治癒魔法を掛けることは出来無いとか、その他ちょっとした制限を掛けられていたりしてるんだけど、まぁ、大体なんでもOKって感じかな?」
 今はあのゴミ男によって魔法を封じられているみたいだけどねって、喉を押さえながら陽子に向かって笑うと「あんた達だけ魔法が仕えるなんてズルい!」と言われてしまった。
 そんな事言われても……ねぇ?
 どうやら、陽子には魔力が備わっていなかったらしい。と、言うより、この世界では珍しい魔力ゼロの人間とのこと。
 まぁ、地球産の人間で魔力を持っている私達の方がおかしいのだろうが、今は時間も無いし、そこは追求しないでおいた方がいいだろう。
「なんで陽子が魔力が無くて、うちらにだけ有るのかはわからないけど……」
 どっこらしょと言いながら立ち上がった私を、零と陽子が見上げる。
「さってと……色々と話し合いたい事はいっぱいあるけど、まずはここからどうやって逃げるか考えなきゃ」
 私がそう言うと、零と陽子の顔付きが真剣なものへと変わった。




 立ち上がった私達はまず何か武器に出来る物があるか探してみるも、部屋の中は丸テーブルと数脚の椅子しか無く、これといって目ぼしい物は何も無かった。
 それで私達3人は、一度靴を脱いでから履いていた靴下も脱いでそれを手に取ると、ビヨンビヨンと靴下の伸び縮みを確かめつつ、靴を履き直した。
 脱いだ靴下を両手に持ちながら足音を立てないように外へと続く扉へと向かい、そっと取手を回して外の様子を確かめる。
「どう? 透」
「………………ん、大丈夫みたい」
 外に誰も居ないことを確認してから慎重に扉を開け、外へ出た私達は小屋から離れる為に森の中を走り出す。
 森の中は大きな木々のせいか、生い茂る葉によって太陽の日差しが少しだけしか降り注がない、薄暗い世界が目の前に広がっていた。
 はっきり言って薄気味悪い。出来る事ならこんな所に一時であってもいたくない。
 だけどそんな事は言ってられないから、ゴミ男達に私達がいなくなったことを気付かれるまで、少しでも遠くへ逃げたい。
 息を殺しながら、しかし、自分が持てる精一杯の速さで走り続ける。
「……っ、…………ふぐぐ」
 人が歩き易いように舗装された道ではない所を全速力で走っているわけだから、息も上がるし、走り難いことこの上なし。
 しかも、今の私達は背が縮んでいるため、足が短くなっているので前を陸上競技の選手のようなフォームで突っ走っている陽子にどんどん距離を離されていく。
 前を走るヤツは、私達の事を忘れているんじゃないかと首を傾げたくなる。
 ちょっとと言うか何というか……今の私達は子供の姿になっているので、大人な陽子とは足のコンパスが違うのを分かって欲しい。
 なので陽子さん。全力で走るのは同じなので分かるのですが、ちょっとずつ離されていく私達に気付いてくれ!!


 ってゆーか、貴女何処に逃げればいいか分かって走ってますかぁ〜!?


「ま、まっ……よ、ぅこ…………ストップ〜!」
 私よりチビな零が、はひはひ言いながら前を走る陽子に声を掛ける。
 全力で走りながらの声出しに、途切れ途切れになりつつも、その声はなんとか陽子の耳に届いたらしい。ん? と言うような顔で振り向いたヤツは、漸く私達と距離が離れてしまっていることに気付いた。
「やぁ〜、悪い悪い」
 全く悪いと思っているようには聞こえない謝り方で来た道を戻って来た陽子に、立ち止まって漸く息が整った零がギッと鋭い目で睨み付けた。
「あんたと私達じゃ、身体の大きさが違うんだからもうちょっと気を付けてくれなきゃ困るんですけどっ!」
「だからごめんって」
「まぁまぁ、落ち着いてよ零。陽子だって悪気があったわけじゃないんだからさ」
 プリプリと怒る零を宥めてから、私はポケットに入れていた靴下を取り出した。
「……でも、あそこから此処まで結構走ったと思うから、ここら辺で少しお手頃な石でも探して靴下に入れとこうか」
 下に落ちていたこぶし大位の大きさの、ズッシリとした重みのある石を拾って靴下の中に入れる。
 脹脛位までの長さがあった靴下に入れた石が落ちないように、石の少し上の───踵の部分をガッチリとゲンコツ結びをしてから、もう1つの靴下にも同じような石を入れて、足を入れる部分の口ゴム部を掴んで靴下の伸び具合を確認する。
 手首を軽くスナップさせながら回すと、口ゴム部からゲンコツ結びをしている所が石の重みでいい具合にビヨンビヨンと伸び縮みする。
 試しに近くにあった木に、石が入った靴下を上から下に振り下ろしてみれば、バキメキ! とイイ音を立てながら木の表面が抉れた。
「よしよし」
 簡易武器になった靴下の威力に満足していると、同じように靴下の中に石を入れていた零と陽子も近くの木に作ったばかりの簡易武器の威力を確かめ終わっている所であった。
 見れば、私と陽子の靴下は同じ長さで入れている石も同じ位の大きさな物であったが、ニーハイソックスの零が持っている靴下を見れば、石が入っている部分が若干ぼこぼこしている。
 どうやら重い石の周りに若干先が尖った石を囲むようにして入れているみたいで、私達の簡易武器よりも攻撃力は断然高いとみえる。
 アレを振り回す零の近くにはなるべく近付かないようにしよう、と心の中で決意する。
 自分が作った簡易武器の威力を確かめ終わった瞬間、ガッ! と木に何かが刺さる音と、それの直ぐ後にヴィィィ〜ンと金属が揺れて共鳴する音がした。


「───うお゛っ!?」


 陽子が女性らしからぬ悲鳴を上げたので驚いてそちらを見れば、陽子の顔ギリギリの所で左右に細かく揺れている長剣が、簡易武器で殴った時に出来たであろう抉れた木の部分に深く刺さっていた。
 ギョッとしながら辺りを見渡せば、何時の間にいたのか、右手を前に付き出した赤いバンダナがトレンドマークのゴミ男が、少し離れた所に立っているではありませんか。
 しかもよく見てみれば、私達の周りを遠くから囲むようにしてゴミ男のお仲間さんが2人いた。
「うげっ!?」
「もう追い付かれたの?」
「てか、何で居場所がこんなに早くバレたかなぁ〜」
 舌打ちしながら、出来立てホヤホヤの簡易武器を私達は手に構える。
 目だけで零や陽子を見れば、眉間に皺を寄せながらも落ち着いた表情で、向かい合っている男達にそれぞれ視線を固定していた。
 戦闘態勢に入る私達を見ながら、ダラダラした歩き方でゴミ男が私の前まで歩いてきた。
「逃走防止の為に術封じの魔法を掛けたってのに、あんな短時間でどうやって縄を解いたんだかねぇ〜。全く、余計な手間がかかっちま───っ!?」
 頭を掻きながら私の目の前までダラダラと歩いて来たゴミ男に向かって私は無言で駆け出すと、靴下の口の部分を固く握り締めた右腕を下から上へ向かって振り上げる。
「どわぁ!?」
 ビュンッと言う音と共に繰り出される攻撃を、ゴミ男が首だけ後ろに傾けて頬のスレスレでかわした。
 私はそのまま右腕を振り抜き、遠心力を利用して左手に持っていた簡易武器をガラ空きになっているゴミ男の腹へ、力いっぱい打ち込む。
「かはっ!」
 ガラ空きの無防備な腹に痛烈な攻撃をされ、痛みに顔を歪めながらよろよろと後退するゴミ男に時間を与えずに、私は靴下をヌンチャクの様に回しながら両手を振り下ろす。
 先に脇腹に思いっきり打ち込み、次に右の膝裏に。
 ガクリと傾く体を見ながら反対側の膝裏にもすかさず攻撃すると、ゴミ男は呻きながら地面へと膝をついた。
 手首を回転させて長い靴下を右の掌にグルグルと巻きつけてから、先端にある拳大の石を握り締める。
 そんな私を見たゴミ男は、咄嗟に両腕を顔の前にクロスさせるように持ち上げて防御の体勢を取るが───そんなゴミ男を見てニヤリと笑う。
 ざぁ〜んねぇ〜んでしたっ!


 不敵に笑いながら、私はヤツの股間に向けて思いっきり右脚を振り上げたのであった。


 成人男性の悲痛な声とは、何と耳に悪いことか……。
 右足に伝わった感触の事は忘れることにして、ドサリと地面に倒れ、ピクピクと痙攣しているゴミ男に向かって合掌しておく。
 それから直ぐに零と陽子の助っ人に入るために踵を返す。
 背が低いとは、非常事態にこんなにも不利になるのかと嫌になりそうになる。
 小さいので立ち回りはちょこまかとしていて相手を翻弄出来るかもしれないが、子供なのである程度の力しか出ないし、腕や脚の長さも短いので相手とのリーチの違いも生まれてくる。


 あーもぅ、早く元の姿に戻りたいし。


 そんな事を考えながら手に巻き付けていた靴下を解き、手首の回転と共に簡易武器に威力を持たせ、陽子と対峙していたヒョロい男に一気に駆け寄る。
 タタタタッと軽い音をさせながら自分に近付いて来る私に気付いたヒョロ男は、簡易武器を振りかざす私を見てギョッとし、早口で何かを唱えながら私に向かって右手を掲げる。
 途端に私とヒョロ男との間に薄い膜の様なものが出来上がり、腕を振り下ろしてヒョロ男に簡易武器をぶつけようとしても、膜に跳ね返されてしまった。
 試しに回し蹴りもやってみたが、弾力のあるものに弾き返されてよろけるように体勢を崩してしまった。
「ちっ!」
「あっぶねー!? 何でお前がここに……って、モウェルがやられてやがる!?」
 顔を引き攣らせながら私の攻撃をかわしたヒョロ男は、私の後ろで倒れているゴミ男を見てギョッと目を見開いた。
「…………お前」
 ゴミ男から視線を私に戻したヒョロ男の瞳に、不穏な陰が過る。
「っ!?」
「危ない透!」
 一瞬だけ体が硬直してしまったその時、陽子の声が聞こえた。
 咄嗟に体を捻ってその場から離れようとしたが、それよりもヒョロ男の詠唱が少しだけ早かった。
 ヒョロ男の両手が私と陽子に向けられた瞬間、風の塊のような魔法を私達は受けていた。
「う゛ぁっ!?」
「きゃあぁ!!」
 体に衝撃を受けたと思った瞬間吹き飛ばされ、私は3〜4mも地面の上を滑り、そのまま木の根元にぶつかって停止した。
 全身に走った痛みに息が一瞬、止まりそうになる。
 生理的な涙が出てくるも、歯を食い縛りながら痛みを耐えて陽子がどうなったのかと見れば、陽子は吹っ飛ばされたのは同じであったが、落ちた所が私とは違って茂みの上だったみたいで、私よりは怪我の度合いは少ないみたいだ。
 だが、左腕を痛めたようで、だらりと垂れている左腕の指先から、血がぽたぽたと落ちていた。
「…………っぐ」
 俯せになっている体勢から立ち上がる為に、腕を持ち上げようとしただけで体全体に刺すような痛みが走る。
 荒い息を吐きながら顔だけ上に上げれば───いつの間に復活していたのか、長い剣を手に持ったゴミ男が私の近くに立って、その剣先を私の鼻先へと突き付けていた。
 私を見下ろすその顔は笑っているのに、目は全然笑っていなかった。
 視線を横にずらせば、魔法で体を拘束されている陽子と、大男に首を掴まれてじたばたと藻掻いている零の姿が見える。


 怖い。


 体が無意識に震える。
 アノ時の感情が、甦ってきた。初めてこちらの世界に来た時の、あの恐怖心が体を震わせる。
 しかし、今はアノ時よりも尚悪い状況で……。
 零や陽子まで危機的状況にある。


 助けて、と無意識に呟いていた。


 読んでいた小説やマンガのように、ヒロインの危機的状況に颯爽と駆け付けてくれるヒーローもののように、誰かが助けに来てくれるなんて思うわけない。
 でも、誰かに助けて欲しいと……心から思った。
 地面の上で荒い息を吐きながら倒れている私の頭上で、ゴミ男が何やら喋っているみたいだが、頭痛はするし耳鳴りの音も酷くてよく聞こえない。
「───い゛っ!?」
 急に前髪を鷲づかみされ、そのままグイッと引き上げられて顔を強制的に上げさせられる。
 毛根から毛が抜けるんじゃないかと思われる痛みで涙目になりながら、『過去』でゴミ男と出会った時の事を思い出していた。
 あの時も、前髪を掴まれながら隙間から引き摺り出されたんだった。
 私を見下ろすゴミ男を涙目で見上げると、小さな声で聞こえ難くかったが、とぎれとぎれに聞こえてきた言葉に戦慄する。


「あー、めんど……から、このまま……の……手と脚……ちょっくら折って……………く……したらいいんじゃ……」


 ゴミ男は地面に俯せで倒れている私の背中に膝を乗せて動きを封じると、その大きな手で左の脹脛と足首を握り、グッと力を入れた。
「うぁ゛……ぅぅっ!!」
 左足首の激痛を唇を噛み締めながら堪えつつ、目だけで辺りを見渡せば───零も陽子も私と同じように押さえられ、脚や腕を折られようとしていた。
 そう、こいつらは私達の動きを止めるために手足を折って、自由に動けないようにしようとしているのだ。
 魔法で傷を直す事が出来るとは言え、折られた痛みを無くす事は出来無いし、今はその魔法を使うことも出来ない。
 ミシミシッと足首から骨が軋む音がしてきて、本当に骨が折られてしまうという恐怖心から心臓が早鐘の様に鳴り響く。
「や……やめ……」
「目的地に着くまでは痛みが続くが……まっ、死にはしねぇーよ」
「……ぅ……ぅぅ……」
 先程の股間蹴りを根に持っているのか、ゆっくり、じわじわと力を入れていくゴミ男。
 やるなら一思いにやってくれと言いたいが、痛みから呻き声しか出てこない。
 額に脂汗が浮いて来て顔の輪郭にそって流れ落ちる。地面の土を、無意識に握り締めた。
 額を地面に押し付け、肺の中に残っている酸素を全て吐き出す。
 ゴミ男に掴まれている所や、折られそうになっている部分の骨やら、吹き飛ばされて地面に激突した時の身体が痛いのか、もぅ何がなんだか分からなくなりつつある。
 

 ───もぅ、だめ。


 目を開けているのに、視界が白っぽく染まっていく。
 さぁぁっと頭から血の気が引けていく感覚に、あ、落ちる。と思った時。突如、目も開けていられないくらいの風が吹いたと思ったら、私達の周りを囲むようにして灼熱の炎が立ち上った。
 そして……。



「そこまでにしてもらおうか」
 








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